全 情 報

ID番号 : 08660
事件名 : 各賃金請求事件
いわゆる事件名 : 中山書店事件
争点 : 年俸を減額された出版社社員らが、従前年俸額との差額と残業代の差額の支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 出版社Yの社員(X1~X3)が、新たに導入された年俸制において年俸の減額を受けたことから、会社に対し、一連の経過の中で合意されているはずの年俸額と実払額との差額、及び既に合意されている年俸額を基礎とした残業代と実払残業代との差額の支払を求めた事案である。 東京地裁は、〔1〕年俸制は、その目的から社員の同意なくして年俸額の減額を可能とする制度であり、社員らはこの制度に同意した以上は、導入に伴い新設された給与規定の条項の適用を受ける、〔2〕年俸額に関する社員と会社との協議において、会社にゆだねられている年俸額の決定権が行使されず協議が継続している場合、会社提案額を下回る額で合意が成立することは通常想定しえないため、提案額を年俸額の最低額とする旨の合意がされていると解され、社員は提案額を会社に請求できるが、これを上回る額は請求できないとして年俸額の差額の支払については請求を退け、〔3〕時間外手当の差額については、年俸額の月給と賞与への割振りは社員の希望に応じて決定されており、そのようにして支給される賞与を通常の労働時間の賃金から控除することは相当でないとして、年俸額から賞与を控除せずに算出した通常の労働時間1時間当たりの賃金額に基づく残業代から、年俸額に含まれる時間外手当相当分等を除いた額の支払を命じた。
参照法条 : 労働基準法3章
労働基準法2章
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権の発生/年俸制
賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定方法
裁判年月日 : 2007年3月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)2120、平成17(ワ)25880
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例943号41頁
労経速報1975号7頁
審級関係 :
評釈論文 : 皆川宏之・法律時報80巻4号140~144頁2008年4月 小宮文人・速報判例解説〔2〕〔法学セミナー増刊〕261~264頁2008年4月 川田琢之・ジュリスト1369号127~129頁2008年12月15日
判決理由 : 〔賃金(民事)-賃金請求権の発生-年俸制〕
〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
〔賃金(民事)-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
被告は,貢献度に応じた人件費の配分をすることによって,社員の勤労意欲の向上を図ることを一番の目的とし,社員の経営参加意識の向上を図ることを副次的な目的として,年功給による賃金制度から年功的要素を排除した賃金制度として年俸制を採用することを決定したのであるから,当然に,原告ら社員の同意なくして年俸額を減額することがあり得る制度として年俸制が設計されていると解されるし,そうである以上,社員に対してもその旨の説明がされるのが通常であると解される。〔中略〕
 そうすると,原告X1及び原告X3は,上記認定のとおりの説明を受けた上で,同原告らの給与を年俸制とすることに同意した(前提事実(4),イ,(ア)及び同(4),ウ,(ア))のであるから,同原告らが同意をした年俸制は,少なくとも,同原告らの同意なくして年俸額を減額することが可能であり,年俸額の10パーセントが時間外手当相当分として含まれる制度であったと認めるのが相当である。〔中略〕
被告が,原則として全社員の出席が予定されているモーニングミーティングにおいて,年俸制に関する説明を行ったことや,被告の説明を受けて,社員らが年俸制に関する話合いをした部署があることは前記のとおりであるし,この当時,被告の社員は48名程度にすぎなかった(前提事実(3),ア)というのであるから,被告がした年俸制に関する説明は社員全体に広く認識されていたと認めることができる。〔中略〕
 そうすると,原告X2は,年俸制に関して被告が行った説明を認識した上で,平成14年2月,同原告の給与を年俸制とすることに被告との間で合意した(前提事実(4),ア,(イ))と認めることができるし,このとき作成された年俸同意書(乙15)に「内10%は時間外手当て相当分とする」旨の記載もあることからすれば,同原告も,少なくとも,同原告の同意なくして年俸額を減額することが可能であり,年俸額の10パーセントが時間外手当相当分として含まれる制度としての年俸制に同意したと認めるのが相当である。〔中略〕
前提事実(5),証人Bの証言,原告X2の供述によれば,被告は,モーニングミーティングにおいて,一般管理職にも年俸制が実施されることになったので,この内容を盛込んだ就業規則等の改正を行う旨あらかじめ説明した上で,旧就業規則等を改正し,新給与規定に第26条を新設したことが認められる。
 そうすると,新給与規定第26条を新設したことがいわゆる就業規則の不利益変更にあたると見ることはできないし,第55期以降の一般管理職を含む管理職の賃金については同条の規律を受けることになると解されるところ,同条が定める年俸制も,前記(1)及び(2)と同様の内容の制度であると認めることができる。〔中略〕
甲3,弁論の全趣旨によれば,旧給与規定第17条及びその別表は,管理職には管理職手当を支給するとした上で,就業規則上の職制にはない管理職についてもその金額を定めているほか,管理職に対して職務手当を支給する旨規定しているところ,被告は,旧給与規定当時,一般管理職に対しても,管理職手当及び職務手当を支給していたことが認められるのであって,このような事情からすれば,被告において管理職とは,部長,次長,主任及び一般管理職を指すと理解されていたと認められる上,就業規則改正に至る上記のとおりの経緯や,乙28や乙42の1ないし3をも斟酌すれば,新給与規定第26条は一般管理職にも適用があると認めるのが相当である。
  (4) 以上によれば,同意なくして年俸額を減額することは許されないとする原告らの主張は理由がない。
 2 争点(2)について
 本件年俸制が,原告ら社員の同意なくして社員の年俸額を減額することが可能な制度であることは前記1のとおりであるところ,年俸額に関する被告と社員との合意は,1年という期間を設定してされていることは前提事実(4)のとおりであるから,その合意の効力も,設定された期間においてのみ存在すると解するのが相当である。〔中略〕
 そして,本件年俸制において,社員の年俸額は,被告と当該社員との面談を経て決定に至ることは前記1のとおりであるが,両者の協議が整わない場合には,使用者である被告が社員との協議を打ち切って,その年俸額を決定することができると解するのが相当であり,この場合には,被告のした決定に承服できない当該社員は,被告が決定した年俸額がその裁量権を逸脱したものかどうかについて訴訟上争うことができると解するのが相当である。
 しかしながら,被告が上記決定権を行使せず,年俸額に関する社員との協議を継続し,社員もこの協議に応じながら労務の提供を継続する場合には,被告が提案した年俸額よりも低い金額で合意が成立することは通常想定し得ないから,被告が提案した金額を年俸額の最低額とする旨の合意がされていると解することができ,したがって,社員は,被告が提案した金額を被告に請求することができる(同金額を前提として算定される残業代についても同様)が,これを上回る年俸額についての合意がない以上,被告提案額を上回る金員を被告に請求することはできないと解するのが相当である。
 そして,前提事実(4),乙17ないし22,25,証人Bの証言によれば,原告らが請求している賃金差額に関しては,原告らと被告との間で未だ年俸額に関する協議が継続されており,被告は,後日協議が整った場合には遡って是正することを前提とし,被告が提案した年俸額を基準として,原告らに対する給与の支給をしていることが認められる。
 そうすると,争点(3)について判断するまでもなく,既に合意等されている年俸額と実際の支払額との差額の支払を求める原告らの請求は理由がない。〔中略〕
結局のところ,年俸額を具体的にどのように割振って支給するかについては,社員の希望を聞き,これに応じて決定されていたと認めることができる。
 そうすると,このようにして支給される賞与を通常の労働時間の賃金から控除することは相当でないから,上記のような被告の主張を採用することはできない。