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ID番号 : 08664
事件名 : 賃金請求事件
いわゆる事件名 : アイスペック・ビジネスブレイン(賃金請求)事件
争点 : 会社の元事業部長が、退職前約1年間の時間外労働の割増賃金と退職前2週間分の未払賃金の支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : ソフトウェア技術者を派遣してソフト開発を請け負う会社の代表を務め、同社が被告Y会社に譲渡された後はYの事業部長となった原告Xが、退職前約1年間にわたる時間外労働に対する割増賃金と退職前2週間分の未払賃金の支払を求めた事案である。なお、Xは、競業行為を理由にYに提訴され敗訴して、控訴中である。 大阪地裁は、Xが作成した業務日誌やタイムカードの手書き部分・打刻部分は、前の記載を消した後に新たに書き直された形跡が顕著であり、都合の悪い部分は記載されていないことなどから信用できず、Xがその期間に、主に勤務時間外の時間を利用しつつ同業他社の設立準備や営業活動を行っていたと認められることからすると会社の業務に従事していた時間を特定することはできないとして割増賃金の請求を棄却した。一方、退職前2週間分の未払賃金の請求については、Xは会社の売上げを落とさない程度には業務に従事しており、その対価としての賃金請求権を有すること、これに対し、違法競業行為を行い会社に多大な損害を与え、そのうえ会社からの借入金を返済していないXが未払賃金の支払を求めることは権利の濫用に当たるというYの主張も、労働基準法24条1項本文の趣旨を潜脱するもので採用できないとされ、Xの請求が認容された。
参照法条 : 労働基準法24条
労働基準法32条
体系項目 : 賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定方法
賃金(民事)/賃金・退職年金と争訟/賃金・退職年金と争訟
裁判年月日 : 2007年4月6日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)9377
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例946号119頁
審級関係 : 控訴審/大阪高/平19.11.30/平成19年(ネ)1493号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
〔賃金(民事)-賃金・退職年金と争訟-賃金・退職年金と争訟〕
甲第1号証は,その体裁及び内容のいずれの面からみても,当時の原告の行動をありのまま記録したものとは認めがたく,とりわけ被告との関係で原告に都合の悪い部分は記載されていないか,あるいは虚偽の記載であることが強く疑われ,記載内容をそのまま信用することはできない。〔中略〕
タイムカード(乙6~25)の手書き部分は,付記の有無やその内容にかかわらず,記載の正確性はもとより,記された時刻が被告の業務に就いた時刻を示すものといえるかという点においても疑問があり,にわかに信用できない。〔中略〕
業務日誌(甲1)とタイムカード(乙6~25)の手書き部分はにわかに信用できず,これらに依拠して原告の時間外及び深夜労働の実態を認定することはできない。また,タイムカードの打刻部分についても,業務日誌(〈証拠省略〉)の記載が信用できない以上,打刻された時間中は被告の業務に従事していたと推認することもできない。
 かえって,原告は,FBIの設立を企図し,平成15年8月以降,休日や勤務時間外の時間を利用して,その計画の実現に向けた準備を開始し,平成16年3月以降は,主に勤務時間外の時間を利用しつつ,ときには勤務時間中にも,FBIの準備活動を本格的に行うようになり,同年7月1日以降は,勤務時間中か勤務時間外かにかかわらず,FBIの営業活動を行うようになっていたことが認められる。
 これらのことからすれば,平成16年3月以降については,時間外及び深夜労働の必要性があったのかすら疑問である上,原告が主張する平成15年8月以降の時間外及び深夜労働の時間のほとんどは,FBIのための活動をしていた時間というべきである。
   イ この点,原告は,時間外に私的なメールを送信したことはあるが,その作成に要した時間は別紙勤務表「原告の再反論」欄記載の限度にとどまり,それ以外は専ら被告の業務であったと主張する。
 しかし,FBIの設立準備や営業活動に関するメールは,具体的かつ詳細で,内容も多岐に渡っており,日程調整や資料収集など事前の準備にも相応の時間を要したであろうことは容易に推測できるところであるし,原告によるFBIのための活動がメールの送信にとどまらないことも,既に認定したとおりである。
 したがって,メールの作成自体に要した時間だけが被告の業務から外れていた時間であるとの原告の主張は,採用の限りでない。
   ウ そして,本件全証拠によっても,原告が主張する時間外及び深夜労働の時間のうち,被告の業務に従事していた時間とそうでない時間を特定することはできず,少なくともこの程度は被告の業務に従事していたはずであると推認できるだけの証拠もない。
 そうすると結局,時間外及び深夜労働に関する原告の主張は,全体として採用できないというほかない。〔中略〕
証拠(〈証拠省略〉,原告,被告代表者)によれば,被告本社営業部には,営業部長である原告のもと,K,D及びEらが所属していたこと,平成14年6月度から平成16年8月度まで,被告本社営業部の月額売上は2200万円前後,粗利は500万円前後とほぼ一定していることが認められる。
 そうすると,原告は,平成16年7月1日以降も,被告の売上げを落とさない程度には被告の業務に従事していたということができ,同日以降は専らFBIの活動しか行っていなかった旨の被告の主張は採用できない。〔中略〕
  (1) 平成15年8月15日から平成16年9月30日までの時間外及び深夜割増賃金について
 争点1(1)から(5)で判示したとおり,上記期間の時間外及び深夜労働の事実が認められない以上,争点2について判断するまでもなく,割増賃金の請求は理由がなく,したがって付加金の請求もまた理由がない。
  (2) 平成16年9月16日から同月30日までの賃金について
   ア 争点1(6)で判示したところによれば,原告は,上記期間についても,所定の労働として最低限予定されている程度には,被告のための労務を提供したということができるから,その対価としての賃金請求権を有するというべきである。
 そして,証拠(〈証拠省略〉)によれば,上記期間の賃金額は,41万8153円であり,原告が求めるのは,この額から所得税や住民税の源泉徴収額,健康保険や雇用保険等の社会保険料を控除した残額29万6396円であると解される。
   イ これに対し,被告は,FBIの代表者として違法競業行為を行い,被告に多大な損害を与えたこと,被告からの借入金200万円を返済しないことを指摘し,そのような原告が被告に未払賃金の支払いを求めることは権利の濫用にあたると主張する。
 しかし,かかる被告の主張は,被告が,原告に対する違法競業行為を理由とする損害賠償請求権及び貸金返還請求権をもって,原告の賃金債権との相殺をいうに等しく,賃金全額払の原則を定めた労働基準法24条1項本文の趣旨を潜脱するものであって,採用できない。