全 情 報

ID番号 : 08708
事件名 : 遺族補償給付及び葬祭料不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 粕谷農協・福岡東労働基準監督署長事件
争点 : 農協で金融共済課に配転された職員の自殺につき妻が遺族補償年金等不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : 農協に採用され、農機車両係や給油所係に配属された後、金融共済課貯金専任渉外係に配置転換されていた正規職員Aがうつ病エピソードを発病し自殺したことについて、業務上の事由によるとして妻Xが遺族補償年金及び葬祭料の支給を申請したのに対し、労働基準監督署長Yがなした不支給処分の取消しを求めた事案である。 福岡地裁は、職員Aは、配置転換により、灯油の配達業務から金融共済課専任渉外係としての集金業務及び推進業務へと業務内容が大きく変化したこと、推進業務は高度の知識や営業技術を必要とする困難な業務内容である一方、本人には経験がなく、性格的にも全く向かず、過大なノルマを持たされたこと、業績も常に最下位であったこと、職場の支援体制も不十分であったこと、職場内で良好な人間関係を築くことができなかったことなどが認められ、これらの事情を総合的に判断すれば、精神的に重い負荷がかかり、焦燥感・不安感に駆られ、集金業務による肉体的疲労と相まって心身共に疲弊し、絶望して自殺を考えるほどに精神障害が増悪したとしても不自然ではないと認め、本件精神障害の増悪には業務起因性があるとして請求を認容した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2008年3月26日
裁判所名 : 福岡地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(ウ)37
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例964号35頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
太郎は、本件配置転換により業務内容が大きく変化し、配置転換後の推進業務はそれ自体相当程度困難なものである上、経験的、性格的、年齢的にみて太郎にとって非常に困難な業務であることを併せ考えると、本件配置転換による業務内容の変化により受けた心理的負荷は、相当重いものであったというべきである。
  (オ) 確かに、本件配置転換は、前記のとおり、太郎が給油所以外の勤務に移ることを希望し、太郎の父親が粕屋農協の元役員に対して太郎を給油所勤務から金融業務へ異動させるよう依頼したことを契機として検討され、本件配置転換前に、太郎本人に対し、金融業務の内容や厳しい仕事である旨伝えて、金融業務でよいか意思確認をし、太郎から頑張る旨の回答を得た上で行われたのであり、決して太郎の意思に反して行われたものではない。
 しかしながら、そうであるからといって、本件配置転換による業務内容の変化の程度が変わるわけでもなく、太郎にとっての本件配置転換後の業務の困難性が変わるわけでもないから、このような経緯は、本件配置転換による心理的負荷について検討するに当たって、重視するのは相当でない。〔中略〕
年間目標は、単なる目標ではなく、毎月、各職員の達成率や月別目標の達成、未達成が示された実績管理表が作成されて、会議等でこの表を基に指導を受け、支所職員の合計額で当該支所の年間目標の達成、未達成が決まり、目標額が未達成であると、ペナルティとして翌年支所全職員に対し目標額が上乗せされ、未達成の職員のみならず、他の職員まで不利益が及ぶという制度であり、いわゆる「ノルマ」としての性格を持つものといえる。また、太郎の本件配置転換後の年間目標は、太郎の経験及び能力に照らして過大なものであり、実際にも、その達成率は貯金専任渉外係の中で常に最下位で著しく低く、太郎1人で家族以外の者から契約を取れたことはなかったのであるから、年間目標による心理的負荷は、太郎にとって、極めて大きなものであったというべきである。
  (オ) しかも、以上のように、太郎は、平成11年7月22日の時点で、長期共済は3000万円しか達成できておらず、これに月子の生命共済3000万円を加えるとしても、あと2億7500万円のノルマが残っていたこと、太郎は、その時点まで、親戚中を回り、推進業務に努めるも、結局自分1人では、一郎以外の者からは1件も共済を獲得できなかったこと、太郎の同居の家族は、太郎、原告及び月子であり、太郎と原告は既に生命共済に加入しており、残る月子も同月に加入することによって家族全員が生命共済に加入してしまうことからすれば、これ以上長期共済を獲得できる見込みはほとんどなく、平成11年7月の時点で、太郎にとっては、総額3億3500万円という年間目標の達成は、客観的に見て、ほぼ不可能な状況であったというべきである。〔中略〕
推進業務に適性のない太郎が推進業務をこなせるようになるには、顧客との話の仕方や商品内容の説明方法等について具体的に指導する必要があり、そのためには、職場で支援体制を組んで、一定期間、定期的にベテラン職員や同じ貯金専任渉外係の職員と共に推進業務に回り、そのやり方を学ぶなどする必要があったといえるが、実際にこのような支援体制は組まれておらず、太郎は、BやMの好意による支援に頼るしかない状況であり、支援体制が十分であったということはできない。
  (ウ) 以上に照らせば、推進業務の経験もなく、性格的にも推進業務が向かない太郎にとって、推進業務は適性がなく困難なものといえ、太郎への推進業務の支援体制が不十分であったことを併せ考えれば、推進業務の困難性による心理的負荷は極めて大きかったといわなければならない。〔中略〕
太郎は、本件配置転換前は、午前7時30分ころから午後8時ころまで業務に従事していたが、本件配置転換後、平成11年5月以降、午前7時30分から午後9時ころまで業務を行うようになり、本件配置転換前に比して、毎日1時間程度、労働時間が増えた。
 これに加えて、太郎は、灯油の配達業務は主に冬季であり、冬季以外は給油所で給油業務を主に行っていたが、本件配置転換後は、昼間は集金業務等のため、夜間は推進業務のため、1日中外回りをしなければならなくなった。
 このように労働時間が増えたこと、1日中外回りをしなければならなかったことからすると、本件配置転換により、肉体的負担が増え、肉体的疲労が蓄積していったことが推認できる。〔中略〕
勢門支所内では、太郎の異動は、父親の口利きによる異例のものであるという目で見られていたこと、太郎は、支所内でO支所長の次に年齢が高く、上司であるE課長と同年齢であったこと、太郎自身も推進業務の適性がなく、実際に成績も悪かったことからすれば、太郎は、勢門支所内で、父親の口利きという目で見られていたことや推進業務の成績が悪いことで肩身が狭く、自分より年下の他の職員に頼ることもできず、職場内で良好な人間関係を築くことができなかったこと、それにもかかわらず、前記のとおりO支所長やE課長から十分な支援体制を組んでもらえず、孤独感を感じていたことがうかがわれる。〔中略〕
 これらの事情を総合的に判断すれば、太郎と同程度の経験、能力、年齢の同種の労働者を基準として考えた場合、前記業務の大きな変化、変化後の業務の困難性、経験及び能力に比して過大といえる年間目標により、精神的に重い負荷がかかり、同年4月、同年5月と1人で家族以外の者から共済の加入等を獲得することができず、年間目標達成率が貯金専任渉外係の中で最下位であったことにより、不安感を持ち、同年5月中旬ころ本件精神障害に罹患し、その後も、年間目標の達成のため午後9時ころまで推進業務に回るも、太郎の長期共済及び年金共済の年間目標の達成率は最下位のままで、月を追うごとにその差を広げられ、焦燥感、不安感に駆られ、集金業務のため昼間は1日中外回りをし、夜も推進業務のために午後9時ころまで外回りをすることによる肉体的疲労と相まって心身共に疲弊して、本件精神障害が増悪し、同年7月、O支所長やE課長から、会議等でいろいろ言われるよりは、取りあえず実績を上げるためには、自分の身内、例えば月子に生命共済を掛けるのが早いなどと指導され、同月19日の渉外者担当会議を経て、太郎は、小学1年生の月子に、家計が苦しい中、3000万円の生命共済を掛けることにしたが、それでも、同年7月の月別目標である5000万円には届かず、さらには、年間目標の達成まであと2億7500万円も残っている状態で、月子に生命共済を掛けるという最終手段により万策尽き、もはやこれ以上共済を獲得する方策が考えつかないが、かといって、今更、元の給油所に戻してほしいなどと言い出せないという状況にあり、絶望して、自殺を考えるほどに精神障害が増悪したとしても不自然ではないと認められる。よって、太郎が従事した推進業務は、社会通念上、客観的にみて、自殺に至るほどの精神障害の増悪を生じさせる程度に過重の心理的負荷を与える業務であったと認めるのが相当である。
 そして、太郎に、本件業務以外の出来事による心理的負荷がうかがえないこと、太郎に特段の個体側要因がうかがえないことに照らせば、本件精神障害の発症及びその増悪による自殺は、上記業務上の心理的負荷を主な原因として発症したといえるのであり、太郎の従事した業務と本件精神障害の発症及びその増悪との間には相当因果関係が認められる。
(5) 以上によれば、太郎の本件精神障害及び自殺に至るほどの本件精神障害の増悪には、業務起因性が認められる。
 したがって、太郎の本件精神障害及びこれに基づく本件自殺に業務起因性を否定した本件処分は、違法といわなければならない。
4 結論
 以上によれば、本件処分の取消しを求める原告の請求は、理由があるから、これを認容することとし、よって、主文のとおり判決する。