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ID番号 : 08712
事件名 : 退職金請求事件
いわゆる事件名 : PSD事件
争点 : コンピュータシステムの設計・開発会社の元従業員らが減額分の退職金の支払を請求した事案(元従業員一部勝訴)
事案概要 : コンピュータシステムの設計、開発等を業とする株式会社Yの元従業員(X1~X4)らが、主位的に退職金規程1なるものが存在していたとしてその基準に基づく退職金の支払を求め、予備的に退職金規程2(=会社の主張する規程)に基づいて、ただし会社からの賠償目的の減額をせずに、全額を支払うよう請求した事案である。 東京地裁は、まず適用されるべき退職金規程について、Xらの主張する退職金規程1が適用された例があるものの、退職金規程2が作成されたことは明らかであり、多くはこれを適用してきた事実をもってみても、退職金規程1が正規の退職金規程であったと断定できない以上、不利益変更が行われたといえないとして、主意的請求を斥けた。次に減額の正当性について、職中の成果や被告の業績を考慮して減額する場合があることを規定し、実際に減額して退職金の額とすることは許されるとしても、本件における減額の理由が明確でなく、実質的には、一旦は退職金規程2の支給基準率に基づいて計算された退職金の全額を支払うものと決定していたのに、顧客に支払った損害金をXらに負担させるため、各自の負担額を控除して支払った場合と異なるものではないとして、原則に基づいてそれぞれ減額前の金額の退職金を支払うべき義務を負っているものと認めた。
参照法条 : 労働基準法24条1項
労働基準法89条
労働基準法90条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
裁判年月日 : 2008年3月28日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)29095
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例965号43頁
審級関係 :
評釈論文 : 野川忍・ジュリスト1380号141~143頁2009年6月15日
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
被告では、平成17年11月に本件退職金規程1が定める支給基準率を適用した例もあることが認められることからすると、少なくとも、そのころから、原告らがAから本件退職金規程1を入手したという平成18年2月ころにかけて、本件退職金規程1が被告の管理本部室で保管されていた規程類の綴りの中に含まれていたということは否定できない。
 しかしながら、その一方で、平成9年4月ころに本件退職金規程3が作成され、平成18年4月にその誤記等を修正して本件退職金規程2が作成されたという被告の主張を裏付ける証拠もあるうえ、従業員の退職にあたり、本件退職金規程3の支給基準率を適用した例もあること、上記のとおり、本件退職金規程1の規定にはその形式に不自然な部分もあることなどからすると、原告らが退職した平成18年7月ころまでに、被告が正規の退職金規程として本件退職金規程1を作成していたと断定するのは困難であるといわざるを得ないし、他にこれを認めるに足る証拠もない。
 そして、本件退職金規程1が被告で作成された正規の退職金規程であるとは認定できない以上、平成18年4月1日実施の本件退職金規程2との関係で、退職金規程の不利益変更が行われた場合にあたると認めることもできない。
 以上によれば、本件退職金規程1に基づいた退職金の支払を求める原告らの主位的請求はいずれも理由がないこととなる。〔中略〕
 前記前提事実(2)記載の原告らの勤続年数や基本給に、本件退職金規程2が定める支給基準率を適用すると、原告らの退職金額は、次のとおりとなる〔中略〕
本件退職金規程2第5条2項は、「勤務年数の1年未満は1カ月につき1/12を加算する。」と規定しているところ、この規定は、原告ら主張のとおり、1年未満の勤続期間に対応する支給基準率は、1ヶ月ごとに、当該勤続年数に1年を加えた勤続年数に対応する支給基準率と当該勤続年数に対応する支給基準率の差の12分の1ずつが増加するという趣旨であると認めるのが相当である。〔中略〕
 確かに、本件退職金規程2第10条は、職中の成果や被告の業績を考慮して減額する場合があることを規定しているから、同規程の支給基準率により計算した金額を減額して退職金の額とすることは許されるし、本件でも、一旦原告らの退職金額を決定した後で、そこから顧客に対する賠償金の各自の負担額を控除したというものではないから、労働基準法24条1項本文に直接違反するものとはいえない。
 しかしながら、原告らの退職金を減額した理由に関し、原告らの職中の成果や被告の業績など他の減額事由については何らの主張はなく、まさしく、技術部門のミスから顧客に損害金を支払ったので、原告ら技術部門の従業員にこれを負担させるため、原告らの退職金から当該損害金の各自の負担額をそれぞれ減額したという本件においては、顧客に対するこの損害金の支払がなかったならば、原告らに対して、本件退職金規程2が定める支給基準率に基づいて計算された退職金の全額が支払われたであろうことは容易に推認できる。
 そうすると、本件で原告らに支払われた退職金額は、一旦は本件退職金規程2の支給基準率に基づいて計算された退職金の全額を支払うものと決定していたのに、顧客に支払った損害金を原告らに負担させるため、その退職金から各自の負担額を控除して支払った場合と実質的に異なるものではないというべきである。
 被告は、従業員の職中の成果や被告の業績を考慮して従業員の退職金額を減額させることができるのであるから、退職金額の決定について一定の裁量を有してることは明らかであるが、以上に検討した事情に照らすと、本件退職金規程2の支給基準率に基づいて計算した額(上記(2))から、原告らにつきそれぞれ23万7250円を減額した被告の決定は、いずれもその裁量を逸脱、濫用したものと認めるのが相当である。
 したがって、被告は、原告らに対し、それぞれ減額前の金額の退職金を支払うべき義務を負っているものと認められる。
(3) 以上によれば、原告らの退職金額は、原告甲野が126万6666円、原告乙山が149万1666円、原告丙川が147万5000円、原告丁原が72万9583円となる。
 ところで、これらの退職金の支払に関しては、本件退職金規程2第8条で、退職金の支払は退職後速やかにその金額を支払う旨規定するにとどまり(乙2)、その支払日についての明確な定めはない。
 したがって、労働基準法23条により、被告は、原告らが退職金の請求をしてから7日以内にその支払をすべき義務を負うと認めるのが相当であるが、本件では、原告らは、被告に対し、平成18年11月2日にメールと宅急便を用いて退職金の支払を請求しているから(当事者間に争いがない)、退職金の支払期限は、平成18年11月9日であると認めるのが相当である〔中略〕
 そして、前記前提事実(3)記載のとおり、被告は、平成18年12月27日、退職金として、原告甲野に対し103万7550円、原告乙山に対し125万4350円、原告丙川に対し123万7550円、原告丁原に49万2220円を支払っているから、これらの金員を、原告らの上記退職金額に係る平成18年11月10日から同年12月27日まで(48日間)の遅延損害金(年6分)と、各退職金の元本に順次充当すると、退職金の残額は、原告甲野が23万9110円、原告乙山が24万9085円、原告丙川が24万9088円、原告丁原が24万3119円(いずれも、本件退職金規程2第6条により1円未満切り捨て)であると認められる。