全 情 報

ID番号 : 08714
事件名 : 休業補償給付不支給処分取消等請求事件(123号)、障害補償給付不支給処分取消請求事件(125号)
いわゆる事件名 : モード・テック広栄・東大阪労働基準監督署長事件
争点 : 縫製業務従事者の脳内出血発症につき、休業補償・障害補償給付不支給処分の取消しを求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 婦人服の縫製業務に従事していたXが、墓参りに行った際に脳内出血を発症したことについて、疾病は過重な業務に起因するものであるとして申請した休業補償給付に対し、労働基準監督署長Yが行った不支給処分の取消し(甲事件)を求め、また、疾病が治癒した後も障害が残ったとして申請した障害補償給付についての不支給処分の取消し(乙事件)を求めた事案である。 大阪地裁は、Xが半年間にわたり長時間労働に従事していたこと、しかも、そのような長時間労働は復職後約4年間にわたり継続していたこと、業務は量的にも質的にも過重なものであったとし、家事労働による負荷は小さくなかったものの、日常生活に必要な限度を超えるものではなかったこと、本人自身に一定程度のリスクファクターがあったものの、その自然経過のみをもって本件疾病を発症したと考えることは困難であったと思われるとした。 その上で、業務上の過重な負荷が有力な原因となって、血管病変をその自然経過を超えて著しく増悪させた結果発症したものと考えるのが相当であるとして、Xの請求を認容した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法14条
労働者災害補償保険法15条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/休業補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/障害補償(給付)
裁判年月日 : 2008年5月19日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)123、平成19行(ウ)125
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例968号170頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-障害補償(給付)〕
本件疾病の発症前日は休日で、発症前1週間、原告が特に過重な業務に従事したとはいえない。しかし、原告は、本件疾病の発症に至るまでの半年間にわたり、1か月当たりの時間外労働時間が平均60時間を越え、最長で80時間50分に及び、2か月間ないし6か月間にわたる1か月当たりの平均時間外労働の最長が74時間20分に及ぶ長時間労働に従事していたこと、しかも、そのような長時間労働は、復職後約4年間にわたり継続していたものと窺われる。また、原告が主に担当していた作業は、縫製の仕上げ段階に位置し、微妙な調整や慎重さを求められるものであったこと、とりわけ本件疾病発症前1週間に担当していた袖付けは、通常は特定の人が専門に行っているような神経を使う作業であり、難度の高いものであって、同業務について10年の経験を有する原告にとっても容易なものとはいえはなかったこと、加えて、納期の遵守が厳命されており、班ごとに達成目標が定められていたから、作業にはスピードも要求され、自らが手すきとなれば他の工程を手伝い、また目標枚数とは別に翌日の作業用の準備も必要であるなど、手待時間がほとんどなく、納期に追われる中での原告の作業量は多く、この点でも労働密度は高かったこと、さらに、通常の業務とは別に、納期の迫った予定外の仕事が入ることもしばしばであったことが認められる。
 このように原告が本件疾病発症前に従事していた業務は、量的にも質的にも過重なものであったということができる。〔中略〕
原告は、業務の他に、自身を含めて3人分の家事をほぼ1人で担っていたこと、家事に費やす時間は4時間と少なくない上、原告はこれを、亡くなった母がしていたのと同程度に、きちんとこなそうと努めていたことが認められ、家事労働による負荷は小さくなかったということができる。
 しかし、原告が明らかに過大な家事を行っていたとか、不必要なまでの完壁さを自ら求め、あるいは家人に求められていたといった事情は、本件全証拠によっても窺えないから、原告が行っていた家事は、日常生活を快適に送るために必要な限度にとどまるものということができる。
 したがって、これを趣味や娯楽のように自らの裁量で負荷の軽減を図ることができるものと同視することは相当でない。〔中略〕
 原告は、高血圧、肥満及び糖尿病という血管病変の進行を促進・増悪させるリスクファクターを基礎的要因として有していたとはいえ、29歳という若さゆえに、リスクファクターによる曝露期間は短く、抵抗力、修復力及び再生力を十分に備えており、これによってリスクファクターによる影響は減殺されていたことが推認されるのであって、上記リスクファクターが基礎的要因として存在するとしても、その自然経過のみをもって、本件疾病を発症したと考えることは困難である。また、原告に先天的な脳動静脈奇形が発見されていないことは前述したとおりである(前記1(2))。
 そうすると、原告の本件疾病の発症については、上記リスクファクター以外に、自然経過を超えて血管病変等を著しく増悪させた理由の存在を認めるべきである。〔中略〕
原告は、恒常的な長時間労働に従事しながら、高い労働密度の中で神経を使う作業に従事しており、原告にかかった業務上の負荷は量的にも質的にも過重なものであったということができる。
 他方、原告は、家事労働も担っており、その負荷もまた小さくはなかったということができるが、原告の行っていた家事労働は、日常生活に必要な限度を越えるものではなかったというべきであり、これによる負荷の回避や軽減を原告に求めることは相当でない。また、原告が業務に費やした時間や内容と比較してみれば、家事労働による負荷が業務上のそれより大きいものであったとは解されない。
 そして、前述したとおり(前記4(5))、原告が当時29歳という若年であったことからすれば、高血圧、肥満及び糖尿病というリスクファクターの存在のみで、自然経過として血管病変を悪化させたとは考えにくい。
 そうすると、本件疾病は、業務上の過重な負荷が有力な原因となって、血管病変をその自然経過を超えて著しく増悪させた結果、発症したものと考えるのが相当である。
 したがって、原告の業務と本件疾病の発症との間には相当因果関係があるものということができる。
6 結論
 よって、本件疾病の業務起因性を否定して休業補償給付及び障害補償給付を不支給とした本件処分〈1〉及び〈2〉の取消しを求めた原告の請求はいずれも理由があるから、これを認容し、主文のとおり判決する。