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ID番号 : 08715
事件名 : 労働契約関係確認等請求事件
いわゆる事件名 : バイエル・ランクセス(退職年金)事件
争点 : 会社退職者が年金制度改正後の方法ではなく退職時の年金の方法で支払う義務の確認を求めた事案(元社員勝訴)
事案概要 : 薬品、農業関連製品等の輸入、製造会社Y1に雇用され退職したXが、Y1との間で退職金を終身年金の方法で支払うことを約束した後、退職した。Xの在籍していた部門はY2に譲渡され、Y2は退職年金制度を廃止したため、Xが退職金を終身年金の方法で支払う義務があることの確認を求めた事案である。 東京地裁は、まず年金規約自体には改正の根拠があり、正当とする余地があるが、だからといって会社が必要と判断したときは直ちに年金制度改正・廃止ができるわけではなく、退職者が長期間これに依存して生活していかなければならないという退職年金制度の特質からすれば、その改正(廃止を含む)の内容・程度に応じた高度の必要性が求められ、かつ変更後の制度及び変更に至る手続が相当なものかが問われるべきであるとし、その上で、本件は事業主が経営危機にあるわけではなく必要性が非常に強いとはいい難く、制度廃止の相当性については、事前に受給権者の意見を一切聴いていない点が不十分であるといえ、そうすると、会社の経営状況が悪いと認められず、かつ事前に受給権者の意見を一切聴取することなく行った年金制度廃止につき、必要性、相当性とも認められる合理的なものと認定するのは困難だとしてXの請求を認容した(ただし、供託された一時金の受領は不当利得であるとしてXに返還を命じた)。
参照法条 : 労働基準法89条
体系項目 : 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事)/退職金/退職年金
裁判年月日 : 2008年5月20日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)13073
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例966号37頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔賃金(民事)-退職金-退職年金〕
被告らの主張及び上記(1)エ認定事実から明らかなように、被告らは、被告らが倒産必至といった状況になったことから従来の退職年金制度を廃止しようとしたのでないと解される。被告らは、従来の退職年金制度を継続することが将来重荷を背負って経営を続けていくことになり、これが将来の被告らの業績に著しい影響を及ぼす可能性があることから、経営戦略上、これを避けるために、余力のあるうちに、同制度を廃止し、前記争いのない事実(4)(原告については(5))の内容で、一時金の支給をもって清算することとしたものということができる。このような制度変更については、会社が経営的に苦況にあるか否かという必要性のみで制度の合理性の有無を検討するのは困難というべきであるから、〈1〉その変更に至る受給権者への説明や受給権者の同意を得ようとした手続の経緯及び〈2〉変更された内容(代償措置)が受給権者の保護を図った適切なものか、といった相当性の検討と相まって検討するのが相当である。〔中略〕
被告らは、制度廃止の事前には、退職者らに対し、意見を求めるなどは一切していないといえる。退職者らが意見を述べる機会は事前には全くなかった。
 また、原告が供託金の還付を受けたのは、前記の理由からやむなく行ったもので、これをもって同意したと見ることができないことは当然である。〔中略〕
一時金として受領することの有利さは、受給権者からすると、資産運用の余地が大きいという点と、支払者の倒産等により支払われなくなることがない点にあり、それ以外の点では年金の方が有利であるといえる(平均余命による算定の点は一概にどちらともいえない。)。これに対し、年金制度廃止の代償措置として十分かという点は、被告ランクセスの退職間際の管理職である現役従業員1人当たりの年金資産額が約3800万円であること((被告らの主張)(3)ウ(イ))、原告と同じ社歴を有する部長職の現役従業員が退職時に受領する退職一時金が3154万円余であること(同(3)カ)からすれば、原告は優遇されているということもできる〔中略〕。また、被告ランクセス受給権者51名のうち49名、バイエルグループ全体では255名のうち253名が一時金に変更する案に同意をしたということは、それだけ同意を得やすい内容のものであったということができる。〔中略〕
本件年金制度廃止は、事業主が経営危機にあるわけではないので、必要性は非常に強いとはいい難い。制度廃止の相当性については、事前に受給権者の意見を一切聴いていない点は、不十分ということができ、代償措置については、十分であると見る余地があるということができる。
 ところで、本件の税制適格年金と社会的に同様な機能を営む制度であるといえる厚生年金基金を見ると、その設立認可基準において、制度の変更には、変更内容の相当性等のほか、〈1〉基金を設立した事業所の経営状況が債務超過の状態が続く見込みであるなど著しく悪化していることや、〈2〉全受給者等に対し、事前に給付設計の変更に関する十分な説明と意向確認を行っていることなどが要件とされている。このことを参考に検討すると、本件のように、会社の経営状況が悪いと認められず、かつ事前に受給権者の意見を一切聴取することなく行った年金制度廃止につき、その余の要素を十分考慮するとしても、必要性、相当性とも認められる合理的なものと認定するのは困難であるといわざるを得ない。〔中略〕
 事情変更の原則は、契約締結当時全く予見できなかったような社会事情の変動が後に当事者の責めに帰することができないような原因で生じ、しかもそれが重大であるため、当事者になお契約上の債務の履行を迫ることが著しく衡平に反するという場合に、信義則を適用して、契約の内容を変更することなどを認める、というものと解することが相当である。ところで、既に判示したように、年金制度の特徴として、終身年金ともなれば、債務の支払期間は相当長期間にわたる可能性があり、年金受給権者の数や支払期間、支払総額につき、見通しが非常に立ちにくいものということができる。このような年金制度の特質からいって、少々の社会変動は当然織り込み済みであるはずであり、年金資産を制度の存続期間中ずっと5.5%で運用していけるか、あるいは受給権者の長寿化といった点は、およそ想定し得なかった事態とは考え難い。したがって、本件において生じたこの程度の事態の変化に、事情変更の原則を適用できるとはいうことができない。〔中略〕
被告らの退職年金制度の廃止は、合理性があるということができないから、被告らは、原告に年金をなお支給すべき義務を負うというべきである。本件請求は確認請求であり、端的に給付を求めるべきであって確認の利益に疑問があると解する余地もあるが、被告らが一時金を支払ったため債務の履行が終了しているとして年金を支払わないのであれば、確認の利益を肯定する余地もあると解される。原告が還付を受けた供託金は、不当利得返還によって処理されるべきである。
 被告らが、原告1人のために年金制度を存続させることは、費用と手間の点で被告らに多くの負担を強いるであろう。しかしながら、制度維持のための費用はともかく、年金給付分については、被告ランクセスが補填してきたと主張する1人当り年額80万円以上の金員は、今後は原告分のみに抑えられ、かつ制度維持の手間は、受給者が原告1人であれば相対的に小さくなるものと思われるので、制度を設けた者として受忍すべき負担というべきである。