全 情 報

ID番号 : 08739
事件名 : 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 初雁交通事件
争点 : タクシー運転手らが就業規則の一方的不利益変更による賃金体系を無効として賃金の差額の支払を請求した事案(従業員敗訴)
事案概要 : 一般乗用旅客自動車運送等を業とする会社Yの従業員Xら(少数組合員3名及び元組合員遺族2名)が、多数組合の同意を得て就業規則を変更したのは就業規則の不利益変更に当たり無効であるとして、改定前の賃金体系による賃金と新賃金体系による賃金の差額の支払を求めた事案である。 さいたま地裁川越支部は、まず、就業規則の変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは原則としては許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者が同意しないことを理由として適用を拒むことはできず、その合理性の有無は労働者が被る不利益の程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合との交渉の経緯、他の労働組合又は他の乗務員の対応、同種事項に関する社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきであるとした。 その上で、本件においては、Y1では残業の実施を前提として賃金体系全体を見直す必要性が高かったと認められ、また多数組合の同意を得ており、Xらとの交渉にも時間をかけていたことなどが認められ、代償措置又は一時的な経過措置がとられていないことを考慮しても新賃金体系は合理的なものと評価することができ、新賃金体系はXらに対しても適用されるとして請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法90条
労働基準法2章
体系項目 : 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
就業規則(民事)/就業規則と協約/就業規則と協約
裁判年月日 : 2008年10月23日
裁判所名 : さいたま地川越支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)387
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例972号5頁
労経速報2020号19頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
〔就業規則(民事)-就業規則と協約-就業規則と協約〕
新賃金体系においては、〈1〉月の営業収入が40万円以上の場合、旧賃金体系においては、基本給が16万7600円であったところ、新賃金体系においては時給830円とされており、これは、賃金規定上月間12乗務とされているから、1乗務14時間として、結局乗務時間は、月間168時間となり、基本給が月間13万9440円に減額されたことになること、また、〈2〉旧賃金体系においては、月の営業収入が38万円以上40万円未満の場合には、基本給が月額営業収入の50パーセント、月の営業収入が38万円未満の場合は月額営業収入の45パーセントとなっているところ、新賃金体系においては、月の営業収入が38万円以上40万円未満の場合には、基本給が月額営業収入の44パーセント、月の営業収入が38万円未満の場合は月額営業収入の39パーセントと定められており、月の営業収入40万円未満の深夜・残業手当が新賃金体系においては6パーセントと定められていること、平成13年2月の川越労働基準監督署の是正勧告以降、深夜・残業手当として月額営業収入の5パーセントを支給していたことを考慮しても、結局全体として5パーセント減額していることが認められる。また、甲第24号証によれば、月の営業収入別に旧賃金体系と新賃金体系に基づきそれぞれ仮定賃金を算定し、比較すると、1パーセント弱から4パーセントまで賃率が減少していることが認められるから、本件就業規則の賃金規定は、それ自体、労働者にとって不利益なものといえる。〔中略〕
新賃金体系が全乗務員に対して適用されたのは、平成16年4月であるから、その影響が売上げに完全に反映されるのは、平成17年度以降であると考えられるところ、これと、旧賃金体系が適用されている平成13年度及び平成14年度の賃率と比較した場合、年度によって異なるが、約2パーセント未満の減少が認められる。
 月額の営業収入の額や他の条件(早退、欠勤、有給の取得を考慮するか)によって、減少割合が異なり、一概にその不利益の程度を評価することはできないが、上記減少割合からみると、全体的に見た場合、労働者が被る不利益の程度は、大きな不利益とまでは認められない。〔中略〕
平成14年6月1日から平成15年5月31日までの期間の急激な収益の減少は、従業員に残業を実施させられなかったこと及び従業員の人数の減少が原因と認められる。したがって、上記事実関係にかんがみれば、被告においては、残業の実施を前提として賃金体系全体を見直す必要性が高かったと認められる。
 そして、前記認定によれば、被告は、新初雁交通労働組合とは新賃金体系についての合意が成立しており、非組合員からも反対の意見が出されていなかったところ、初雁交通労働組合との約3か月間の団体交渉によっても合意に達することはできなかったことからすると、就業規則を初雁交通労働組合の組合員に対し適用することによって統一的・画一的に扱う必要性もあったと認められる。〔中略〕
新賃金体系においては、基本給について上記のような変更をすることに加え、深夜・残業手当の算定方法を調整することによって、結果として、月の営業収入別の仮定賃金を算定した場合、1パーセント弱から4パーセントまでの賃率減少に押さえられており、また、営業収入に占める乗務員の賃金総額の比率も約2パーセント未満の減少にとどまっていることからすると、新賃金体系自体に相当性がないとまでは言い難い。〔中略〕
足切制度の中で、基本給の算定方法をどのように定めるかは当事者の自由であるから、その内容に相当性がある以上、時間給制度を採用すること自体が不当であるとまではいえない。そして、遅刻・早退によって賃金がカットされるとの主張については、就業規則上、勤務時間が定められている以上、遅刻・早退に対してその抑制のために賃金額の減少という不利益を課すこと自体には合理性が認められるから、このことが新賃金体系が相当でないという理由とはならない。〔中略〕
 有給休暇を取得した場合、足切額に対応する基本給部分が有給休暇を取得した日数分の時間給が減額されることとなるが、これに対しては、有給手当によって補填されるのであるから、これ以上に乗務員の足切額を減少させるとか、仮想営収分を上乗せするという措置を講じなかったからといって有給休暇権の行使が抑制されているとは認められず、原告A、同D、同C、同B1及び同B2のこの点の主張は採用できない。なお、旧賃金体系においては、基本給部分が定額であり、有給休暇の取得によって基本給が減額されるということがなかったのであるから、この点については、旧賃金体系と比較する限りにおいては、新賃金体系の不利益な変更点と認められるが、甲第24号証によれば、有給休暇を取得した場合においての賃率の減少は、各仮定営業収入によって異なるものの、3パーセント前後であることからすれば、同事実は、新賃金体系の相当性についての判断を左右するものではない。〔中略〕
代償措置又は一時的な経過措置がとられていないことを考慮しても、新賃金体系は合理的なものと評価することができる。したがて、新賃金体系は、原告らに対しても適用されるものである。