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ID番号 : 08751
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 交通事故による労災保険金を損害賠償債務の遅延損害金に優先的に充当することを求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 交通事故を受けた被害者(労働者)が、加害者に対しては民法709条(不法行為)に基づき、加害車両の保有者に対しては自賠法3条に基づき、それぞれ損害賠償を求めるとともに、本件訴訟の弁護士費用相当額については、本件事故の日から、それ以外については、事故によって被害者に生じた損害を填補するために支払われた自賠責保険金、労災保険金及び加害車両の保有者が加入する自動車保険の保険金は各々支払われた都度、元本充当の前に上記損害賠償請求権の遅延損害金に充当し、その後に、元本に充当するよう求めた事案である。 大阪地裁は、まず加害者の過失を認定しつつ被害者に1割の過失相殺も認定して損害額を確定させた上で、充当に関する被害者の主張について、〔1〕労災保険給付の趣旨に鑑みれば、休業給付等は、加害者側である第三者の被害者に対する損害賠償債務のうちの逸失利益に相当する部分のみを補償の対象とするものであり、それを超えて遅延損害金という別個の債務をも補償の対象としているのではないとしたが、〔2〕自賠責保険、任意保険については、被害者の請求により直ちに自賠責保険金等の支払に際して損害賠償債務の元本に充当する旨の合意はなく、民法491条1項に従い、まず事故の日から金員の支払を受けた日までの間の損害賠償債務の遅延損害金に充当され、その後残額が元本に充当されることとなるものと解するのが相当であるとした。
参照法条 : 労働者災害補償保険法12条の4
民法709条
自動車損害賠償保障法3条
体系項目 : 労災補償・労災保険/通勤災害/通勤災害
労災補償・労災保険/業務上・外認定/通勤途上その他の事由
労災補償・労災保険/損害賠償等との関係/自賠法上の損害填補金請求との関係
裁判年月日 : 2009年2月16日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)9999
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 判例タイムズ1289号65頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-通勤災害-通勤災害〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-自賠法上の損害填補金請求との関係〕
  (2) 本件事故は、被告乙山の上記過失によって発生したものであるということができる。
 しかしながら他方、原告においても、本件交差点の手前において、東西道路西行き車線の中央線寄りの部分をゆっくりとした速度で走行していた被告車両の存在を認めたのであるから、被告車両が右折をしようとしていることを予期し、その動静に注意を払って走行すべきであったにもかかわらず、そのまま直進することが可能であると軽信して直進し続けた過失があるというべきである。そして、被告乙山及び原告の上記のような過失の内容及び本件事故の態様等に鑑みると、本件においては、過失相殺として、原告に生じた損害の1割を減ずるのが相当である。〔中略〕
  (6) 損害の填補(労災保険の支給による損害賠償請求権の一部喪失を含む。)
 ア 労災保険の療養給付(装具費を含む。)の支給〔中略〕
 a 労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)12条の4は、「政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」(第1項)、「前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。」(第2項)と規定している。この規定は、保険給付の原因である事故が第三者の不法行為によって生じた場合に、その民法上の損害賠償債務と労災保険法上の保険給付とは相互補完の関係にあり、同一の事由による同性質の損害の二重填補を排除し、かつ、加害者である当該第三者の免責を阻止する趣旨を明らかにしたものというべきである。
 したがって、労災保険の受給権者(本件においては、本件事故の被害者である原告)が政府から労災保険給付を受けたときには、同受給権者は、法律上当然に、同保険給付の価額の限度でその損害賠償請求権を失うことになるが、このように労災保険の受給権者が、第三者(本件においては、本件事故の加害者側である被告ら)に対する損害賠償請求権を失うことの法的根拠については、労災保険法12条の4の規定から明らかなように、政府によって損害の填補がされるのに伴い、その限度で、被害者の損害賠償請求権が政府に移転し、これに伴って被害者が上記第三者に対する損害賠償請求権を上記の限度で喪失するからであって、上記保険給付によって、上記第三者の被害者に対する損害賠償債務が一部消滅するからではないというべきである。
 b また、原告は、本件において労災保険から、前記のとおり休業給付等の支給を受けているところ、労災保険における休業給付は、労働者が通勤による負傷又は疾病に係る療養のため労働することができないために賃金を受けない場合に、当該労働者に対し、その請求に基づいて支給されるものであり(同法22条の2)、同障害給付は、労働者が通勤により負傷し、又は疾病にかかり、なおったとき身体に障害が存する場合に、当該労働者に対し、その請求に基づいて支給されるものである(同法22条の3)。
 このような休業給付等の性質に照らせば、休業給付等は、加害者の被害者に対する民法上の損害賠償債務のうちの逸失利益(休業損害及び後遺障害逸失利益)と同性質の損害を填補するものであるということができる。
 c 以上のような労災保険給付の趣旨に鑑みれば、そもそも、休業給付等は、加害者側である第三者の被害者に対する損害賠償債務のうちの逸失利益に相当する部分のみを補償の対象とするものであり、これを超えて、同部分に対する遅延損害金という、上記損害賠償債務とは発生原因を異にする別個の債務をも補償の対象としているとみるのは困難である。
 また、前記aで説示した労災保険法12条の4の趣旨に鑑みれば、労災保険給付を行った政府が、これによって取得するのは、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権のみであることが明らかであるから、これによって保険給付を受けた者が喪失する権利も、第三者に対して有する損害賠償請求権に限られるといわざるを得ない。仮に、これに対する遅延損害金部分をも補償の対象としているとすると、政府は、保険給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権に加えて、これに対する上記保険金の支給日までの遅延損害金請求権をも取得することになるか、あるいは、支給した保険給付から、上記損害賠償債務のうちの逸失利益に相当する部分に対する上記支給日までの遅延損害金を控除した残額の限度でしか損害賠償請求権を取得することができなくなると考えられるが、労災保険法が、このような事態を想定しているとは解しがたい。
 d そうすると、労災保険の休業給付等と「同一の事由」の関係にあるとみられるのは、第三者の被害者に対する損害賠償債務のうち、逸失利益にかかる部分の元本のみに限定されるとみるのが相当である。
 なお、後記エのとおり、自賠責保険金及び任意保険金については、民法491条1項に従って、まず、本件事故の日からこれらの金員の支給を受けた日までの間に発生した、加害者の被害者に対する損害賠償債務についての民法所定の年5分の割合による遅延損害金に充当されることとなるものと解するのが相当であるが、自賠責保険及び任意保険は、加害者側においてその保険料を負担している点において、給付を受ける労働者の使用者が保険料を負担している労災保険とはその前提を異にしており、その支払によって加害者が被害者に対して負う債務が一部消滅し、その限度で加害者が免責されるとすることに特段の問題はない。したがって、自賠責保険金及び任意保険金が支払われたことによって損害が填補された場合と、使用者以外の第三者の加害行為による事故において労災保険給付を受けたことによって損害が填補された場合とで、その填補方法につき、同様の取扱いをすべき理由はない。
 (イ) 以上によれば、被告らの原告に対する、本件事故についての損害賠償債務のうち、逸失利益に相当する部分の元本は、原告が労災保険から支給を受けた休業給付等合計128万8301円の限度で填補されることになる。〔中略〕
 ウ 治療費名目での任意保険の保険金の支払〔中略〕
 しかしながら、原告が上記各費用について、上記各名目で金員の請求をしたことのみから、直ちに自賠責保険金等の支払に際して、これを上記損害賠償債務の元本に充当する旨の明示又は黙示の合意があったと認めることまではできない。そして、自賠責保険及び任意保険は、加害者側においてその保険料を負担しているため、その支払によって加害者が被害者に対して負う債務が一部消滅し、その限度で加害者が免責されることになると解するのが相当であるから、自賠責保険金及び任意保険金については、弁済による債務の消滅についての規定である民法491条1項に従って、まず、本件事故の日からこれらの金員の支払を受けた日までの間に発生した、加害者の被害者に対する損害賠償債務についての民法所定の年5分の割合による遅延損害金にまず充当され、次いで、その残額が上記損害賠償債務の元本に充当されることとなるものと解するのが相当である。