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ID番号 : 08804
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : ソクハイ事件
争点 : 荷物配送サービス会社の元営業所長兼メッセンジャーが地位確認、賃金支払等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 :  荷物配送サービス会社Yと「運送請負契約」と題する契約を締結して営業所長兼配送担当者(メッセンジャー)として稼働し、後に所長職の解任及び配送業務の稼働停止通告を受けたXが、労基法上の労働者であることを前提に、地位確認、賃金の支払を求め、また不法行為による損害賠償の支払を求めた事案である。  東京地裁は、まずメッセンジャーとしての労働者性について、労務提供の実態が指揮監督、時間的、場所的拘束いずれの面からも雇用関係の実態を認定できるとはいえず、出来高払方式でもあったことから労働者性はないとした。一方、所長職の労働者性については肯定し、所長解任通告は解雇の意思表示とはいえないが、Xの競業会社設立は労働契約上の解雇事由にあたり、これをもとになされた請負契約の解除は適法であるとした。その上で、所長解任通告後所長手当が支払われなくなった時から契約解除の効力が生じた間に限って手当の支給を認めることができるとした(損害賠償は否認)。
参照法条 : 労働基準法9条
労働契約法16条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /労働者 /委任・請負と労働契約
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /競業避止義務
二重就職・兼業・競業行為・アルバイト
裁判年月日 : 2010年4月28日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)31550
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1010号25頁/労働経済判例速報2076号3頁/判例時報2091号94頁 判例タイムズ1332号71頁
審級関係 :
評釈論文 : 慶谷典之・労働法令通信2221号16~17頁2010年7月28日
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐委任・請負と労働契約〕
 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐競業避止義務〕
 〔解雇(民事)‐解雇事由‐二重就職・兼業・競業行為・アルバイト〕
 第3 争点に対する判断
 1 争点(1)(メッセンジャーの労働者性)について〔中略〕
 (2) 検討〔中略〕
 カ 〔中略〕本件契約は請負契約を内容とするものであること、メッセンジャーの労務提供の実態は、被告から配送業務の遂行に関して、指揮監督を受けているとも、時間的、場所的拘束を受けているともいえず、メッセンジャーが被告から現実的かつ具体的に支配され、被告に従属しているといえる関係は認められないこと、メッセンジャー報酬の額は、配送業務に従事した時間や配送の具体的内容などの事情と連動して定められるものとなっておらず、いわゆる出来高払方式により定まり、これが支払われていること、他方、メッセンジャーには個人事業者性を裏付ける事実関係が認められることからすると、メッセンジャーは、労働基準法上の労働者に該当するとはいえないというべきである。そして、以上は、メッセンジャーとしての原告についてそのまま当てはまるものであるから、メッセンジャーとしての原告について、労働基準法上の労働者に当たるということはできない。
 2 争点(2)(所長の労働者性)について〔中略〕
 (2) 検討
 ア 〔中略〕所長はメッセンジャーの中から選出されて就任しているところ、所長就任に関してメッセンジャーと被告との間で契約書の取り交わしはされていないが、所長として行う業務は、上記1(1)認定事実により認められるメッセンジャーの配送業務とは異なる業務であり、その間に重なり合う部分がないこと、所長に支払われる所長手当はメッセンジャー報酬とは異なる体系で定まっており、所長が所長業務のほかにメッセンジャーとして配送業務を行った場合には、配送業務に係る報酬が所長手当とは別に支払われていることが認められる。以上の事実関係によると、所長に選出されたメッセンジャーは、所長となるについて、被告との間で、所長に就任して所長業務を行うことを内容とする契約(以下「所長契約」という。)を締結していると解するのが相当である。そうすると、所長と被告との間には、メッセンジャーに係る法律関係と所長に係る法律関係とが併存しているものと認められる。原告についても、飯田橋営業所長に就任するについて、以上と異なる事情があったことをうかがわせる証拠はなく、被告との間で所長契約(以下「本件所長契約」という。)が締結されているものと認められる。〔中略〕
 カ 〔中略〕所長は、所長業務を行うにつき、被告から指揮命令及び時間的、場所的拘束を受けているということができ、労務提供の代替性はその一部についてのみ認められるにとどまり、所長手当は賃金としての性格を有するものと評価することができ、他方、所長につき個人事業者と評価し得る事情はないことからすると、所長は労働基準法上の労働者に当たると解するのが相当である。
 3 争点(3)(本件所長解任通告の適否)
 (1) 上記2で説示したとおり、所長としての原告は、労働基準法上の労働者に当たる者であるから、本件所長契約は、労働契約に当たるものと解される。そうすると、原告の所長職の終了原因となる本件所長解任通告の適否及びその効力の有無の問題は、解雇の適否及びその効力の有無の問題として検討すべきこととなる。〔中略〕
 以上によれば、上記の事実関係をもって直ちに原被告間の労働契約関係である本件所長契約を解消するに足りる客観的に合理的な理由に当たるとはいい難い。したがって、本件所長解任通告は解雇の意思表示としてその効力を認めることはできないというべきである。〔中略〕
 4 争点(4)(本件稼働停止通告の適否)
 (1) 上記1で説示したとおり、メッセンジャーは労働基準法上の労働者に当たる者とはいえず、原告と被告との間のメッセンジャー契約関係は運送業務の請負契約関係であると解される。そして、メッセンジャー契約上、被告が原告に対して配送業務を依頼すべき義務を負う根拠はなく、証拠(人証略)によれば、被告は、景気の低迷によりメッセンジャー即配便等の依頼件数が減少し、全メッセンジャーとの契約を維持することが困難となったことから、稼働日数が少なかったメッセンジャーに対する配送依頼を一時停止することとし、これに該当する原告を含む約20名のメッセンジャーに対して配送依頼を一時停止することを伝えたこと、本件稼働停止通告はそのうちの原告に対するものであることが認められることからすると、本件稼働停止通告をしたことについて必要性及び相当性を認めることができ、これが許されないとする理由は見い出し得ない。〔中略〕
 5 争点(5)(本件契約解除の適否)
 (1) 上記1及び2で説示したとおり、所長としての原告は労働基準法上の労働者に当たる者であるが、メッセンジャーとしての原告は労働基準法上の労働者に当たる者ではない。そうすると、原告の所長職及びメッセンジャー職の終了原因となる本件契約解除の適否及びその効力の有無の問題は、所長としての原告については解雇の、メッセンジャーとしての原告については請負契約である本件契約の解除の適否及びその効力の有無の問題として検討すべきこととなる。〔中略〕
 イ 所長職の解雇の適否
 上記2で説示したとおり、所長契約は労働契約と解されるところ、被告と労働契約を締結している原告が、その地位を維持しながら被告のメセンジャー即配便と同じ内容の事業を行うことを目的とするXメッセンジャーサービスを自ら設立し、その代表取締役に就任して運営することは、許される兼業の域を超えて、労使間における労働契約上の信義に従った誠実な権利行使及び義務の履行(労働契約法3条4項参照)に反するものというべきであり、被告に対する背信的行為として解雇事由になると解するのが相当である。
 以上によれば、原告が被告と競業関係に立つ会社を設立して代表取締役に就任したことを理由としてされた本件契約解除は、所長としての原告を解雇する客観的に合理的な理由のあるものとして適法というべきである。そして、当該解雇理由は、原告の責に帰すべき事由(労働基準法20条1項ただし書)によるものといえるから、原告は、本件契約解除が到達した平成21年5月13日をもって、本件所長契約に基づく所長の地位を喪失したものというべきである。
 ウ 本件契約の解除の適否
 上記1(1)認定事実イのとおり、本件契約13条2項は、原告の責任に帰する理由により、契約の履行を原告に求めることが不可能となったときには解除することができると規定しているところ、原告が被告と競業関係に立つXメッセンジャーサービスを設立し、その代表取締役に就任したことは、同規定に定める解除事由に当たるというべきである。
 以上によれば、本件契約は、原告が被告と競業関係に立つ会社を設立して代表取締役に就任したことを理由としてされた本件契約解除により終了したものと認められる。
 6 争点(6)(原告の請求金額)〔中略〕
 そうすると、本件稼働停止通告後のメッセンジャー報酬の減額分について、原告の被告に対する支払請求権を認めることはできない。
 また、上記5で説示したとおり、本件契約は、本件契約解除により終了しているから、本件契約解除後の期間に係るメッセンジャー報酬についても、原告の支払請求権を認めることはできない。
 イ 所長手当について
 (ア) 上記2、3及び5で説示したとおり、所長としての原告は、労働基準法上の労働者に当たり、本件所長解任通告は、所長としての原告に対する解雇の意思表示としての効力を認めることができないものであるが、本件契約解除により、原告は本件所長契約に基づく所長としての地位を喪失している。そうすると、原告の被告に対する所長手当としての報酬請求権は、本件所長解任通告後所長手当が支払われなくなった時から本件契約解除の効力が生じた平成21年5月13日までの間に係るものについて認めることができる。〔中略〕
 以上の認定事実によると、本件所長解任通告後所長手当が支払われなくなった時から同日までの間とは、平成20年2月から平成21年5月13日までの間であり、その間に係る原告の所長手当の額は、平成20年2月から同年9月までの間は、上記認定の所長手当の月額平均額から所長業務をしなくなってメッセンジャーとしてのみ稼働したことにより増額したと考えられるメッセンジャーの報酬分を控除した金額を基準として、同年10月から平成21年5月13日までは、上記認定の所長手当の月額平均額を基準として、それぞれの期間を乗じる方法で推計するのが相当である。
 以上の推計方法により平成20年2月から平成21年5月13日までの間に係る原告の所長手当の額を算出すると、以下のとおり、290万2131円となる。〔中略〕
 ウ 以上によれば、原告の賃金としての報酬請求は、所長手当として290万2131円の限度で理由があるが、その余は理由がない。
 (2) 損害賠償請求
 原告は、本件所長解任通告及び本件稼働停止通告が不法行為を構成すると主張するが、上記3及び4で説示したとおり、これらが不法行為に当たるものとはいえない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。