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ID番号 : 08817
事件名 : 労働者災害補償保険遺族補償給付不支給処分取消等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 中央労働基準監督署長事件
争点 : くも膜下出血を発症し死亡した編集者の父母らが、遺族補償等不支給処分の取消しを求めた事案(父母ら敗訴)
事案概要 :  職業情報等を扱う会社Aに勤務していた編集者Bが、くも膜下出血を発症して死亡したことについて、業務に起因するものであるとして、父母(後に父は死去し承継人が承継)が、労基署長の決定した遺族補償給付及び葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案の控訴審である。  第一審東京地裁は、くも膜下出血の発症についての業務起因性を肯定し、本件不支給処分は違法であるとして同処分を取り消した。これに対し国が控訴。  第二審東京高裁は、Bの脳動脈瘤は先天的な脳血管の脆弱性がなければ発生せず、破裂もしなかったと評価するほかなく、多発性嚢胞腎というくも膜下出血を発症するに足る有力な多発性嚢胞腎という危険因子を有していたこと、及び従事していた業務の量と質等を総合的に考慮すれば、くも膜下出血の発症は、その血管病変がBの従事していた業務により自然経過を超えて著しく進行し増悪した結果であると認めることはできず、したがって、本件疾病はBの業務に内在する危険の現実化として発症したものとは認められないとした。そして、業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係があるということはできないとして業務起因性を認めず、原判決を取り消して不支給処分を適法とした。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2010年10月13日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(行コ)168
裁判結果 : 取消
出典 : 労働判例1018号42頁/労働経済判例速報2090号3頁/判例時報2101号144頁
審級関係 : 一審/08757//東京地平成21.3.25/平成18年(行ウ)第480号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 イ 業務の質的過重性
 (ア) 編集業務の特徴
 被控訴人らは、編集業務の特徴からして、亡一郎が担当していた編集業務は、それ自体が相当に過重な業務であった旨主張するが、その主張するところは、いずれも編集業務の一般的な性質としてすべての編集者に共通する通常のものであり、亡一郎のみに特別に課されたものではないこと、編集業務の節目では必ず上司が確認をしており、最終責任もすべて上司が負う体制となっており、担当編集者が1人で全責任を負わなければならないような状況にはなかったことなどに照らし、亡一郎の業務が過重であったと認めることはできない。
 (イ) リクルートの人事制度とその重圧
 被控訴人らは、リクルートでは、利益至上主義に基づき、能力主義・業績主義による人事として、極めて短期に従業員の人事評価を繰り返し、その結果を賞与の額、昇給・昇格の有無、人事異動等に反映させる仕組みを採用していたため、亡一郎は、評価が低下すれば、自らが希望する職種でのキャリアアップの機会を奪われるという重圧を常に受けていたと主張する。
 しかしながら、人事評価に基づき、賞与額、昇給・昇格の有無、人事異動等に反映させる制度は、リクルートに限らず、他の企業も同様であり、しかも、人事評価制度等は、リクルート全社員に適用されていたものであって、亡一郎のみに適用されていたわけではない。また、亡一郎は、編集者に採用され、優秀な編集者として評価されていたものであり、亡一郎が会社の人事評価を気にしながら業務に従事していたことをうかがわせる事実もないから、亡一郎がこの点で重圧を感じていたと認めることはできない。
 なお、人事評価制度との関連で、被控訴人らは、「情報誌編集者におくる編集ガイドブック」の存在や読者アンケートの集計結果などから、亡一郎に高いレベルの編集業務が要求され、重圧を与えていた旨主張する。しかしながら、「情報誌編集者におくる編集ガイドブック」(〈証拠略〉)は、リクルート社内に蓄積されていた編集業務のノウハウの共有及び活用という趣旨で作成されたものであり(〈人証略〉)、具体的な業務指示に該当するようなものではない。また、読者アンケートの集計結果(読者支持率)についても、読者支持率の数値のみから直ちに編集者としての評価が下されるわけではない上(〈人証略〉)、編集者によって支持率の受け止め方も様々であり、亡一郎自身が上記集計結果を気に留めていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、亡一郎が読者アンケートの集計結果の低い支持率に悩んでいたというならば格別、高い支持率を得ていたのであるから、読者アンケートの集計結果が亡一郎に精神的負荷を与えていたとまで認めることはできない。〔中略〕
 Fの休暇取得によって、亡一郎の業務が、通常の職場における業務の範囲を超えて過重になったことを認めるに足りる証拠はない。また、キャリアカウンセリングについても、編集者が、利用者からのメールをリクルート人材センターに転送し、同社が作成した回答を利用者に転送するだけの業務であり、その業務は過重といえるものではない。〔中略〕
 ウ 業務の過重性についてのまとめ
 以上によれば、亡一郎の業務の実態は、社内に滞在する時間は長く、時間外勤務もあったといえるが、編集業務の特質や亡一郎の実際の勤務状況、作業環境、業務量、業務の責任等の業務の質を考慮すると、業務全体としてみれば、亡一郎の業務が量的かつ質的に特に過重なものであったと認めることはできない。〔中略〕
 しかしながら、前記イの判断に照らし、本件疾病の発症は、その血管病変が自然経過を超えて著しく進行し、増悪した結果であると認めることはできないから、被控訴人らの上記主張は、採用することができない。
 さらに、被控訴人らは、亡一郎が29歳であり、基礎疾患の自然経過によってくも膜下出血を発症させる直前にまで増悪していなかった旨主張するが、くも膜下出血の好発年齢ではない29歳での発症であるからこそ、血管の加齢と長期間の血流ストレスを前提とする通常のくも膜下出血の症例と同列に論じることができないこと、多発性嚢胞腎患者の脳動脈瘤は、一般のように脳動脈瘤が加齢あるいは高血圧の進行により徐々に大きくなり、一定程度の大きさ以上になった場合に初めて破裂する危険が高くなるものではないことなどに照らし、被控訴人らの上記主張は、採用することができない。
 オ したがって、亡一郎の脳動脈瘤は、先天的な脳血管の脆弱性がなければ発生せず、破裂もしなかったと評価するほかなく、多発性嚢胞腎というくも膜下出血を発症するに足る有力な多発性嚢胞腎という危険因子を亡一郎が有していたこと及び亡一郎の従事していた業務の量と質等を総合的に考慮すれば、亡一郎のくも膜下出血の発症は、その血管病変が亡一郎の従事していた業務により自然経過を超えて著しく進行し、増悪した結果であると認めることはできない。すなわち、本件疾病は亡一郎の業務に内在する危険の現実化として発症したものとは認められないから、亡一郎の業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係があるということはできない。
 4 結論
 以上によれば、亡一郎の本件疾病に業務起因性は認められないから、本件不支給処分は適法というべきである。
 よって、被控訴人らの請求は理由がないからいずれもこれを棄却すべきところ、いずれもこれを認容した原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。