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ID番号 : 08839
事件名 : 損害賠償請求事件(27520号)、地位確認等請求事件(3837号)
いわゆる事件名 : クレディ・スイス証券事件
争点 : 業務廃止を理由に整理解雇された証券会社労働者が地位確認・賃金支払、賠償を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 証券取引業会社Yで証券会社向けの商品開発、営業業務を担当していた労働者Xが、業務廃止に伴い整理解雇されたことにつき、解雇無効確認と賃金の支払、不法行為による損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、当該事業の撤退によりXの業務は消滅しており整理解雇の必要性は肯定されるものの、自宅待機命令から1年以上経過した後、Xを解雇したことを考えるとその程度は高度とはいえない。また、社内の異動先候補を紹介したことは認められるが、その異動先候補は、必ず受け入れるという提案ではなかったことから、会社の解雇回避努力は明らかに不十分で、解雇は権利の濫用であり、無効であるとし、地位確認と賃金の支払及び遅延損害金の支払を認めた。しかし、不法行為等については、会社側の行為に故意過失は認められず、退職勧奨が不法行為を構成するとは認め難く、ほかに違法な行為も見当たらないとしてXの請求を棄却した。
参照法条 : 労働契約法16条
民法709条
労働基準法19条
体系項目 : 解雇(民事) /解雇事由 /企業解散・事業の一部廃止・会社制度の変更
解雇(民事) /整理解雇 /整理解雇の必要性
解雇(民事) /整理解雇 /整理解雇の回避努力義務
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2011年3月18日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)27520/平成22(ワ)3837
裁判結果 : 棄却(27520号)、認容(3837号)
出典 : 労働判例1031号48頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐解雇事由‐企業解散・事業の一部廃止・会社制度の変更〕
〔解雇(民事)‐整理解雇‐整理解雇の必要性〕
〔解雇(民事)‐整理解雇‐整理解雇の回避努力義務〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 ア 以上認定事実によれば、原告が集中して取り扱っていた「JPI5」のビジネスから被告会社は事実上撤退したもので、本件解雇の業務上の必要性は肯定される。
 しかし、被告会社は、平成20年12月の自宅待機命令から1年以上経過した後、原告を解雇しており、原告の担当業務がなくなったという業務上の必要性が一応肯定できるとしても、その程度は高度とはいえない。〔中略〕
 このように、原告は、職場での発言等について、上司から、口頭で注意され、電子メールでその旨確認されていたもので、原告が職場で深刻な人間関係上の問題を生じさせていたと被告会社が認識していたことが認められる。
 しかし、そもそも、被告会社が主張する解雇理由は、平成18年以降、言い合いになったとか、文句を言ったとか、原告が強い口調で反論し言い合いになったとか、大声でののしった、非難したといったものであり、解雇理由とするには客観的に合理的とは言い難いこと、しかも、この間、被告会社は、原告に高額なIPCを支給するなど矛盾した行動を取っていること、被告会社が原告に対し就業規則上の懲戒処分を行ったことは認められないこと、一方で、弁論の全趣旨によれば、原告に対する注意の後は、目立ったトラブルが減るなど一定の効果があったことが認められるのである。
 また、被告会社は、退職に伴う支給額として合計最大801万0499円の支給を提案したこと、原告に対し異動先候補を提示したことを主張する。確かに、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、被告会社は、退職に伴う金銭支払の提案を行い、平成20年12月の退職勧奨後、被告会社は、原告に対し、コンプライアンスオフィサー、オペレーションスペシャリスト、シニアクレジットオフィサー、年金セールス及びシニアファンドプロダクトスペシャリストの被告会社内の異動先候補を紹介したことが認められる。
 しかし、証拠(〈証拠略〉、原告本人)によれば、被告会社の提示した異動先候補は、候補者ではあっても、被告会社が必ず受け入れるという提案ではなかったことが認められ、本件解雇の業務上の必要性の程度と解雇回避努力の不十分さを考えると、金銭解決を含む被告会社の提案を根拠に本件解雇を有効と解することはできない。
 以上によれば、被告会社が主張するその余の事情を考慮しても、前記判断は覆らない。
 なお、本訴における原告の主張立証をもって解雇の理由とすることは妥当でない。〔中略〕
 3 請求原因(4)アのIPC不支給による不法行為等について〔中略〕
 原告は、被告丙川の発言をもって、IPCに関する労働契約が変更されたとか変更が確認されたと主張する。しかし、仮に原告の主張するような「数字に応じてボーナスを支払う」、「我々はパフォーマンスに応じて支払う。」との発言があったとしても、書面で作成された労働契約の内容を変更したと評価できる事情は認められない。また、ARCとIPCに相関関係が認められ、それに沿う発言を被告丙川がしていたとしても、その相関関係は一義的に明確ではなく、単に被告丙川の期待又は予想を述べているにすぎず、原告被告会社間で原告が主張するようなARCに応じてIPCを支払う合意が成立したことにはならないし、それに対し法的保護に値する信頼を生じさせたともいえない。
 そして、IPCに関係して、原告が主張するARCについて明確に言及した書面は存在しないのである。
 よって、原告の主張する原告被告会社間のARCに応じてIPCを支給するという労働契約上の合意は認められない。
 また、原告は、ARCに応じてIPCを支給するという労働契約上の合意に反して、被告会社は、IPCを全く支給しなかったことは被告会社の裁量権を逸脱するとか、公序良俗違反であると主張する。しかし、平成17年及び平成18年オファーレターには、「アワードの金額は会社の完全な自由裁量で定められた要素に基づいて決定される。」と記載され、被告会社に極めて広範な裁量を認めており、特段の事由がない限り、裁量権の逸脱は認め難い。そして、原告は、被告丙川が、自分を中心とする他の部員にIPCを分けるために原告にIPCを支給しなかったと主張するが、前記認定のように原告の取り扱っていたJPI5の商品が大きな損失を出したことを考えると、被告会社の原告に対するIPC不支給に合理的な理由があり、直ちに原告の主張を肯定することはできない。なお、平成17年及び平成18年オファーレターにおける「完全な自由裁量」との記載が公序良俗に反するとは認め難い。
 結局、原告のIPC請求権は認められないし、IPC相当額の請求も認められない。〔中略〕
 4 請求原因(4)イの退職強要による不法行為について〔中略〕
 (3) 原告は、被告らが虚偽の説明をして退職勧奨をしたと主張する。
 確かに、証拠(〈証拠略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、A部長は「会社の方の業績がかなり低迷していて、そもそも払うお金が無いので」と述べている事実が認められる。
 一方で、被告会社が平成20年2月に2億円を超えるIPCをストラクチャリング部の従業員に支払った。
 しかし、被告会社では退職勧奨者に対しては、労働契約終了の通知を受けたものに準じて、IPCの支給対象から外しているとの運用に基づいて原資がないと述べたと被告らは主張しており、少なくとも被告会社従業員に故意又は過失があったとは認定できない上に、結局、原告は退職勧奨に応じていないのであるから、金銭的な損害は発生していない。
 加えて、被告丙川が、配置転換を提案し、原告がこれを受諾したと主張する。
 しかし、被告丙川と原告との会話から、直ちにこれを認定することはできないし、仮にそうであったとしても、結果的に、原告の配置転換が実現不可能となっても、被告丙川が虚偽の事実を述べたことにはならない。
 結局、被告らの説明をもって、違法な行為とは認定できない。
 (4) 最後に、被告会社が、平成20年12月11日から平成21年12月に原告を解雇するまで、自宅待機命令を維持したことは当事者間に争いがない。
 加えて、証拠(〈証拠・人証略〉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社従業員が、原告に対し、会社施設の立入りを禁止し、IDカードの返却を求め、私物を原告あてに送付し、原告の座席を排除し、メールアドレスを削除したこと、被告会社が外部に原告を退職予定と指示して、給与支払を停止し、退職日の記載された源泉徴収票を送付したことが認められる。
 しかし、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は抽象的に自宅待機と述べるだけで原告の行動を具体的に制約することは全く述べていないこと、前述のように、被告会社は、原告に対し、複数の異動先候補を紹介したこと、原告に対しては解雇期間中の相当高額な賃金が認められることを考え合わせれば、自宅待機を命じたこと等について、更に慰謝料を認めるに足りる損害が発生したとは認め難い。