全 情 報

ID番号 : 08862
事件名 : 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 : セイビ事件
争点 : 建設会社の元執行役員等が降格処分と懲戒解雇を争い、保全と給与の仮払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  建設関連会社Yの執行役員等であったX1、X2ら3名が、執行役員に再任されなかったことは不当な降格処分であり、またその後の懲戒解雇は違法・無効であると主張して、労働契約に基づき、地位の保全と給与の仮払を申し立てた事案である。  東京地裁は、まず懲戒解雇について、懲戒の検討に値する事実を認めつつX1らの行為を具体的に把握した上で、当該行為の懲戒事由への該当性、懲戒処分の要否・内容を審議していないなどの経緯によれば、懲戒解雇は就業規則の定める適正手続の趣旨に実質的に反するものであり、懲戒解雇事由の存在ないし懲戒解雇事由該当性を認めるに足りる疎明もないから、社会通念上相当なものとは認められないとした。また、予備的普通解雇についても、解雇事由の有無について具体的な主張ないし疎明がないとして無効と判示した。  次に降格の人事措置について、執行役員の任命(再任)については、取締役会において審議・決定されていること、X1ら3名の執行役員としての任期は、最終的には臨時株主総会後に新執行役員を選任するまで延長する旨が決定されていることが認められ、任期満了によって執行役員ではなくなったというべきであり、人事通達は有効であるとして請求を斥けた。なお賃金の保全命令はX2のみに認容(なおX3は本決定前に和解済み。)。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒手続 /懲戒手続
解雇(民事) /解雇権の濫用 /解雇権の濫用
懲戒・懲戒解雇 /懲戒解雇の普通解雇への転換・関係 /懲戒解雇の普通解雇への転換・関係
裁判年月日 : 2011年1月21日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成22(ヨ)21119
裁判結果 : 一部認容、一部却下
出典 : 労働判例1023号22頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒手続‐懲戒手続〕
〔解雇(民事)‐解雇権の濫用‐解雇権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒解雇の普通解雇への転換・関係‐懲戒解雇の普通解雇への転換・関係〕
 (3) 結論
 以上によれば、本件懲戒解雇は、本件就業規則71条の定める適正手続の趣旨に実質的に反するものであり、懲戒解雇事由としての本件懲戒付議事項の存在ないし懲戒解雇事由該当性を認めるに足りる疎明もないから、社会通念上、相当なものとは認められないといわざるを得ない。
 なお、本件の事実経緯にかんがみると、債務者が、債権者らによる行為は懲戒解雇事由(特に、本件就業規則70条?号「会社の経営権を犯し、若しくは経営基盤をおびやかすような行動・画策をし、又は経営方針に反する行動・画策により会社の名誉・信用を傷つけた者」)に該当するとして、その懲戒処分を検討すること自体は、債務者(経営陣)として、至極当然な選択であると解される。しかしながら、債務者が債権者らを懲戒処分するに当たっては、関係法令及び本件就業規則を遵守すべきことはいうまでもなく、〈1〉本件辞任要求等経緯は、債務者のいわば内部紛争(経営権を巡る勢力争い)という側面が強く、本件懲戒解雇は、現経営陣が債務者内部の反対勢力を処分するという外形(構造)を有していること(懲戒処分を行うのが内部紛争の当事者であった現経営陣となること)、〈2〉本件臨時株主総会の開催要求それ自体は、株主(株主A)の権利行使として行われたものであり、債権者らが本件辞任要求等経緯に協力したこと自体が直ちに関係法令や本件就業規則に違反するとはいい難いこと(実際、B常務、C取締役、債権者ら3名は、本件辞任要求等経緯について、債務者の問題点を指摘する正当な活動であったという立場に立っている。)等にかんがみると、少なくとも、〈1〉債権者らがどのような行為を行ったのか(特に、本件においては、本件辞任要求等経緯における債権者らの役割がどのようなものであったのか)、〈2〉当該行為が本件就業規則の定める懲戒事由に該当するのか、〈3〉懲戒処分の内容(選択)として、懲戒解雇が相当であるのかといった検討を行った上で懲戒解雇が行われるべきである。そして、本件懲戒解雇がこのような検討を経て選択されたものでないことは、上記検討のとおりであって、また、本件において提出された疎明資料及び審尋の経緯(審尋の全趣旨)によっても、債務者が上記観点からの具体的な主張ないし疎明を行ったとはいい難い。
 2 本件争点2(本件予備的普通解雇の有効性)について
 (1) 普通解雇事由の有無
 債務者は、債権者らの行状が本件就業規則20条⑥号、⑧号及び⑨号に該当するとして、本件予備的普通解雇を行っているところ、上記各号について、普通解雇事由への該当性を検討する。
 ア 本件就業規則20条⑥号(「素行又は勤務成績が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務に適さないと認められたとき及び従業員の責に帰すべき事由により会社に損害を加えたとき」)
 債務者は、本件就業規則20条⑥号への該当性を具体的に主張しておらず、疎明資料及び審尋の全趣旨によっても、これを認めることはできない。
 なお、本件懲戒付議事項は、債権者らの勤務不良や適格性の欠如を基礎付けるものではなく、また、債務者に生じた「損害」も具体的に疎明されていない。
 イ 本件就業規則20条⑧号(「懲戒解雇に該当する事案があると認められたとき」)
 前記検討のとおり(争点1)、本件懲戒付議事項は、その事実が認められないか、認められる部分を前提としても懲戒解雇事由とは評価できない以上、本件就業規則20条⑧号に該当しないことも明らかである。
 ウ 本件就業規則20条⑨号(「その他業務上の都合によるとき」)
 債務者は、債権者らが勤務することは業務遂行の著しい障害となるために排除する必要があるなどと主張するが、(債務者が解雇を欲しているといった程度の必要性以外に、)具体的な主張ないし疎明はないものといわざるを得ず、他の普通解雇事由に準ずる事由を認めることもできない。
 (2) 結論
 以上によれば、債権者らについて普通解雇事由は認められないから、本件予備的普通解雇は無効なものというべきである。
 3 本件争点3(本件人事通達及び本件措置の有効性)について
 (1) 本件人事通達について(執行役員の任期、自動更新の有無等)
 ア 債権者らは、執行役員に任期がある旨を説明されたことはなく、また、形式的に任期があるとしても自動更新されていた旨主張する。しかしながら、疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の全趣旨によると、債務者における執行役員規程(〈証拠略〉。以下「本件執行役員規程」という。)は、「執行役員の任期は2年とし、その期間が満了したときに資格を失う。ただし、取締役会で特に任期を定めたときはこれに従うものとする。」(同規程8条1項)、(執行役員の)「定年年齢は上限を示すものであり、現にその職にある者がその年齢まで当然に重任するものではない。」(同規程9条2項)と規定していること、債権者らは本件執行役員規程を執行役員に任命された際に受領していること(当事者間に争いなし)、執行役員の任命(再任)については、取締役会において審議・決定されていること、債権者ら3名の執行役員としての任期については、最終的には、本件臨時株主総会後に新執行役員を選任するまで延長する旨が決定されていることが認められ、これを覆すに足りる疎明資料はない。
 イ また、上記認定事実にかんがみると、債権者ら3名が執行役員に選任された後、本件臨時株主総会までの間、繰り返し再任されていることを踏まえても、債権者らに係る執行役員の任期が自動更新されていたとは認められず、また、執行役員に再任されることについて合理的期待を有していたとまでは認められないといわざるを得ない。なお、債務者は、「執行役員は、債務者の職制において、部長の一階級上の職位とされている」と主張しているが、本件執行役員規程の規定内容等にかんがみると、執行役員が職務等級制度の職位(等級)にとどまるものとは到底認められない。
 ウ 以上によれば、債権者ら3名は、任期満了によって執行役員ではなくなったというべきであり、本件人事通達(少なくとも執行役員を退任したものとして取り扱う前提部分)は有効というべきである。〔中略〕
 4 本件争点4(保全の必要性)について
 (1) 労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを申し立てる部分に係る保全の必要性について
 本件において、(賃金の仮払いとは別に)債権者らについて、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるべき保全の必要性があることを疎明するに足りる主張も疎明資料もない。
 (2) 賃金の仮払いを申し立てる部分に係る保全の必要性について
 ア 債権者甲野について〔中略〕
 同事実を併せ考えると、債権者甲野が、民事保全法23条2項にいう「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」にあるということはできず、他にこれを認定するに足りる疎明資料もない。
 イ 債権者乙山について〔中略〕
 これら認定事実によれば、債権者乙山は、民事保全法23条2項にいう「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする」状況にあると認められるから、既に弁済期の到来した賃金を除き、賃金の仮払いの保全の必要性があり、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、その仮払金は月額45万円が相当であるというべきである。