全 情 報

ID番号 : 08878
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 北里研究所事件
争点 : 教育学術研究機関で降格され定年退職した者が地位確認、給与相当額、慰謝料等を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 大学や生物製剤研究所等を擁する生命科学系の教育学術研究機関Yの医療系研究科事務室事務長の役職(部長職)にあったが懲戒処分を受け係長に降格し、直後に定年退職することとなったXが、雇用契約上の地位確認、給与相当額と遅延損害金の支払を求め、また高圧的な事情聴取等を受け、違法な懲戒処分により退職を余儀なくされたとして、不法行為による慰謝料等を求めた事案である。 東京地裁は、〔1〕Xの私見が掲載された調査要求書を外部に流布し、Yの社会的信用、評価に重大な負の影響を及ぼしたこと、〔2〕理事長外を批判した文書、議事録等を添付した文書を配布したことは、故意に真実をゆがめ真実を捏造したものであり、「宣伝流布」に当たること、〔3〕週刊誌への取材対応により、理事長及びYの名誉、信用を著しく毀損したことは、いずれも就業規則の定めに反する行為であるとした。その上で、懲戒権に係るYの裁量権の濫用又は逸脱は認められず、また不法行為についても、Xの行為が懲戒解雇事由に該当するにもかかわらず、情状によりこれよりも軽い降格処分を選択したことに裁量権の濫用又は逸脱があるとは認められないとして、Xの請求をいずれも棄却した。
参照法条 : 労働契約法15条
公益通報者保護法5条1項
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /内部告発
裁判年月日 : 2012年4月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)19765
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2151号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐職務上の不正行為〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐内部告発〕
 (1) 争点1(原告の諸行為の非違行為該当性)について
 ア 本件第1行為について〔中略〕
 (ウ) 以上によれば、本件第1行為が、就業規則31条8号に違反する行為であるとはいえないし、同62条25号に該当する行為であると認めることもできない。
 (エ) もっとも、原告が、本件職員等第三者に対し、文書取扱規程3条2項に違背して作成された可能性のある本件議事録写し等を入手した際、入手経路等を問い質すこともせず、これを後記のとおり本件学長選挙の運動目的で利用したことについては、就業規則31条8号の趣旨を理解しない所為であるというべきであり、上記就業規則の定めに直接違反したとはいえないが、被告内部の諸規程を自ら遵守し又は他の職員に対して遵守させるべき管理職の一員としての自覚と資質について疑問を抱かせるに足りるものと評価することができ、後記の原告に対する懲戒処分の発令の可否及び種類の選択において、これが考慮されるべき一事情となることはやむを得ない。
 イ 本件第2行為について〔中略〕
 (エ) 以上によれば、本件第2行為については、就業規則62条8号に該当する行為であると認めることができる。なお、本件調査要求書の内容や表現方法に照らすと、被告の社会的な信用、評価に重大な負の影響を及ぼすものということができ、懲戒処分の発令の可否及び種類の選択に当たっては、これが重要な事情となることはやむを得ないというべきである。
 ウ 本件第3行為について〔中略〕
 (ウ) 以上によれば、本件第3行為については、就業規則62条8号に該当する行為であると認めることができる。なお、本件各役員宛文書は、その内容や表現方法に照らすと、被告の教育機関としての社会的な信用、評価に重大な負の影響を及ぼすものということができ、懲戒処分の発令の可否及び種類の選択に当たっては、これが重要な事情となることはやむを得ないというべきである。
 エ 本件第4行為について〔中略〕
 (ウ) 以上によれば、本件第4行為については、就業規則62条8号及び同条26号に該当する行為であると認めることができる。
 なお、原告が大衆誌である週刊甲に本件記事が掲載されることによって被告の名誉、信用が著しく毀損され、少なからぬ否定的な社会的影響を招来することを当然に予期できることというべきである。原告の上記行為が、懲戒処分の発令の可否及び種類の選択に当たって、重要な事情となることはやむを得ないというべきである。
 オ まとめ
 以上によれば、本件各行為のうち、本件第1行為は就業規則31条8号に違反する行為であるとはいえないし、同62条25号に該当する行為ともいえず、就業規則の定めに反する行為であるとはいえないが、本件第2及び第3の各行為はいずれも就業規則62条8号に、本件第4行為は就業規則62条8号及び同条26号に該当する行為であるとそれぞれ認められ、これらは就業規則の定めに反する行為であるといえる。
 (2) 争点2(本件懲戒処分の相当性(懲戒権濫用の成否))
 ア 前記前提事実及び上記1の認定事実によれば、就業規則60条は、懲戒解雇、諭旨退職、役位剥奪又は降転職、出勤停止等の7種類の懲戒処分を規定しており、また、就業規則62条は懲戒解雇事由に該当する行為をした教職員に対しては懲戒解雇とすることを原則としつつ、情状により、諭旨解雇、役位剥奪又は降転職、出勤停止に止める場合があることを規定していること、被告は、本件各行為が就業規則62条に該当する行為であり、懲戒解雇相当としたものの、情状を考慮して懲戒解雇を軽減するのが相当であると判断したこと、懲戒解雇以外の懲戒処分の種類選択に当たっては、本件各行為の内容と被告の運営の支障、被告の信用毀損等本件各行為によってもたらされた重大な結果等を考慮し、原告を従前どおり部下の指導監督すべき管理職の地位(書証略)に置くことは適当ではないと判断したこと、以上の事実が認められるところ、上記(1)の検討によれば、本件各行為のうち本件第1行為については就業規則の定めに反する行為であると認めることはできないものの、本件第2ないし第4の各行為については就業規則の定めに反する行為であると認められるのであり、また、本件各行為からうかがわれる原告の管理職としての資質や素養の欠如、それゆえの管理職の地位から降格させる必要性に照らすと、被告が原告に対する懲戒処分として「出勤停止」を選択せず、部長職から係長職に降格させる本件懲戒処分をしたことについては相当というべきであって、被告の懲戒権に係る裁量権の濫用又は逸脱を認めることはできない。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐職務上の不正行為〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐内部告発〕
 (3) 争点3(不法行為の成否)について
 上記1の認定事実及び上記2の検討のとおり、本件第2ないし第4の各行為が就業規則62条8号又は26号に定める懲戒解雇事由に該当することは明らかであり、被告がこれらの事由を根拠として情状により懲戒解雇よりも軽い降格処分を選択したことについて、被告の懲戒権に係る裁量権の濫用又は逸脱があるとは認められない。そして、原告が、本件調査委員会の調査手続又は本件懲戒委員会の弁明聴取手続において、被告から社会通念に照らして著しく相当性を欠くような高圧的な事情聴取等を受けたと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、被告の原告に対する違法行為を基礎付ける事実を認めることができないから、原告の慰謝料請求はその前提において理由がない。