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ID番号 : 08892
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 株式会社乙山事件
争点 : タクシー会社元乗務員が退職前の未払割増賃金(時間外・休日)と付加金を請求した事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : タクシー会社Yの元乗務員Xが、〔1〕退職前の雇用契約に基づき未払割増賃金(時間外・休日)、〔2)労基法114条に基づき未払割増賃金と同額の付加金、及びそれぞれの遅延損害金の支払いを求めた事案である。 東京地裁は、まず時間外割増について、「8時間を超えて、労働させ」られた事実は認められなかったものの、 Yが週休2日(土日)を採用していた一方でXの勤務は週休1日が実態であり、法定外休日の土曜日は、平日と同様に午前5時ころ東京営業所に出社し、8時間程度Yの指揮命令下において運行管理業務を行っていたとして、各週6.75時間の40時間超え時間外労働を行っていたものと認めた。一方、休日勤務割増については、法定休日である日曜日にも出社していたことが認められるが、敢えて労務の提供を余儀なくさせるほどの業務量が東京営業所に残存していたとは認められず、これを見届けた場合にY代表は帰宅を促しており、法定休日に労働させる意思を有していなかったものとみるのが自然であり、したがって、Yの指揮命令下におけるものであったとはいい難く、労基法37条1項にいう「休日に労働させた場合」には当たらないものというべきであるとして請求を斥け、結局、時間外割増賃金と付加金、遅延損害金を認め、Y主張の「管理監督者」の抗弁は排斥した。
参照法条 : 労働基準法114条
労働基準法36条
労働基準法32条2項
労働基準法37条1項
労働基準法41条2号
体系項目 : 労働時間(民事) /時間外・休日労働 /時間外・休日労働の要件
労働時間(民事) /労働時間・休憩・休日の適用除外 /管理監督者
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2012年3月23日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)26983
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1054号47頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐時間外・休日労働‐時間外・休日労働の要件〕
 (2) 時間外割増賃金(労基法32条)
 ア 労基法32条は、〈1〉休憩時間を除いて1日に8時間を超えて労働させてはならず、〈2〉1週間について40時間を超えて労働させてはならない旨規定している。ここでいう労働時間(以下「労基法上の労働時間」ともいう。)とは、労働者に実際に労働させる実労働時間、すなわち「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうものと解されるところ(最高裁判所平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)、その判断は、〈1〉当該業務の提供行為の有無、〈2〉労働契約上の義務付けの有無、〈3〉義務付けに伴う場所的・時間的拘束性(労務の提供が一定の場所で行うことを余儀なくされ、かつ時間を自由に利用できない状態)の有無・程度を総合考慮した上、社会通念に照らし、客観的にみて、当該労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かという観点から行われるべきものである(以下上記〈1〉ないし〈3〉の各要素を「要素〈1〉」「要素〈2〉」「要素〈3〉」という。)。
 イ 本件請求期間内における原告の実労働時間と労基法32条2項(いわゆる8時間超え時間外労働)との関係について
 (ア) 前記一括認定エ(ア)(イ)によると原告は、毎日、午前5時に東京営業所に出社し、帰庫(入車)・帰庫管理等の一部を分担着手しており、被告もこれを黙認せざるを得ない状況にあったというのであるから、原告の実労働時間の開始時(始業時)は、上記午前5時であるといわざるを得ない。
 (イ) 一方、原告の実労働時間の終了時(終業時)は何時か。
 a この点、前記一括認定エ(ウ)によると原告は、一応、毎日、東京営業所に午後5時ころまで居て、時々発生する事故の際の電話連絡等をしていたことが認められるものの、前記一括認定イ(ア)及び同ウ(エ)によると、それらの内勤業務は、原告による午後5時ころまでの居残りを不可欠とするものではなく、ましてや既に前記内勤制度が発足し、確立していた本件請求期間内においては原告が毎日午後5時ころまで居残る必要性は消滅したものと認められるところ、前記一括認定エ(ウ)によると被告代表者は、原告と会う度毎に、「早く帰ったらどうか。」と退社を促していたというのであるから、上記要素〈1〉ないし〈3〉いずれの観点からみても原告が上記午後5時ころまで被告の指揮命令下に置かれていたものとはいい難く、上記の午後5時という時刻をもって、原告の実労働時間の終了時(終業時)に当たるものと評価することはできない。
 b では、原告の実労働時間の終了時(終業時)をどうみるか。ここでは、上記のとおり原告の実労働時間の開始時は午前5時であるから、その「8時間」後である午後1時を超えて原告は、被告の指揮命令下に置かれていたか否かが問題となるところ、前記一括認定イ及びウによると元々東京営業所においては原告のほか、資格を有するC所長らも加わって、配車、帰庫(入庫)・出庫管理、事故対応等の運行管理業務等を行っていたこと、そして、これに保有車両数に余剰が生じていたことなどを併せ考慮すると被告の上記運行管理業務は、そもそも繁忙状態を生じさせるような内容のものではなく、原告に毎月支給されていた上記残業手当(1か月5万円)相当の残業時間(本件基本単価を前提とする1か月約15時間程度)があれば十分にこなしうる程度のものであったと認められ、そうだとすると既に上記のとおり「班長制度」が発足し、確立していたと認められる本件請求期間内においては、より原告の業務量は減少したものとみるのが自然であるから、上記8時間を超えて提供を余儀なくされるような業務が存在していたのかは大いに疑問であるといわざるを得ない。
 以上の点に加え、原告は、元々明確な所定労働時間に縛られた勤務体制下で業務に従事していたわけではなく(前記一括認定エ(ア))、内勤に転じた後も、運行管理業務だけではなく、被告に乗務員を紹介するという重要な役割を担っていたこと(〈証拠略〉の「紹介料」欄参照)などを併せ考慮すると、上記要素〈1〉ないし〈3〉のいずれの観点からみても、原告の行っている上記運行管理業務が上記午後1時すなわち「8時間」を超えて被告の指揮命令下に置かれていたとはいい難く、したがって、原告の上記運行管理業務による実労働時間が上記「8時間」を超えていたものと評価することはできない。
 なお原告は、上記「班長制度」の下でも各班長は専ら原告やBの手伝いないし補助をしていたに過ぎないかのような主張をし、その尋問でこれに沿う供述をしているが、上記「班長制度」の目的・体制、勤務内容、支給手当の内容等からみて、各班長(とりわけ専従の内勤班長)が原告らの補助ないし手伝い的な役割しか果たしていなかったものとみるのは不自然かつ合理性に欠け、原告の上記供述等を採用することはできない。
 (ウ) 以上によれば原告が、本件請求期間内において、内勤業務により「8時間を超えて、労働させ」られた事実は認められず、よって、本件割増賃金のうち労基法32条2項違反に基づく時間外割増賃金は発生しないものというべきである。
 ウ 本件請求期間内における原告の実労働時間と労基法32条1項(いわゆる40時間超え時間外労働)との関係について
 (ア) 上記ア及びイで指摘したとおり被告は、週休2日(土日)を採用していたと認められるが、前記一括認定ウ及びエ(エ)によると原告の休日は週休1日が実態であり、法定外休日の土曜日は、平日と同様に、午前5時ころ東京営業所に出社し、8時間程度、被告の指揮命令下において運行管理業務を行っていた。そうすると本件請求期間に属する70週中、平成21年3月15日(日)からの週、同年6月28日(日)からの週及び同年7月5日(日)からの週(以上の3週は、原告自身が土曜日に勤務していないことを自認している。)を除いた67週については、下記のとおり原告は、各週6.75時間の40時間超え時間外労働を行っていたものと認められる。〔中略〕
 (4) 小括
 以上によれば本件において原告が請求し得る本件割増賃金は、労基法32条1項違反に基づく時間外割増賃金に限られ、その金額は185万1002円である。
〔労働時間(民事)‐労働時間・休憩・休日の適用除外‐管理監督者〕
 (1) 管理監督者の抗弁について
 ア 労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)とは、同号の趣旨からみて、一般に「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」をいうものと解され、それに当たるか否かの判断は、職位等の名称にとらわれずに、職務内容、権限及び責任並びに勤務態様等に関する実態を総合的に考慮して決すべきものと解される。
 ア(イ)によると原告は、被告に入社した当初から乗務員の紹介、確保という点において、事実上とはいえ、かなり大きな権限ないしは影響力を有していたばかりか、「一斉休車」の件に見られるように経営者でなければ行い得ない権限を行使することがあり、また給与も東京営業所のC所長よりも高額であった。
 しかし、前記一括認定ア及びイによると被告が原告に対して上記のような権限の行使を事実上容認し、かつ高額な給与を支払うことにしたのは、その当時、被告としては「Hタクシーグループ」に加盟することを計画しており、そのためには原告におもねってでも、その協力を得て一定数の乗務員を確保する必要があったからであり、このことに照らすと原告の上記権限や影響力の大きさは、直ちに経営者との一体的な関係をうかがわせるものではない。また、そうした原告の権限等の大きさは、被告東京営業所の内勤体制等が整備、確立させるに従ってしだいに低下し、平成20年以降は、原告の主導により「一斉休車」が行われるようなことはなくなり、また例えば原告が上記「班長制度」の導入等を決する重要な経営会議に参加していたことをうかがわせる証拠も提出されていない。
 そもそも前記一括認定ア(ア)(イ)によると原告は、平成19年3月、乗務員の人数が足りるまでという条件で、被告の内勤業務に転じたものであり、しかも同年12月に営業一課長に昇格するに当たっても、その身分について「乗務員との兼務とする。」との留保が付されていたこと(現に、原告は、その当時の被告代表取締役から、稼働率を確保するため「他の管理職らと同じように乗務してもらいたい」と要望され、辞令まで交付されたことを機に被告を退職するに至っている。)が認められ、これらの事実を直視するならば、原告は、労働条件の決定その他労務管理について経営者である被告と「一体的な立場」にあることを予定し、それに相応しい待遇を受けていたものとはいい難く、このことは原告に対して出勤簿(甲4)による勤怠管理が行われていたことや本件給与の一部として毎月定額の残業手当が支払われていたことなどに端的に表れているものと考えられる。
 以上によれば原告は、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」ではなく、労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)には当たらないものというべきである。
 イ よって、被告の上記管理監督者の抗弁は理由がない。
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 3 本件付加金請求等に関する判断
 (1) 原告は、前記第2の4[原告の主張]欄に記載のとおり、本件割増賃金について労基法114条に基づき付加金の請求をしているところ、同条は「裁判所は・・・付加金の支払を命ずることができる。」と規定しているにとどまるのであるから、裁判所は、諸般の事情を考慮し、付加金を命ずることが不相当であると判断した場合にはこれを命じないことができ、また、これを命ずる場合であっても裁量により減額することができるものと解するのが相当である。
 (2) 前記前提事実及び同一括認定によると被告は、使用者として原告についてもタイムカードないしは出勤簿等により出退勤管理を行うべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ってきた経緯が認められ、かかる被告の対応は労基法37条等の趣旨・目的に照らすと軽々に許されるものではない。そうだとすると当裁判所としては、被告に対して時間外労働等に関する労基法の諸規定の遵守を励行させるべく、制裁金たる付加金の支払を命ずるよりほかない。〔中略〕
 そうだとすると原告は、前記2[2.抗弁について](1)で検討したとおり労基法41条2号の「管理監督者」とはいえないものの、それにかなり近い地位にあった時期もあることに加え、原告は、被告に対し、在籍中はもとより退職に当たっても上記残業手当のほかに割増賃金の存在を意識し、これを主張した事実がないこと(原告本人)などの事情を併せ考慮すると被告が本件給与の一部である残業手当のほかに、原告に対して割増賃金を支払う必要がないものと誤信したことには、それなりにやむを得ない事情が介在していたものということができる。
 以上のとおりであるから、これらの事情を併せ考慮するならば、本件訴訟において認容すべき付加金の額は50万円が相当である。