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ID番号 : 08893
事件名 : 療養補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 国・神戸東労働基準監督署長(全日本検数協会)事件
争点 : 輸入貨物の検数作業を行う団体職員の妻が石綿ばく露による夫の死亡につき労災認定を求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : 輸入貨物の検数作業に従事し、退職後に肺腺がんにより死亡した団体職員Aの妻Xが、Aの死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づく療養補償給付、休業補償給付、遺族補償給付及び葬祭料を不支給とした労働基準監督署長の各処分の取消しを求めた事案である。 神戸地裁は、石綿ばく露作業に従事した労働者に発生した肺がんに関する業務起因性は、肺がん発症のリスクを2倍以上に高める石綿ばく露の有無によって判断すべきとして、肺ガン発症リスクを2倍以上に高める石綿ばく露の指標として、石綿ばく露作業に10年以上従事した場合については、石綿ばく露があったことの所見として肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が存在すれば足り、その数量については要件としない平成18年認定基準の定める要件によることとするのが相当であるとした。その上で、Aの本件疾病の発症及びこれによる死亡は、石綿ばく露作業に10年以上にわたって従事し、その肺組織内に石綿小体の存在が認められる本件発症は平成18年認定基準による要件を充足するものといえ、業務に起因するものと認められるから、これを業務外の疾病とした本件処分は違法であり、療養補償給付、休業補償給付、遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの各処分をいずれも取り消した。
参照法条 : 労災保険法12条の8第2項
労災保険法12条の8第1項
労働基準法施行規則35条
労働基準法75条2項
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /災害性の疾病
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /療養補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /休業補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2012年3月22日
裁判所名 : 神戸地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(行ウ)1
裁判結果 : 認容
出典 : 労働判例1049号5頁
審級関係 : 控訴審/大阪高平成25.2.12/平成24年(行コ)第73号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐災害性の疾病〕
 2 争点1(業務起因性の判断基準)について
 (1) 業務起因性に関する考え方
 ア 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の負傷又は疾病について行われるところ、労働者が業務に起因して負傷又は疾病を生じた場合とは、業務と負傷又は疾病との間に相当因果関係があることが必要であり(最高裁昭和50年(行ツ)111号同51年11月12日第二小法廷判決・集民119号189頁参照)、上記相当因果関係があるというためには、当該災害の発生が業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができることを要すると解すべきである(最高裁平成6年(行ツ)第24号同8年1月23日第三小法廷判決・集民178号83頁、最高裁平成4年(行ツ)第70号同8年3月5日第三小法廷判決・集民178号621頁各参照)。〔中略〕
 (3) 当裁判所が採用する認定基準
 ア 前記(1)のとおり、石綿ばく露作業に従事した労働者に発生した肺がんに関する業務起因性は、肺がん発症のリスクを2倍以上に高める石綿ばく露の有無によって判断すべきであると解されるが、ヘルシンキ基準及び平成18年報告書に照らして検討すると、上記リスクを2倍以上に高める石綿ばく露の指標として、石綿ばく露作業に10年以上従事した場合については、石綿ばく露があったことの所見として肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が存在すれば足り、その数量については要件としない、平成18年認定基準の定める本件要件によることとするのが相当である。
〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐災害性の疾病〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐休業補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 (2) 業務起因性について
 そこで、本件疾病の発症及びこれによる亡一郎の死亡が、亡一郎が従事した石綿ばく露作業に起因するか否かについて以下検討する。
 ア 石綿ばく露作業該当性について
 前記1(2)エ認定のとおり、亡一郎は、サイド検数員又は主席補助検数員として、在来船における荷役作業の開始から終了までの間、空気中に石綿が飛散している船倉内において、荷役作業員や荷粉屋のすぐ近くで検数作業を行っており、作業の一環として、貨物のマーク等を確認するために自ら石綿の入った荷袋の表面を軍手をはめた手で触ることもあったことも考慮すると、亡一郎が従事した検数作業は、少なくとも、平成18年認定基準が定める「石綿ばく露作業」のうち、「倉庫内等における石綿原料等の袋詰め又は運搬作業」の「周辺等において間接的なばく露を受ける作業」に該当するものと認められる。
 イ 本件要件該当性について
 そして、前記(1)のとおり、亡一郎は、10年以上にわたって上記検数作業に従事しており、かつ、亡一郎の肺内からは、乾燥肺1g当たり741本の石綿小体が認められている。
 さらに、前記前提事実のとおり、亡一郎には喫煙歴や肺がんの家族歴はないから、本件疾病の発症の要因が、亡一郎の遺伝的要因であると認めることはできず、他に、本件記録上、石綿ばく露以外の要因が、本件疾病の発症に寄与したことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、亡一郎は、石綿ばく露作業に10年以上従事しており、その肺組織内に石綿小体の存在が認められるから、本件疾病の発症について、平成18年認定基準による本件要件を充足するものと認めるのが相当である。
 ウ これに対し、被告は、〈1〉検数業務は、直接ばく露作業と同程度の石綿ばく露作業ではなく、直接ばく露作業と比較して、石綿ばく露の頻度が相当低いこと、〈2〉乾燥肺1g当たりの石綿小体数が1000本未満の場合は職業ばく露を受けた可能性は低いとされていることから、業務起因性は認められないと主張する。
 しかし、〈1〉については、平成18年認定基準が、間接ばく露作業を「石綿ばく露作業」として明示的に挙げている上、前記2(2)認定のとおり、同基準は、「石綿ばく露作業」の認定において、当該作業の頻度やばく露形態を問わないこととしているのは前記判示のとおりである。(なお、間接ばく露については、石綿関連工場に勤務していた従業員が自宅に持ち帰った作業着やマスクを通じて、従業員の妻や子が、石綿に特異的な疾患である中皮腫で死亡した例も報告されている(〈証拠略〉)。)
 また、〈2〉については、前記1(4)認定によれば、一般的には、石綿小体数が1000本未満の場合は一般人レベルの石綿ばく露レベルであると評価することができるが、前記2のとおり、石綿小体数は、業務起因性の判断基準ではなく、また、仮に、石綿小体数を判断基準において考慮するとしても、上記評価は、クリソタイルばく露では妥当しないと解されているところ、前記1(1)及び(2)認定によれば、昭和48年神戸港の石綿輸入量のうち、クリソタイルのみを産出するカナダやソ連からの輸入量が約7割を占め、亡一郎がカナダ船やソ連船の検数作業に多数回にわたって従事していたことからすると、亡一郎がばく露した石綿の相当数は、クリソタイルであった事実が推認されるから、亡一郎の石綿ばく露は、主としてクリソタイルばく露であり、そのばく露レベルについて、上記評価は妥当しないというべきである。
 したがって、被告の各主張は失当である。
4 まとめ
 以上のとおり、亡一郎の本件疾病の発症及びこれによる死亡は、亡一郎が10年以上にわたって石綿ばく露作業に従事したことによる、業務に起因するものと認められるから、これを業務外の疾病とした本件処分は違法であり、取消しを免れない。