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ID番号 : 08896
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件
争点 : 休職期間満了により自然退職となったホテル従業員が損害賠償、地位確認等を争った事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : ホテル経営会社Y1から休職期間満了により自然退職扱いとされたXが、元上司Y2から飲酒強要等のパワーハラスメントを受けたことにより精神疾患等を発症し、その結果、治療費、休業損害のほか多大な精神的苦痛を被ったとして、〔1〕被告らに対し、Y1については民法709条、715条及び719条又は労働契約上の職場環境調整義務違反、またY2については民法709条及び719条に基づき、連帯して、損害賠償金(遅延損害金も含む。)の支払いを求め、〔2〕上記精神疾患等は「業務上の疾病」に当たり、自然退職扱いの前提となる休職命令は無効ないしは信義則に反するとして、地位確認、賃金支払を求めた事案である。 東京地裁は、Xの主張する一連のパワハラ行為のうち「8.15留守電」のみを認定し、この行為は民法709条の不法行為に該当し、Y1は民法715条1項に基づき使用者責任を負い、Y2の不法行為責任とは共同不法行為の関係に立つものと解される(民法719条1項)として、共同して慰謝料70万円の支払いを命じた。ただし、地位確認及び自然退職後の賃金請求については、認定されたパワハラ行為と本件適応障害の発症との間には相当因果関係を肯認することはできず、Xの主張は前提を欠くものといわざるを得ないから、本件退職扱いは有効であり、Xは休職命令の満了時の経過をもってYを自然退職したものと認められるとして、請求を棄却した。
参照法条 : 民法709条
民法715条
民法710条
民法719条
労働契約法16条
体系項目 : 休職 /休職の終了・満了 /休職の終了・満了
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2012年3月9日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)11853
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1050号68頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 3 本件請求(1)(原告の被告らに対する損害賠償請求)に対する判断
 (1) 本件争点(1)ア-原告の被告丙川に対する不法行為に基づく損害賠償請求
 ア 本件争点(1)ア・(ア)-被告丙川の原告に対する飲酒強要等によるパワーハラスメントの有無と不法行為の成否について〔中略〕
 したがって、被告丙川は、上記居酒屋において、飲酒に関連して、原告に対して不法行為と評価し得るほどのパワーハラスメントを行った事実はないものというべきである。
 (c) 以上によると被告丙川が本件パワハラ1-〈1〉を行った事実は認められず、この点に関する原告の主張は理由がない。
 b 本件パワハラ1-〈2〉について〔中略〕
 原告は、上記居酒屋から宿泊先のウィンザーホテルに戻ったところ、どこかに携帯電話を忘れてきたことに気がつき、その携帯電話会社から連絡が来るのを同ホテル内のバーで待つことにしたこと、その間、被告丙川に付き合わされ、小さめのコップに3分の1程度酒を飲んだが、その多くは、側に設置されていたビリヤード台で、見知らぬアメリカ人を交え、Dとビリヤード遊技に興じていたこと、そして被告丙川の部屋に移ってからも同被告に誘われ、2、3口程度、酒の入った小さめのコップに口をつけ飲酒した後、同被告の部屋のベッドで眠り込んでしまったことなどの事実が認められるにとどまり、不法行為と評価し得るほどの飲酒強要によるパワーハラスメントが行われた事実はないものといわざるを得ない。
 (c) 以上によると被告丙川が本件パワハラ1-〈2〉を行った事実は認められず、この点に関する原告の主張は理由がない。
c 本件パワハラ2の有無について〔中略〕
 (b) よって、本件パワハラ2に関する原告の主張も理由がない。
 なお付言するに、この点に関して原告は、客観的にみて酒気帯び状態にあったか否かはともかく、被告丙川が、「私は、まだ身体にアルコールが残っているので運転は出来ません。」と言って運転を拒絶している原告に対して無理やりレンタカーを運転させたことそれ自体を捉えて本件パワハラ2が行われたものと解しているようにも読めるが、仮にそうだとしても、原告が前夜来の飲酒を終了してから既に12時間以上が経過していることに何ら変わりはなく、しかも原告がDに代わってレンタカーを運転した時間は僅か5分から10分程度であったというのであるから(〈人証略〉)、仮に被告丙川によるレンタカーの運転強要の事実があったとしても、それは不法行為と評価し得るほどの違法性を備えたパワーハラスメントに当たるものとはいい難い。
 d 小括
 以上の次第であるから被告丙川が、原告に対して、本件パワハラ1及び2を行った事実は認められないものというべきである。そうすると本件出張時におけるパワーハラスメントに関する原告の主張は理由がない。〔中略〕
 (ウ) 本件パワハラ3の有無について〔中略〕
 そうすると原告の上記供述は、にわかに信用し難く、他に本件パワハラ3が行われたことを認めるに足る的確な証拠はない。
 b 以上によると被告丙川が本件パワハラ3を行った事実は認められず、よって、この点に関する原告の上記主張も理由がない。
 (エ) 本件パワハラ4の有無について〔中略〕
 かかる経緯及び内容等に照らすと上記留守番電話の録音等は、一種のパワーハラスメント的要素を含んでいるとしても、直ちに不法行為と評価し得る程度の違法性を備えた行為であるとはいい難く、民法709条の不法行為を構成するまでには至らないものというべきである。
 (オ) 本件パワハラ5の有無について〔中略〕
 以上によれば本件8・15留守電は、被告丙川が、その上司という職務上の地位・立場を濫用し、原告に対して行った脅迫・強要行為に当たり、その内容も、通常人が許容し得る範囲を著しく超える害悪の告知を含むものであって、刑法上も脅迫罪(同法222条1項)を構成するほどの違法性を備えており、被告丙川は民事上の不法行為責任を免れるものではない。
 そうすると本件8・15留守電は、原告の人格的利益を侵害するものとして、民法709条の不法行為に該当する。〔中略〕
 (キ) 本件パワハラ7の有無について〔中略〕
 b 以上によると被告丙川が本件パワハラ7を行った事実は認められず、よって、この点に関する原告の上記主張も理由がない。〔中略〕
 以上によれば本件パワハラ5(本件8・15留守電)が原告の上記適応障害を招来した関係を是認しうるだけの高度の蓋然性を認めるには未だ合理的な疑いを挟む余地があるものといわざるを得ず、そうだとすると本件パワハラ5(本件8・15留守電)と原告の上記適応障害との間には相当因果関係までは認められないものというべきである。
 (2) 本件争点(1)イ-被告会社は、使用者責任または雇用契約上の職場環境調整義務違反に基づく損害賠償責任を負うか。
 ア 上記(1)で検討したとおり被告丙川は、本件パワハラ5すなわち原告に対し本件8・15留守電を行ったことにつき民法709条の不法行為責任を負う。
 イ では、被告会社は、被用者である被告丙川の上記不法行為につき使用者責任(民法715条1項)を負うか。
 確かに本件8・15留守電は、被告丙川が、平成20年8月15日の深夜(午後11時少し前ころ)、職場外において行った行為ではある。しかし上記(1)ア(オ)aで指摘した各事情によると本件8・15留守電は、同日、原告との間で起きた出張の打ち合わせに関する日程調整のトラブルを契機とするものであって、上記日程調整という業務と密接に関連する行為であると認められる。そうすると本件パワハラ5(本件8・15留守電)は、被告丙川が、「その事業の執行について」行った不法行為であると評価することができ、したがって、被告会社は、原告に対し、民法715条1項に基づき使用者責任を負い、被告丙川の上記不法行為責任とは共同不法行為の関係に立つものと解される(民法719条1項)。
〔休職‐休職の終了・満了‐休職の終了・満了〕
 イ 本件争点(2)ア・(イ)について
 そこで次に本件休職命令には本件就業規則20条所定の休職事由が認められるか否かについて検討するに、前記一括認定(9)によると原告には、平成21年3月及び4月の2か月間に、同年3月25日から同月27日までの3日間(有給休暇)、同年4月1日から同月4日までに4日間(有給休暇)、同月7日から同月14日までの8日間(有給休暇)に加え、同月15日から同月22日までの欠勤8日間の合計23日間、断続的な不就労状態が続いていたといえること、そして、本件診断書によれば、上記不就労状態は、適応障害が原因であるとされ、1か月半程度の自宅療養が必要とされることからみて、本件休職命令を発した同月23日の時点において原告が、本件就業規則20条1項(1)号にいう「業務外の傷病(私傷病)により勤務不能のため…断続的な不就労状態の日数が2ヶ月間に20日以上に達し」、「以後もその状態が継続する可能性あるとき」に該当していたことは明らかである。
 なお原告は、本件適応障害は、上司である被告丙川の本件各パワハラが原因で発症したものであるから、本件就業規則20条1項(1)号の「業務外の傷病(私傷病)」には当たらない旨主張するが、前記3において詳述したとおり原告が主張する本件各パワハラのうち不法行為性が認められるのは本件パワハラ5(本件8・15留守電)だけであり、しかも、本件8・15留守電と本件適応障害の発症との間には相当因果関係を肯認することはできないのであるから、原告の上記主張を採用することはできない。
 よって、本件休職命令は、本件就業規則20条1項(1)号の休職事由に基づくものとして、有効である。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 ウ 本件争点(2)ア・(ウ)について
 原告は、前記第2の4(2)ア(ウ)(原告の主張)に記載のとおり、仮に本件休職命令が本件就業規則20条1項(1)号の要件を満たすものと解する余地があるとしても、本件の場合、原告のり患した適応障害は、被告の従業員(上司)である被告丙川の事業の執行(業務遂行)に関連して行われた不法行為(パワーハラスメント)に起因するものであるから、本件就業規則20条1項(1)号、同21条及び同25条の各要件該当性の判断において、原告に対して、休職期間満了による自動退職の効果を及ぼすような取扱いをすることは、クリーンハンドの法理に照しても信義則に違反し、かつ人事権を著しく濫用したものとして法的効力を生じないものというべきである旨主張する。
 しかし、繰り返し述べるとおり原告が主張する本件各パワハラのうち不法行為性が肯認されるのは本件パワハラ5(本件8・15留守電)だけであり、しかも、これと本件適応障害の発症との間には相当因果関係は認められないのであるから、原告の上記主張は前提を欠くものといわざるを得ない。
 なお原告は、本件退職扱いには労契法16条の趣旨が妥当するものと解した上、原告の適応障害が事業の執行(業務遂行)に関連して行われた不法行為(パワーハラスメント)に起因ないし関連するものと認められるためには主治医や産業医等の専門医からの意見聴取手続が必要であって、そうした手続を一切踏むことなく行われた本件退職扱いは、客観的合理性や社会的相当性に欠けるものとして法的効力は生じないとも主張する。しかし仮に本件退職扱いに労契法16条の趣旨が妥当するとしても、そのことから直ちに原告が主張する手続的要請なり、法的効果が導かれるものではない。いずれにしても前記一括認定(9)によると原告は、本件休職命令に先立って設定された、H人事部長代行との面談を一方的に放棄する一方で、本件休職命令それ自体に対しては特に異議等を述べなかったばかりか、被告会社から復職意思の有無や自然退職の注意喚起があったにもかかわらず、その意思さえあれば容易なはずの復職願を提出せず、そのまま本件休職期間の満了を迎えたものであり、被告会社において、本件退職扱いに先立って専門医等からの意見聴取を行わなかったことをもって、客観的合理性や社会的相当性に欠けるものということはできない。
 なお上記のとおり本件パワハラ5(本件8・15留守電)が本件適応障害発症の一因として寄与した可能性があるが、このことは上記結論を左右しない。
 以上によれば本件退職扱いは信義則に違反するものではなく、また人事権を著しく濫用するものでもない。したがって、本件退職扱いは無効ではなく、原告の上記主張を採用することはできない。