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ID番号 : 08902
事件名 : 債務不存在確認等請求、未払賃金等反訴請求事件
いわゆる事件名 : 伊藤工業(外国人研修生)事件
争点 : 寮からの退去を求めて行った外国人研修生への賃料相当損害金請求に研修生が未払賃金等支払いを求めた事案(研修生敗訴)
事案概要 : 建築工事請負会社Xが、外国人研修生Y1らに対し、実習期間終了後も会社寮の居室を明け渡さなかったとして賃料相当損害金の支払いを求め(本訴)、外国人研修生らが会社に対して休日手当、時間外手当の未払賃金及びこれの付加金等を求め、さらに会社代表者が研修生らに暴行等を加えたとして慰謝料を求めた事案の控訴審である。 第一審横浜地裁川崎支部は、本訴のうち債務不存在確認請求に係る訴えを却下し、賃料相当損害金の支払請求を認容、他方、研修生の反訴請求はいずれも棄却した。第二審東京高裁は、研修生らの労働者性について、本制度における「研修」の法的位置づけは「労働」ではないことから、「実務研修」の実施に当たっては「労働」と明確に区別される必要があるが、研修生が労働基準法上の労働者でないため法的保護を受けられず、実質的な低賃金労働者として扱われる技能実習生に対し雇用契約に明記された賃金が支給されない、時間外労働に対する割増賃金が正当にされていない等の違法な事案や旅券や通帳を強制的に取り上げる等の不当な事案が発生している等の問題もあり、「実務研修」は現場での実際の作業に従事させることから外見上はその活動が「研修」なのか「労働」なのか明確に区分し難い場合が多い。そうだとすれば、法務省指針が策定されるに至った経緯に照らし、研修が同指針に沿って実施されている場合においては、当該研修での研修生の活動は「労働」ではないと評価しうる一応の基準となるとした。その上で、Y1らの研修は、全体的に法務省指針に概ね沿って実施されていたといえることから、本件研修期間中におけるY1らは労働者に該当しないという認定判断となり、また研修生らのパスポート保管、積立貯金通帳管理行為との事実は、Y1らへの不法行為を構成しないとして請求を棄却し、他方、賃料相当損害金の支払請求については理由ありとしてこれを認めた。
参照法条 : 民法709条
労働基準法37条
労働基準法9条
労働契約法2条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /労働者 /外国人研修生
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /労動者の損害賠償義務・求償金債務
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労働時間(民事) /時間外・休日労働 /時間外・休日労働の要件
裁判年月日 : 2012年2月28日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ネ)4303
裁判結果 : 控訴棄却
出典 : 労働判例1051号86頁
審級関係 : 一審/横浜地川崎支平成22.5.18/平成20年(ワ)第373号/平成20年(ワ)第532号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐外国人研修生〕
 1 争点(1)(研修期間における控訴人らの労働者性)について
 (1) 当裁判所も、本件の事実関係を前提とすると、研修期間中における控訴人らは労働基準法上の労働者には該当しないものと判断する。〔中略〕
 ア まず、本件制度において、研修生が労働基準法上の労働者でないために法的保護を受けられず、実質的な低賃金労働者として扱われる、技能実習生に対し雇用契約に明記された賃金が支給されない、時間外労働に対する割増賃金が正当に支給されていない等の違法な事案や旅券や通帳を強制的に取り上げる等の不当な事案が発生していること、また、送出し国側の機関等が、出国前に多額の保証金等を研修生・技能実習生から徴収していたり、そのために研修生・技能実習生が出国前に多額の借金を強いられる例等があり、このことが、我が国入国後に研修生・技能実習生が失踪し不法就労に走る原因となっている状況が一部で生じていることが関係者等から指摘されていた(〈証拠略〉)ところ、法務省指針は、本件制度の実施において生じていた上記のような問題事例の発生を踏まえ、本件制度の適正化を推進するために策定されたものである(〈証拠略〉)。
 そして、上記のとおり本件制度における「研修」の法的位置付けは「労働」ではないことから、「実務研修」の実施に当たっては「労働」と明確に区別される必要があるが、「実務研修」については、現場における実際の作業に従事させることから、外見上はその活動が「研修」なのか、資格外活動である「労働」なのか明確に区別し難い場合が多いものと解される。そうすると、法務省指針が策定されるに至った経緯に照らし、同指針は、研修が法務省指針に沿って実施されている場合においては、当該研修における研修生の活動は「労働」ではないと評価し得る一応の基準となると解するのが相当である。〔中略〕
 エ したがって、以上の検討からは、控訴人らの研修は、全体的に法務省指針に概ね沿って実施されていたものということができるから、以上の点を加味して検討しても、研修期間中における控訴人らは労働基準法上の労働者に該当しないという認定判断になるというべきである。
〔労働時間(民事)‐時間外・休日労働‐時間外・休日労働の要件〕
 2 争点(2)(控訴人らの労働時間及び支払われるべき未払賃金額)について
 当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点についての判断」の2の記載と同旨であるから、これを引用する。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 3 争点(5)(被控訴人による不法行為の成否)について
 当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点についての判断」の3の記載と同旨であるから、これを引用する。
 被控訴人による旅券の保管及び積立貯金通帳の管理その他の不当行為該当性についての判断を補足する。
 (1) 控訴人らの旅券は、来日した控訴人らから足場組合が預かり、その後、被控訴人が、足場組合からの指示に従って、これを保管するに至ったものであることは、前記引用に係る原判決記載のとおりである。そして、被控訴人が控訴人らの旅券を保管するについては、「旅券は、本来、自分自身の責任で保管すべきであるが、紛失、盗難等を防ぐための適当な場所がないので、被控訴人において保管することをお願いする。返却を願ったときは、いつでも返却してほしい。」旨を記した控訴人ら作成に係る被控訴人宛の貴重品保管依頼書(〈証拠略〉)が足場組合を介して被控訴人に提出されている(弁論の全趣旨)。
 ところで、法務省指針においては、不適切な方法による研修生の管理として、旅券の預かりを禁じている(〈証拠略〉)ところ、被控訴人による旅券の預かりに不法あるいは不当な意図があったことを推認させるような事実ないし事情を認めるに足りる証拠はない。そして、財団法人国際研修協力機構が平成18年10月に作成した「技能実習制度利用企業向け雇用・労働条件管理ハンドブック」において、事業主等による旅券の保管を原則として禁止するものの、技能実習生からの自主的な保管依頼があった場合には、〈1〉技能実習生が旅券は本人の責任で保管すべきことを認識していること、〈2〉保管は、適当な保管場所がなく、紛失、盗難を防ぐため本人自身が願い出たものであること、〈3〉保管中も、本人からの願いがあれば、何時でも返還されること、〈4〉保管する場合は、上記〈1〉ないし〈3〉の内容を明らかにした本人からの書面が提出されること、〈5〉第1次受入れ機関が全ての旅券を保管することとしているか、第2次受入れ機関で保管しているが、第1次受入れ機関の方針に従って、一律に保管することとしているものではないことを条件に、受入れ企業は旅券を保管することができるとの指針を示している(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)ところ、被控訴人による旅券の保管は、上記指針に沿ったものであるというべきであり、控訴人ら作成の上記貴重品保管依頼書の文言が全て日本語で記載されているからといって、このことが直ちに同書面の作成の真正を否定する事情とはならない。
 しかして、被控訴人は、その後、控訴人らからの要求によって一旦旅券を控訴人らに返却しているが、控訴人らが再び旅券を被控訴人らに預託しているという事実や、財団法人国際研修協力機構の調査において、被控訴人が控訴人らの旅券を保管していることを認識しながら、特段この点を問題視した形跡はうかがわれないこと(〈証拠略〉)をも合わせ考慮すれば、被控訴人が控訴人らの旅券を保管していたという行為が控訴人らに対する不法行為を構成するものであるとは認められない。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐労動者の損害賠償義務・求償金債務〕
 4 被控訴人の本訴請求に係る賃料相当損害金の支払請求について
 当裁判所も、被控訴人の上記請求は理由があるものと判断する。その理由は、原判決38頁1行目の「弁論の全趣旨」を「前提事実(3)」に改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点についての判断」の4の記載と同旨であるから、これを引用する。
 5 以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求のうち賃料相当損害金の支払請求は理由があるが、控訴人らの反訴請求はいずれも失当である。