全 情 報

ID番号 : 08907
事件名 : 損害賠償等請求事件(2684号)、賃金請求事件(4329号)
いわゆる事件名 : 建設技術研究所事件
争点 : 建設関係会社で精神疾患により解雇された者が地位確認、未払賃金、慰藉料等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 建設関係の調査、設計、監理等を行うY社従業員として勤務していたXが精神疾患を発症し、その後解雇されたことについて、精神疾患はYでの長時間労働等過重労働に従事したために発症したもので解雇は無効であると主張して、労働契約上の地位の確認、解雇無効に伴う未払賃金、慰藉料等の支払いを求めた事案である。 大阪地裁は、まずXは業務が非常に繁忙であった頃に腹痛、血尿及び下肢腫脹を訴えていたことがあり、その後やや抑うつ状態といえる自覚症状を生じており、この頃に精神疾患を発症したとし、このため、期間約1か月、期間約半年にわたる2回の在宅休養を経て、平成17年1月頃には精神疾患は完治したが、同年4月25日から再び出社しなくなり、以降本件解雇まで出社しなかったと、経緯を認定した。その上で、Xの精神疾患の発症及び再燃には過重性を有する業務に従事したことなどと相当因果関係があり、負担を軽減させるための措置をとらなかったことには過失があり、これによりYには不法行為上の注意義務違反又は労働契約上の安全配慮義務違反があったとした。ただし、Xの訴訟提起時には不法行為に基づく慰謝料請求権は既に消滅時効が完成しており、Yもこれを援用したことから、精神疾患発症に関する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく慰謝料及び弁護士費用及び遅延損害金のみ認めた。他方、Xは平成17年1月頃には精神疾患は完治しており、Xが出勤しなかった同年4月以降、Xが精神疾患にかかっていなかったことから、Yが行った解雇を有効と認定し、これに係るXの請求を全て棄却した。
参照法条 : 労働基準法19条1項
労働基準法32条
労働者災害補償保険法施行規則13条
労働者災害補償保険法施行規則23条2項
労働安全衛生法65条の3
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /安全配慮(保護)義務・使用者の責任
解雇(民事) /解雇事由 /無届欠勤・長期欠勤・事情を明らかにしない欠勤
裁判年月日 : 2012年2月15日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)2684/平成19(ワ)4329
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1048号105頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 エ 原告は、平成16年10月14日に厚生労働省が作成し、事業者に対して周知をした「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(〈証拠略〉)において事業者に求められている復帰支援のうち、被告では、〈1〉予め事業場ごとに作成を求められている「事業場職場復帰支援プログラム」が作成されておらず、体制や規程の整備が行われていないこと、〈2〉職場復帰可否の判断基準として、適切な睡眠覚醒リズムが整っているか、昼間の眠気がないかなどが検討されていなかったこと、〈3〉実際の職場復帰に当たり、事業者が行う職場復帰支援の内容について総合的に示したものであり、事業者の側で作成すべき「職場復帰プラン」を作成せず、原告にこれを作成させたこと、〈4〉原告が作成した職場復帰プラン(〈証拠略〉)を実施せず、放置したこと、〈5〉主治医と事業者側で面談をすべきであるのに、被告がE医師と面談をしなかったことなどについて、問題がある旨指摘しているところ、これは、被告による安全配慮義務違反に当たり、これにより精神症状が悪化した原告を解雇したことは解雇権濫用に当たる旨の主張を含むものと解される。
 しかしながら、上記の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、厚生労働省が「手引き」として事業者に周知を図ったものであるが、事業者に対して直ちに法的義務を課すものとはいえない。また、前記認定事実によれば、被告は、平成16年5月6日に職場復帰した原告に対し、軽減勤務をさせ、諸事情を考慮して原告に最適と考えられた写真ライブラリー化の業務を担当させたこと、原告がこの業務における達成目標を達成しようとせず、またやがて再び著しい遅刻を繰り返すようになったことから、それ以降も対外的に責任のある業務を配分することができなかったこと、原告の作成した職場復帰プランについては、当初は概ねこれに沿う形で業務が与えられており、これが最後まで実施されなかったことについては上記のとおり原告に問題があったといえること、原告の睡眠リズムに問題が生じていた点については、前記のとおり病的なものであるとは認められなかったことなどの事情が認められ、これらによれば、本件解雇に至る被告の原告への対応について、注意義務違反又は安会配慮義務違反があったとは認められず、被告の上記対応をもって、本件解雇を無効であるということはできない。
 よって、原告の上記主張は、採用することができない。
 また、同様に就業規則で規定される休職制度は病気であることが前提とされているので(〈証拠略〉)、原告にこの制度を利用させなかったことも解雇権の濫用を基礎付ける事実とはいえない。
6 争点5(未払賃金の有無)について
 前記認定事実によれば、原告は、認められた有給休暇をすべて消化した平成17年7月22日から正当な理由なく出勤しない状態となり、同年12月8日に本件解雇がされたことが認められる。
 そして、上記出勤しない状態に正当な理由があるとは認められず、本件解雇も有効であると認められることは、前記のとおりである。
 したがって、平成17年7月22日以降について、原告が被告に対し、未払賃金請求権を有するものとは認められない。
7 争点6(精神疾患の発症に関する慰謝料の額)について
 原告が、平成14年に年間を通じて、頻繁な深夜残業及び朝までの残業を含めて、少なくとも年間3565.5時間という著しい長時間労働に従事させられたこと、それにより入社2年目にして精神疾患を発症し、平成15年4月に1か月間、同年12月からも各自宅療養を余儀なくされたほか、その後の会社員としての人生に非常に大きな影響を受けたことを考慮すれば、被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反により、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、400万円をもって相当と認められる。
 また、上記慰謝料請求のために要した弁護士費用のうち、40万円は被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反との間に相当因果関係があるものと認める。
 以上の合計額は440万円となる。
8 争点7(精神疾患の発症に関する不法行為に基づく慰謝料請求権の消滅時効の成否)について
 被告は、精神疾患の発症に関する不法行為に基づく慰謝料請求権の消滅時効を主張するところ、原告は平成19年3月12日に本件訴えを提起したが、前記判示によれば、平成16年3月12日以降は被告の原告に対する注意義務違反に当たる行為があったとは認められないし、原告の精神疾患は平成16年1月7日に寛解し、それ以降症状は徐々に軽快こそすれ悪化したとは認められない。したがって、原告は、平成16年3月12日より前の時点で、損害の発生を現実に認識しており、被告に対するその賠償請求が事実上可能であったといえる。
 よって、原告が本件訴えを提起した時点で、精神疾患の発症に関する不法行為に基づく損害賠償請求権については、既に消滅時効が完成しているというべきである。被告は、上記消滅時効を援用した(当裁判所に顕著な事実)。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐無届欠勤・長期欠勤・事情を明らかにしない欠勤〕
9 争点8(本件解雇に関する被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無及び慰謝料の額)について
 原告は、被告が業務上の精神疾患にかかって療養する原告に対し、症状に配慮するどころか、症状を悪化させる行動に終始し、本件解雇に及んだものであり、これが注意義務違反又は安全配慮義務違反に当たり、被告に対する慰謝料請求権が生じている旨主張する。
 しかしながら、前記判示のとおり、本件解雇は有効であること、平成17年1月ころには原告の精神疾患は完治しており、原告が出勤しなかった同年4月以降、原告は精神疾患にかかっていなかったことから、本件解雇に至る被告の原告に対する対応に注意義務違反又は安全配慮義務違反があるとはいえない。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
 なお、精神疾患の発症に関する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく慰謝料請求権は、時効により消滅していない。