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ID番号 : 08927
事件名 : 懲戒解雇処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 他大学の大学院生への性的関係の強要などを理由に懲戒解雇された特任教授が無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 : 大学を経営する学校法人Yの特任教授Xが、他大学の大学院生に対する性的関係の強要などを理由にYから懲戒解雇されたことについて、同人との性的関係は合意に基づくものであって、事実誤認に基づき行われた懲戒解雇は違法、無効である上、Yがそれをマスコミに公表するなどしたことにより精神的苦痛を被ったなどと主張して、地位確認、不法行為による慰謝料等の支払を求めた事案である。 京都地裁は、まずXY間の労働契約期間について、期間が延長されるような慣行の存在又はYから契約期間延長の内示の存在を否認し、既に雇用関係は終了しているとした。次に、Xの大学院生に対する一連の行為は、大学教員としての品位を損なう不適切な行為であるとはいうものの、相手の望まない性的な言動ということはできないから、就業規則の「ハラスメント」に該当せず、処分自体は違法、無効と認定した。しかしながら、当該大学院生の供述を信じたのもやむを得ない面があり、また手続的な面からみてもYの調査に過失はなく、したがって同処分による不法行為に基づく損害賠償請求は理由がなく、さらに名誉毀損についても、Xの社会的評価が低下することは明らかで客観的に名誉毀損に当たるが、Yが真実であると信じるにつき相当な理由があったといえ、故意・過失を認定することができないことから、名誉毀損に係る請求も理由がないとしてすべて棄却した。
参照法条 : 労働契約法15条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
解雇(民事) /短期労働契約の更新拒否(雇止め) /短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 : 2013年1月29日
裁判所名 : 京都地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ワ)2953
裁判結果 : 棄却
出典 : 判例時報2194号131頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)‐短期労働契約の更新拒否(雇止め)‐短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 二 原告と被告との労働契約期間(争点(1))について
 原告は、被告との労働契約の期間について、平成二二年三月三一日までであったが、更に三年間期間が延長されることが通例であり、平成二一年六月、被告から契約期間延長の内示を受けていた旨主張する。しかし、被告においてそのような慣行があったこと又は被告から契約期間延長の内示があったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、本件処分の当否にかかわらず、原告と被告との労働契約は、平成二二年三月三一日には終了していると認められる(なお、原告に対する賃金は、前記のとおり、同月分まで支払われている。)。
 そうすると、原告の現在における労働契約上の権利の確認を求める請求は理由がない。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 三 原告と丁原との性的関係がハラスメントに該当するか否か(争点(2))について
 原告は、違法、無効な本件処分により精神的苦痛を受けたと主張して、不法行為に基づく損害賠償請求をしているため、本件処分が原告の権利を侵害したといえるかが問題となり、そのため本件処分の違法性について判断する必要がある。本件処分の理由は、原告が丁原に対し丁原の望まない性的関係を続けて研究環境を著しく害した行為が、就業規則五九条七号、新規程三条に定めるセクハラに当たるというものであるので、前記認定の原告の行為がそれに当たるかを検討する。〔中略〕
 (3) 小括
 以上によれば、原告の丁原に対する一連の行為は、大学教員としての品位を損なう不適切な行為であるとはいえるものの、相手の望まない性的な言動ということはできないから、新規程三条二項に規定するセクハラに該当せず、就業規則五九条七号の「ハラスメント」に該当するということはできない。したがって、争点(3)について検討するまでもなく、本件処分は違法、無効というべきである。
 四 本件処分における被告の過失の有無(争点(4))について〔中略〕
 そうすると、上記の原告と丁原との関係、上記のような本件メール群の内容及び本件事実関係の特殊性に照らし、調査委員会が丁原の供述は十分な信用性を有すると考えたこともやむを得ない面があるといえる。〔中略〕
 以上のように、本件事案は、原告と丁原が現実に性的関係にあり、丁原の申告内容や供述も不合理であるとして直ちに排斥できるものではないことなどからすると、被告において、原告が丁原に対し丁原が望まない性的な言動をしたと考えたこともやむを得なかったということができ、前記特段の事情を認めることができる。
 ウ 手続的な点について検討すると、調査委員会は、約三か月間にわたり、原告及び丁原に対する各二回のヒアリング、原告及び丁原から提出された書面、甲田大学セクシュアル・ハラスメント調査委員会作成に係る調査報告書及び原告提出に係る大量のメール等の検討などを含む調査を行ったところ、丁原に対するヒアリングは、予断を持って丁原の申立てを全面的に信用するなどといった態度はうかがわれず、原告に対するヒアリングについても、原告への偏見から原告を糾弾するといったものではなく、かえって、原告の弁解を遮ることなく丁寧に聴取しており、公正な態度で臨んでいるということができる。
 そうすると、手続的な面からみても、被告の調査に過失があったということはできない。
 (3) 小括
 したがって、被告に過失があったということはできず、原告の本件処分による不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
 五 本件処分の公表が違法な名誉毀損に当たるか否か(争点(5))について
 (1) 前記前提事実及び≪証拠略≫によれば、被告は、少なくとも京都新聞社に対して、本件処分対象者の所属学部、被告への赴任時期、年齢が六〇歳代であることを明らかにした上で、同人が平成一九年七月頃から平成二〇年一一月頃にかけて、大学院生に強要して性的関係を結んだことを公表したこと(以下「本件事実摘示」といい、本件事実摘示で摘示された事実を「本件摘示事実」という。)が認められる。
 そうすると、本件摘示事実を基に新聞報道がされた場合、当該新聞の一般の読者において、若干の調査をすれば、本件処分の対象が原告であることを特定することが可能であるといえる。
 そして、本件事実摘示により原告の社会的評価が低下することは明らかである。
 したがって、本件事実摘示は客観的に名誉毀損に該当する。
 (2) もっとも、被懲戒者である原告の地位及び学生に対するセクハラを理由とする大学教授の懲戒解雇という本件事案の性質から、被告において最低限の情報を提供して社会に対する説明責任を果たす必要性は高いといえること及び本件摘示事実の内容に照らすと、本件摘示事実は、公共の利害に関し、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
 そして、前記四で説示したとおり、被告において原告が丁原に対し丁原が望まない性的言動をしたと考えたこともやむを得ないといえる特段の事情が認められる以上、被告において本件摘示事実を真実であると信じるにつき相当な理由があったということができる。
 したがって、名誉毀損行為について被告の故意・過失を認めることができず、名誉毀損に係る原告の請求は理由がない。