全 情 報

ID番号 : 08936
事件名 : 就業規則変更無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : X銀行事件
争点 : いったん経営破たんした銀行の行員が就業規則の変更、賃金体系の変更の無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 : いったん経営破たんして買収され、行名変更した銀行Yが就業規則を変更して賃金体系を変更したところ、同就業規則の変更により賃金額が減少した行員Xが、就業規則変更は合理性、周知性を欠くものであるとして、その無効確認を求めるとともに、同変更により減額された賃金の支払を請求した事案である。 東京地裁は、賃金等労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更にはそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において効力を生ずるとした上で、本件においては就業規則変更により行員が受ける不利益の程度にはかなり大きいものがあったが、他方、Yが公的資金の注入を受けながら未返済の状態にあり、かつ、整理回収機構の引受けに係る優先株式が迫っていたという特殊な状況下において、人件費を削減すべきとの要請にも相当に深刻なものがあったというべきであり、また行員の俸給水準が他行との比較においてかなり高いことや、従業員組合が、事後的ながらも新人事制度の導入に応諾しているという事情も考慮すれば、就業規則変更には合理性があり、その周知方法も、説明会において後日人事部に問い合わせをすれば新俸給体系についても回答する旨行員に通知したという方法に、実質的周知として欠けるところはないとして、全て請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法24条
労働基準法9章
労働契約法10条
体系項目 : 就業規則(民事) /就業規則の一方的不利益変更 /賃金・賞与
裁判年月日 : 2013年2月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)30733
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2185号14頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則(民事)‐就業規則の一方的不利益変更‐賃金・賞与〕
 2 争点1(本件就業規則変更の合理性の有無)について〔中略〕
 このような新人事制度は、人事評価の結果いかんにより行員に大きな不利益をもたらす可能性があり、実際に原告も相応の額の俸給について減額されているものであるが、前記のとおり、収益力が大きく落ち込んでいる被告の経営状況を前提とすれば、俸給体系をそのような制度に改めること自体に問題はないというべきであり(被告行員の年齢構成からすれば、年功序列型の賃金体系が温存される限り、人件費の負担が増加する一方であることから、そのような負担を軽減する意味でこのような俸給体系を採用することには合理性があるというべきである。)、この点について、原告も格別異論を述べているわけではない。
 c 以上のとおり、本件就業規則変更時点において、被告における労働条件変更については、高度の必要性があったということができる。
 (ウ) 続いて、変更後の就業規則の内容の相当性についてみるに、前記のとおり、被告行員の俸給額は全国の金融機関中でもトップクラスであるところ、被告がいったん経営破綻し国の特別公的管理下に置かれた存在であり、公的資金を未だ返済していないことにかんがみれば、行員の受ける不利益の程度にもよるとはいえ、成果主義・能力主義を徹底してこれを全行員間で適正に配分することを志向するのはもとより、賃金原資を減額して人件費のレベルを適正化することにも、やむを得ない面があるというべきである。〔中略〕
 (オ) 以上のとおり、本件就業規則変更により被告行員が受ける不利益の程度にはかなり大きいものがあったといえるが、他方で、被告が公的資金の注入を受けながら未返済の状態にあり、かつ、整理回収機構の引受けに係る優先株式が平成24年10月に迫っていたという特殊な状況下において、人件費を削減すべきとの要請にも相当に深刻なものがあったというべきである。これに、被告行員の俸給水準が他行との比較においてかなり高かったことや、従業員組合が、事後的にではあるものの新人事制度の導入につき応諾しているという事情をも考慮すれば、本件就業規則変更には合理性があると認めるのが相当である。
 3 争点2(本件就業規則変更の周知性)について〔中略〕
 (2) 被告は、新人事制度に関する行員向けの説明会において、行員に対し、後日人事部に問い合わせをすれば新俸給体系についても回答する旨通知したと主張するところ、原告もそのような通知があったこと自体については積極的に争わないものの、一般行員にとって、俸給体系を知るために人事部に問い合わせなければならないこと自体、精神的に負担がかかるものであって、周知として十分とはいい難い旨主張する。
 しかしながら、従前の俸給体系のように同一の等級内でも俸給額に幅がある体系とは異なり、既に認定したように、新人事制度における俸給体系は、個々の行員の等級が明らかになれば直ちに俸給額についても明らかになるという性質のものであるから、俸給体系の外部への流出、漏洩を懸念して、従前のように行内LANに掲示することを行わないとする被告の態度には一定の合理性があるというべきである。もとより、原告が主張するように、一般行員にとって人事部に問い合わせること自体に精神的に負担を伴うことはそのとおりであり、予め一定レベルの管理職にのみ俸給体系を開示しておき、俸給体系の閲覧を希望する行員がその上司に問い合わせる形にするなど、より妥当な方法は考えられるというべきであるが、上記の点からすれば、新人事制度に関する俸給体系については、前記の方法により、実質的周知として欠けるところはないというべきである。
 原告は、上司のF部長(以下「F部長」という。)が、新人事制度の説明会において、原告が積極的に質問したことに関し、原告に「こんなことをしたら人事部から制裁されるぞ。」などと言われ、圧力をかけられたなどと主張し、同主張に沿う供述をする(証拠略)。しかしながら、F部長はそのような圧力をかけるような言動をしたことについて否定しており(証拠略)、他に同部長がこのような発言をしたことを裏付ける証拠はないから、原告主張にかかる事実については、これを認めることができない。
 (3) したがって、本件就業規則変更につき周知性が欠ける旨の原告の主張についても理由がない。