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ID番号 : 08942
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : J社ほか1社事件
争点 : 芸能タレントが、契約終了の確認と未払賃金及び遅延損害金の支払等を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 芸能タレントXが、マネージャー会社Y1との間で締結した専属芸術家契約(労働契約)はXの解約申入れにより終了したとして、(1)Y1及び契約を引き継いだY2(マネージャー会社)に対し、権利義務の不存在の確認、(2)Y1に対し、契約終了までの未払い賃金及び遅延損害金の支払、(3)Y2に対し、同様の支払を求めた(予備的請求として、準委任契約としても終了し、また専属芸術家契約は公序良俗に反していると主張)事案である。 東京地裁は、まず本件専属芸術家契約の法律的性質について、業務はほとんど断ることなく携わり、出演料等はYらに対して支払われるものである一方、Xが出演料等を受領したことはないという事情に加え、報酬の決定権限は専らY1にあり、本件業務に関連して製作された著作物等の権利及び芸名に関する権利も全てY1に帰属する上、XがY1を介することなく芸能活動を行うことについて厳しい制約を受ける旨の本件専属芸術家契約の規定内容に照らせば、経済的従属性は極めて強いことから本件専属芸術家契約は労働契約であり、Y1Y2は労働基準法10条に定める使用者であり、Xは同法9条に定める労働者であるとした上で、契約は解約申入れにより終了したとして、未払い賃金を算定した。なお、予備的請求について、最低賃金法に従った賃金の支払義務が認められるのであるから、同契約が公序良俗に違反すると解すべき理由はないと斥けた(消滅時効は認定)。
参照法条 : 労働基準法9条
労働基準法10条
民法90条
民法623条
最低賃金法4条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事) /労働者 /芸能タレント
労働契約(民事) /成立 /成立
賃金(民事) /最低賃金 /最低賃金
労働契約(民事) /基準法違反の労働契約の効力 /基準法違反の労働契約の効力
雑則(民事) /時効 /時効
賃金(民事) /賃金の支払い原則 /賃金請求権と時効
裁判年月日 : 2013年3月8日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)22308
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1075号77頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐芸能タレント〕
〔労働契約(民事)‐成立‐成立〕
 1 争点(1)(本件専属芸術家契約の法律的性質が、労働契約であるか、準委任契約であるか)について検討する。〔中略〕
 (2) そして、前記(1)の認定事実によれば、本件専属芸術家契約に基づき、原告は、一定の種類の業務を受けたくない旨の希望を述べることはできるし、通知された業務について、数回程度、担当することを断ったことはあるものの、それ以外の業務は断ることなく担当し、当該業務に携わってきたし、出演料等は被告らに対して支払われるものである一方、原告が出演料等を受領したことはないというのである。
 これらの事情に加え、報酬の決定権限は専ら被告J社にあり、本件業務に関連して製作された著作物等の権利及び芸名に関する権利はすべて被告J社に帰属する上、原告が被告J社を介することなく芸能活動を行うことについて厳しい制約を受ける旨の本件専属芸術家契約の規定内容に照らせば、原告の被告J社に対する経済的従属性は極めて強いというべきことを併せ考慮すれば、本件専属芸術家契約は、労働契約であり、被告J社及び契約上の地位を承継した被告L社は、労働基準法10条に定める使用者であり、原告は、同法9条に定める労働者であると認めるのが相当である。
〔賃金(民事)‐最低賃金‐最低賃金〕
 2 争点(2)(賃金の額)について検討する。〔中略〕
 ア まず、前記1において説示したとおり、本件専属芸術家契約は労働契約であって、原告は、労働基準法9条及び最低賃金法2条1号に定める労働者に該当し、被告J社は平成18年3月11日から平成22年3月31日までの間、被告L社は、同年4月1日から同年12月までの間、それぞれ労働基準法10条及び最低賃金法2条2号に定める使用者に該当するというべきである。
 そして、前記1(2)において認定した事実によれば、本件専属芸術家契約は、労働契約であって、最低賃金額に達しない賃金を定めるものというべきである。
 よって、本件専属芸術家契約は、最低賃金法4条2項により、賃金額の定めに関する部分は無効であり、その部分は最低賃金額と同様の定めをしたものとみなされることとなる。〔中略〕
 エ 前記イ及びウに説示した労働時間を集計した値は別紙4労働時間集計表〈略〉のとおりであり、その集計値及び時間当たりの最低賃金額に基づき、労働基準法37条に規定する割増賃金を含めた原告の賃金の額は、別紙3賃金集計表〈略〉のとおりである(なお、原告は、法定休日に関する主張をしないので、休日労働に係る割増賃金の計算は行わない。また、後記8において説示するとおり、平成21年2月以前の賃金については消滅時効が成立しているというべきであるから、同年3月23日以前の労働時間の集計及び賃金の計算は行わない。)。
〔労働契約(民事)‐基準法違反の労働契約の効力‐基準法違反の労働契約の効力〕
 6 争点(5)(本件専属芸術家契約が、公序良俗に違反するかどうか)について検討する。
 この点につき、原告は、前記第2の3(5)(原告の主張)欄記載のとおり主張する。
 しかし、前記2において説示したとおり、最低賃金法に従った賃金の支払義務が認められるのであるから、同契約が公序良俗に違反すると解すべき理由はない。
 7 そうすると、争点(6)(利得及び損失の額)について検討するまでもなく、原告の第2次予備的請求は理由がない。
〔賃金(民事)‐賃金の支払い原則‐賃金請求権と時効〕
〔雑則(民事)‐時効‐時効〕
 8 争点(7)(消滅時効)について検討する。
 (1) 本件専属芸術家契約が労働契約であるというべきことは、前記1において説示したとおりであり、被告らは、原告に対し、原告の労働時間に応じて、最低賃金法所定の最低賃金額により算定された賃金を支払う義務を負うと言うべきことは、前記2において説示したとおりである。
 (2) そして、被告らが、平成23年11月30日の本件弁論準備手続期日において、原告に対し、原告が主張する賃金のうち、労働審判申立日である平成23年3月23日から2年以上前の部分について、消滅時効を援用したことは、当裁判所に顕著である。
 (3) 以上によれば、原告の賃金債権のうち、平成21年3月23日以前の労務提供に係る部分は、時効により消滅したというべきである。