全 情 報

ID番号 : 08947
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : ボッシュ事件
争点 : 自動車用部品等輸入販売会社の従業員が受けた出勤停止とその後の解雇の無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 : 自動車用部品等輸入販売会社Yの従業員Xが、業務命令違反を理由に出勤停止処分を受け、その後解雇されたことにつき、同処分及び解雇は内部告発(公益通報)に対する報復であり、公益通報者保護法に違反するとして同処分の無効確認及び賃金支払、雇用契約上の地位確認請求及び解雇後の賃金、賞与等を求めた事案である。 東京地裁は、まず出勤停止処分について、社内の不正疑惑を発端に、自らの法務室への異動希望をかなえさせるため常軌を逸したメール送信を執拗に繰り返し、職務専念義務を果たすよう命じる警告書にも従わず不穏当な言辞を用いて誹謗したことは就業規則の懲戒事由に該当し、かつ公益通報者保護法2条にいう不正の目的に出た通報行為であるから同法上の不利益な取扱いにも該当せず、また5日間の出勤停止という懲戒処分も客観的合理的理由を欠き、社会的相当性を欠く(労契法15条)ということもできず、懲戒権の濫用にも当たらないとした。  次に解雇について、同処分の後も始末書の提出を拒み、出勤停止中に出勤して威圧的、恫喝的な発言を繰り返してけん制したり、社内の不正疑惑について再度親会社に告発を繰り返したり、確信犯的に業務命令違反を繰り返し無用の混乱を招いたことは、著しい企業秩序無視の姿勢であり改善の余地はなかったのであるから解雇は社会的に相当と認められる(労契法16条)として請求を斥けた(不法行為、債務不履行にも該当しないと判示)。
参照法条 : 労働契約法15条
労働契約法16条
労働基準法9章
公益通報者保護法2条
公益通報者保護法3条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
解雇(民事) /解雇事由 /業務命令違反
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2013年3月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)4665
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2179号14頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐業務命令拒否・違反〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
 1 争点1(本件出勤停止処分の効力)について〔中略〕
 (2) 認定事実に基づく判断
 ア 原告の行為の懲戒事由該当性
 以上に認定したとおり、原告は、平成23年7月22日に本件警告書により、本件デジタルイラスト問題を蒸し返すことのないよう警告を受けるとともに、職務専念義務に従い就業時間中は業務外の文書、メールの作成等を禁じる旨の業務命令を受けたにもかかわらず、前記(1)エ(キ)認定のとおり、同月25日、E社長に対し、本件デジタルイラスト問題について告発する内容のメールを送信し、直接の面談を求め、それに同社長が応じないとみるや、同年8月5日には、本件デジタルイラスト問題を放置することは取締役の忠実義務違反に当たり、民事上の損害賠償責任や特別背任罪に該当するなどとの不穏当な言辞を用いたメールを送りつけ、E社長が本件警告書について承知しており、原告が同警告書に従った行動をとるよう希望する旨の返事をしたにもかかわらず、同月9日には、執拗にも8点もの質問をしたメールを送信しているもので、このような原告の一連の行為については、被告の就業規則79条5号及び80条3号所定の懲戒事由に該当するというべきである。
 また、原告が、同年8月10日から同月24日にかけてHに対し送信した一連のメールは、いずれも原告の異動希望に応じないとする合理的理由について回答することを求めるという同じ内容のものであって、従前のHの原告に対する態度に問題がなかったわけではないとはいえ、このようなメールを繰り返し送りつけるという態様自体が常軌を逸しているといわざるを得ず、業務を妨害する行為というべきであるし、その内容も、8月24日のメールにみられるように、「たかがマネージャーの分際で」とか「会社の意思をかたって私の異動を妨害する身の程を知らぬ行為は職権を濫用したパワーハラスメント以外のなにものでもない。」などと明らかに不穏当な言辞を用いて同人を誹謗するものであって、これも就業規則79条5号、6号、80条3号に該当するものである。〔中略〕
 (イ) 懲戒権の濫用に当たるとの主張について
 原告は、本件出勤停止処分が、懲戒権の濫用に当たるとする根拠事情として、原告が被告の不適切な取引について公益通報を行ったにもかかわらず、状況は何ら改善されないばかりか、その不正発注を追認するかのように同様の不適切な取引が再び開始され、公益通報を行った原告に対し様々な嫌がらせがなされたことからすると、社内のコンプライアンス維持のためにはE社長に直訴するしかないと考えて、同社長の見解を求めるメールを送信したにすぎず、このような行動はやむを得ない手段であったと主張する。しかしながら、前記(ア)で説示したとおり、原告は、自らの内部通報に理由がないことを知りつつ、かつ個人的目的の実現のために上記通報を行ったものであって、原告が主張するように、社内のコンプライアンス維持のためにやむを得ない行為であったということはできない。
 前記アで説示した本件出勤停止処分の懲戒事由該当事実は、いずれも意図的、確信犯的に被告の業務命令を無視するものであって、いずれも業務に支障を及ぼす程度も少なくなく、また、Hに対するメールは、同人を不当に誹謗する内容であるなど、その態様は悪質であることに照らすと、原告が主張するように、過去に原告に処分歴がないことに鑑みても、5日間の出勤停止という懲戒処分が、客観的に合理的に理由を欠き、社会的に相当性を欠く(労働契約法15条)ということはできない。
 したがって、懲戒権の濫用をいう原告の主張についても理由がない。
 (ウ) 小括
 以上のとおり、本件出勤停止処分については有効と認めるのが相当である。
〔解雇(民事)‐解雇事由‐業務命令違反〕
 2 争点2(本件解雇の効力)について〔中略〕
 (2) 認定事実に基づく判断
 前記1で説示したとおり、本件出勤停止処分は有効であるところ、原告は、同処分及びこれに先立つ本件警告書による警告を受けながら、前記(1)認定のとおり、なおもこれに真っ向から反抗する態度を示し続け、本件出勤停止処分に伴う始末書の提出を拒んだのみならず、本件出勤停止処分に基づく出勤停止期間中であるにもかかわらず原告が出勤した日時(平成23年9月1日)に関し賃金控除を行うという当然の措置を採ろうとしたGに対し、賃金控除を行うのは不当であるとして抵抗し、同人のことを労働関係法規を全く認識していないかのように罵り、かつ、法的措置をとるなどと威圧的、恫喝的な発言を繰り返した。また、本件デジタルイラスト問題に関しても再度ドイツ親会社の関係者に告発を繰り返すなど、確信犯的に業務命令違反を繰り返し、これにより無用の混乱を招いたものである。
 このように、原告の企業秩序無視の姿勢には著しいものがあり、かつ、従前の経緯に照らすと、もはや改善の余地はなかったというべきであって、このような観点から、被告が原告の解雇に踏み切ったことには、客観的に合理的な理由があり、かつ社会的に相当と認められる(労働契約法16条)。また、原告による公益通報が不正の目的に基づくものであり、本件解雇が公益通報者保護法3条に反しないことは、前記1で説示したところと同様である。
 原告は、本件解雇が本件労働審判の直後になされたことをもって、本件労働審判申立てに対する報復であると主張するが、同労働審判において原告の請求を棄却する旨の審判がなされたことにより本件出勤停止処分の有効性が公的に確認されたとの認識の下に、原告に対する解雇に踏み切ったと考えることもできるから、上記の事情のみで、それが不当な報復措置であるということは到底できない。
 したがって、本件解雇については有効と認めるのが相当であるから、原告の雇用契約上の地位確認、賃金並びに賞与請求については、争点3について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 3 争点4(被告の不法行為、債務不履行の成否等)について
 原告の不法行為、債務不履行については、いずれも本件出勤停止処分ないし本件解雇が違法であることを前提とするところ、既に説示したように、本件出勤停止処分ないし本件解雇はいずれも有効であると認められるから、これについて、不法行為ないし雇用契約上の債務不履行が成立する余地はないというべきである。なお、原告を解雇したことを社内で告知したことについては(書証略)、少々配慮に欠ける面はあるとはいえ、他の退職者とともに掲記される体裁であり、原告が解雇されたことだけをことさらに強調するものではないし、そもそも、本件解雇が有効である以上、不法行為ないし債務不履行と認める程の違法性があるとはいえない。