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ID番号 : 08960
事件名 : 時間外賃金等請求事件
いわゆる事件名 : ヒロセ電機事件
争点 : 電気会社を自主退職した元従業員が時間外割増等と虚偽申告強要に基づく損害賠償を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 電気機械器具の製造・販売業会社Yを自主退職した元従業員Xが、時間外割増・深夜割増賃金及び付加金の支払を求めるとともに、内容虚偽の労働時間申告書等をXに作成、提出させたとして不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、〔1〕休憩時間が実質45分であったとするXの主張について、休憩時間内に掃除やラジオ体操が行われたとしても、具体的な業務命令に基づくものではなく任意で行っていたものであり休憩時間と評価せざるを得ないとし、〔2〕変形労働時間制が適法に適用されていなかったとの主張については、就業規則で定められXも設定年間カレンダーどおりに勤務していたとし、〔3〕Xが行った出張に事業場外労働みなし制は適用されないとの主張については、YのXに対する具体的な指揮監督が及んでいるとはいえないからみなし制は適用されるとし、〔4〕時間外労働時間を認定する資料を入退館記録表によるべきとするXの主張には、Yにおける時間外労働時間は、時間外勤務命令書によって管理されていたと認定して、賃金上の請求をすべて棄却した(付加金も棄却)。 また、虚偽の残業申告強要の有無についても、週間業務表の記載からXが主張するように虚偽の報告を強制されていたと認めることはできず、強制された事実も証明されないとして、損害賠償請求を棄却した。
参照法条 : 民法709条
労働基準法32条の2
労働基準法37条
労働基準法38条の2
労働基準法89条
体系項目 : 労働時間(民事) /労働時間の概念 /体操
労働時間(民事) /労働時間の概念 /労働時間の始期・終期
労働時間(民事) /変形労働時間 /一カ月以内の変形労働時間
労働時間(民事) /事業場外労働 /事業場外労働
労働時間(民事) /時間外・休日労働 /時間外労働、保障協定・規定
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2013年5月22日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)1990
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働経済判例速報2187号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐労働時間の概念‐体操〕
 1 争点(1)ア(休憩時間が60分か45分か)について
 (1) 被告の就業規則61条2項によれば、休憩時間は、12時より12時50分まで(50分間)と、15時より15時10分まで(10分間)と定められており、休憩時間は60分とされている(書証略)。
 そして、被告では、休憩時間の開始及び終了の両方でチャイムが鳴っていたこと、休憩時間開始のチャイムを受けて従業員が一斉に休憩に入って、労働から解放された状態にあったことが認められる(証拠略)。
 以上からすると、被告においては、休憩時間が就業規則どおり合計60分与えられていたことが認められる。〔中略〕
 以上からすると、被告において、就業規則で定められた休憩時間内に掃除やラジオ体操が行われたことがあったとしても、具体的な業務命令に基づくものとは認められず、社員が労働から解放された自由時間において任意で行っていたものであって、休憩時間と評価せざるを得ないから、原告の主張は認められない。
〔労働時間(民事)‐変形労働時間‐一カ月以内の変形労働時間〕
 2 争点(1)イ(原告に対する変形労働時間制の適用の有無)について
 (1) 1ヶ月単位の変形労働時間制(労基法32条の2)が適用されるためには、就業規則その他これに準ずるものにより、〈1〉変形期間(1ヶ月以内の一定の期間)及びその起算日(労基法32条の2 労基則12条の2第1項)、〈2〉変形期間における各日、各週の労働時間(変形期間を平均し1週間当たりの所定労働時間が法定労働時間の範囲内であること)、〈3〉各日の始業及び終業時刻(労基法89条)を定めることとされている。
 (2) 被告の就業規則62条によれば、1ヶ月単位の変形労働時間制(変形期間4週間)を採用すること、起算日を毎年4月1日とすることが定められている(書証略)。また、被告の就業規則61条には、始業時刻、終業時刻が定められている(書証略)。そして、被告の就業規則62条1項3号に従って、4週間ごとに平均して1週間当たりの所定労働時間が40時間以内となるよう1日の所定労働時間及び1年間のカレンダー(書証略)が設定され、職場に回覧されるとともに、カードサイズのミニカレンダーとして全従業員に配布されていることが認められる(証拠略)。
 そして、原告は、現に1日の所定労働時間が8時間かつ1ヶ月単位の変形労働時間制に基づいて設定された年間カレンダー(書証略)のとおりに勤務していたことが認められる(書証略)。
 以上からすると、被告においては、原告も含めた全従業員に1ヶ月単位の変形労働時間制が適法に適用されていたということができる。
〔労働時間(民事)‐事業場外労働‐事業場外労働〕
 3 争点(1)ウ(事業場外労働のみなし制の適用の有無)について
 (1) 労働者が事業場外で業務に従事し、その労働時間を算定し難い場合については、事業場外労働のみなし制(労基法38条の2)が適用される。ここで、使用者の労働者に対する具体的指揮監督が及んでいる場合には、労働時間の算定が可能であるとして、事業場外労働のみなし制は適用されないとされている。なお、行政解釈によれば、労働時間の算定が可能な例として、〈1〉何人かのグループで事業場外労働に従事し、その中に労働時間を管理する者がいる場合、〈2〉無線やポケットベルなどによって随時使用者の指示を受けながら労働をしている場合、〈3〉事業場で訪問先や帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後に、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場に戻る場合を掲げている(昭和63年1月1日基発1号)。
 (2) 被告の旅費規程には、出張(直行、直帰も含む)の場合、所定就業時間勤務したものとみなすと規定されており(書証略)、出張の場合には、いわゆる事業場外労働のみなし制(労基法38条の2)が適用されることになっている。
 実際にも、原告の出張や直行直帰の場合に、時間管理をする者が同行しているわけでもないので、労働時間を把握することはできないこと(人証略)、直属上司が原告に対して、具体的な指示命令を出していた事実もなく、事後的にも、何時から何時までどのような業務を行っていたかについて、具体的な報告をさせているわけでもないことが認められる(人証略)。原告も、出張時のスケジュールが決まっていないことや、概ね1人で出張先に行き、業務遂行についても、自身の判断で行っていること等を認めている(人証略)。なお、原告は、被告が原告に指示していた業務内容からして必要な勤務時間を把握できたはずであると主張しているが、かかる事実を認めるに足りる具体的な事実の指摘はなく、原告の主張を認めるに足りる証拠もない。
 以上からすると、原告が出張、直行直帰している場合の事業場外労働については、被告の原告に対する具体的な指揮監督が及んでいるとはいえず、労働時間を管理把握して算定することはできないから、事業場外労働のみなし制(労基法38条の2第1項)が適用される。
〔労働時間(民事)‐労働時間の概念‐労働時間の始期・終期〕
〔労働時間(民事)‐時間外・休日労働‐時間外労働、保障協定・規定〕
 4 争点(1)エ(時間外労働時間を認定する資料として、入退館記録表によるべきか、時間外勤務命令書によるべきか)について
 (1) 始業時刻前の時間外労働について
 被告の就業規則61条には、始業時刻、終業時刻、休憩時間が明示されており(書証略)、被告においては、始業時刻と終業時刻においてチャイムが鳴らされ、始業時刻のチャイムが鳴るまでは自由時間とされていることが認められる(人証略)。
 以上からすると、被告においては、入退館記録表(書証略)に記載された入館時刻から労働に従事していたと認めることはできず、始業時刻前の時間外労働についてはこれを認めることはできない。
 なお、原告は、始業時刻前に、作業服に着替えることを義務付けられていたと述べているが、C課長は作業着の着用を命じたことはないと述べており(人証略)、原告自身も、被告からいつ、どのように命じられたかについても明らかにしておらず(人証略)、義務付けがあったと認めるに足りる証拠はない。また、被告においては、入退館記録表(書証略)に打刻された入館時刻を遅刻出勤時の参考情報としていたようであるが(証拠略)、かかる取扱いから直ちに、打刻された入館時刻から始業時刻までの間に就労していたと推認することもできない。
 (2) 終業時刻後の時間外労働について
 ア 被告の就業規則70条2項によれば、時間外勤務は、直接所属長が命じた場合に限り、所属長が命じていない時間外勤務は認めないこと等が規定されている(書証略)。
 また、平成22年4月以降の時間外勤務命令書には、注意事項として、「所属長命令の無い延長勤務および時間外勤務の実施は認めません。」と明記されていること、かかる時間外勤務命令書について原告が内容を確認して、「本人確認印」欄に確認印を押していることが認められる(証拠略)。
 以上からすると、被告においては、所属長からの命令の無い時間外勤務を明示的に禁止しており、原告もこれを認識していたといえる。
 イ 次に、被告の就業規則70条2項、71条によれば、被告が従業員に対して、時間外勤務を命じる場合には、その都度、所属長が対象となる従業員の氏名、時間数及び理由を記載した会社所定の「時間外勤務命令書」に、記名捺印の上、事前に当該従業員に通知することになっている(書証略)。
 そして、実際の運用として、原則として夕方(16時頃)、従業員に時間外勤務命令書を回覧し、従業員に時間外勤務の希望時間及び時間外業務内容を記入させて本人の希望を確認し(希望時間は時間外勤務の「命令時間」欄に記入させる。)、所属長が内容を確認し、必要であれば時間を修正した上で、従業員に対して時間外勤務命令を出すこと、従業員は、時間外勤務終了後、所定の場所に置いてある時間外勤務命令書の「実時間」欄に、時間外勤務に係る実労働時間を記入すること、所属長は、翌朝、「実時間」欄に記入された時間数を確認し、必要に応じてリーダー及び従業員本人に事情を確認し、従業員本人の了解の下、前日の時間外労働時間数を確定させ、確定後、従業員が「本人確認印」欄に押印していたことが認められる(証拠略)
 ウ 以上からすると、被告においては、就業規則上、時間外勤務は所属長からの指示によるものとされ、所属長の命じていない時間外勤務は認めないとされていること、実際の運用としても、時間外勤務については、本人からの希望を踏まえて、毎日個別具体的に時間外勤務命令書(書証略)によって命じられていたこと、実際に行われた時間外勤務については、時間外勤務が終わった後に本人が「実時間」として記載し、翌日それを所属長が確認することによって、把握されていたことは明らかである。
 したがって、被告における時間外労働時間は、時間外勤務命令書によって管理されていたというべきであって、時間外労働の認定は時間外勤務命令書によるべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 6 争点(3)(虚偽の残業申告強要の有無)について
 (1) 原告は、被告において、虚偽の残業申告の強要が行われていたと主張する。しかしながら、上記4のとおり、被告において、時間外勤務は、時間外勤務命令書で命令されたことによって行われることとされており、そのことを原告も認識していた。また、時間外勤務命令書で命令された時間外勤務が終了した後、実時間として実際に時間外勤務をした時間を原告自身が報告し、確認することにもなっており、その過程において、具体的に原告が虚偽の報告を強要されていたという事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも、原告は、いくつかの証拠をもって、かかる事実を主張しているので、その点について以下、検討する。〔中略〕
 (6) 以上からすると、原告は、時間外労働について、実際とは異なる虚偽の報告を強制されていたと主張するが、かかる原告の主張を認めるに足りる証拠はないと言わざるを得ない。