全 情 報

ID番号 08991
事件名 労働契約上の地位確認等請求事件
いわゆる事件名 社会福祉法人県民厚生会ほか事件
争点 デイサービスセンター長に対する業務上疾病による休業中の退職処分の有効性等が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 (1) 被告社会福祉法人県民厚生会(Y1)の職員であった原告(X)が、①デイサービスセンター長から法人付きへの降格処分を受け、②業務上の疾病による休業中であるにもかかわらず、休職期間満了による退職処分を受けたことはいずれも無効であるなどとして、地位の確認等を求め、さらに、③Y1及びY1の常務理事であった被告(Y2)に対し、Y2からパワーハラスメント(以下、パワハラという。)を受けたため適応障害に陥った等と主張して、これに対する損害賠償等を求めたもの。
(2) 静岡地裁は、退職処分は無効としたものの、降格処分の違法性は認めず、パワハラによる損害も認めなかった。
なお、労働基準監督署長は、Xの症状が業務起因性を有するものと判断し、療養給付等の支給決定をしている。
参照法条 労働基準法19条
労働基準法75条
労働基準法76条
労働基準法81条
民法536条
民法709条
民法715条
介護保険法24条
体系項目 解雇(民事)/解雇制限(労基法19条)/19条違反の解雇の効力
懲戒・懲戒解雇/懲戒権の限界
賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2014年7月9日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(ワ)963号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1105号57頁
審級関係
評釈論文
判決理由 争点(1)(Y2によるパワハラ行為の存否等)について
Y2がXに対し、頻繁に利用者拡大のための改善策を提案させたり、利用者拡大のために必要な措置(チラシ配り等)を取るように求めたとしても、Y1の常務という職務に照らして不当であるとはいえない。そして、その他、Y2がその職務上の立場を利用して、日常的にXに対して威圧的な言辞を用いたり、業務上の適正な範囲を超える業務を強要したとまで評価し得るような具体的事実を認めるに足りる証拠はない。
特養ないしデイサービスから返還するべき受給金を減少させるべく、Y2がXに対してデイ看護師勤務表の作り直し作業を指示した旨のXの供述ないし陳述書(証拠略)の記載は概ね信用できるというべきである。
以上によれば、Xは、Y2の指示に従いデイ看護師勤務表の作り直し作業を行ったものと認めるのが相当である。
確かにXが行ったデイ看護師勤務表の作り直し作業は時間と労力を要する作業であったとはいえるものの、上記説示したところに照らせば、Y2がXに指示してデイ看護師勤務表の作り直し作業を行わせたことをもって、Xに対する違法行為であるとは認められない。
以上によれば、常務であるY2が、デイサービスの運営に当たり、センター長であるXに対して指示や叱責をすることが少なくなかったことが窺われるものの、さらに、Xに対し、自己の職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与えるなどといったパワハラ行為をしたとは認められない。したがって、Y2のパワハラ行為を理由とする、XのY2及びY1に対する不法行為(民法709条、715条1項)に基づく損害賠償請求は理由がない。
争点(2)(本件退職処分の有効性、Y1の安全配慮義務違反)について
労働基準法19条1項本文が業務上の傷病により療養している者の解雇を制限した趣旨は、労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは自己の責めに帰すべき事由による債務不履行の状況にあるとはいえないことから、使用者が打切補償(労働基準法81条)を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り、労働者が療養(労働基準法75条、76条)のために安心して休業できるように配慮したところにあると解される。そうすると、解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは、労働災害補償制度における「業務上」の疾病の判断を同様にすべきであると解される。
労働災害補償制度における「業務上」の疾病とは、業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ、同制度が使用者の危険責任に基づくものであると解されることからすれば、当該疾病の発症が当該業務に内在する危険の現実化したものと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。そして、発症と業務との間に相当因果関係が存在するというためには、当該労働者の担当業務に関連して精神障害を発病させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在することが客観的に認められる必要があり、当該労働者と同種の職種において通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者を基準として、労働時間、仕事の質及び責任の程度等が過重であるために当該精神障害が発病させられ得る程度に強度の心理的負荷となっている場合、そのような十分な強度を有する精神的負担ないしストレスがあると判断すべきである。
したがって、労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは、その疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められ、もって当該業務と相当因果関係にあるものをいうと解するのが相当である。
Xは、平成19年3月16日にデイサービスのセンター長に就任し、デイサービスが同年6月に開所して以降は、現場で介護業務に携わる傍ら、センター長としての管理業務を遂行し、平成21年9月にはデイ看護師勤務表の作り直し作業に携わるなどして多忙を極めていたものであり、その後、デイ看護師勤務表の作り直し作業の違法性を危惧して不安感を強める一方、上司であるY2との軋轢や職場における孤立感によって心身の疲労が蓄積した結果、平成22年2月にうつ病との診断を受けたものであって、こうした経緯に照らせば、Xがデイサービスのセンター長として携わっていた業務は、客観的にみて、Xに精神障害を発病させるに足りる程度の十分な強度の精神的負担をかけるものであったといえる。
Xが平成22年2月15日に診断を受けた適応障害は、きららAでのセンター長としての業務に内在する危険が現実化したものであると認めるのが相当である。そうすると、Xの当該業務と適応障害の発症との間には相当因果関係があるということができるから、Xの適応障害は業務上の疾病であると認められる。
したがって、本件退職処分は、Xが業務上「疾病にかかり療養のために休業する期間」にされたものと認められるから、労働基準法19条1項本文に反して無効というべきである。
争点(3)(本件降格人事の有効性)について
認定事実によれば、本件降格人事に伴い廃止された業務手当は時間外手当の実質をもつものであり、また、同月16日以降は業務手当自体の廃止により、センター長の地位にあっても実働に応じた時間外手当の支給が行われるものといえるから、業務手当の廃止に伴う減給は、本件降格処分に基づく不利益とはいえない。すなわち、本件降格人事は、Xからセンター長たる地位を奪うものではあっても、給与面では、センター長たる地位にあった場合に比較して、Xに何ら不利益を与えるものとは認められない。
そうであれば、Xが休職に至った経緯を考慮してもなお、本件降格人事はY1の人事権の裁量の範囲内にあるものとして有効というべきであり、これに反するXの主張は採用することができない。
争点(4)(未払賃金額)について
前記で認定・説示したとおり、Y1のXに対する本件退職処分は無効であり、Xは、業務上の疾病である適応障害により社会通念上労務の提供が不能になっているといえるから、民法536条2項本文により、Y1に対し、休職期間中及び本件退職処分後の賃金請求権を失わないと認められる。