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ID番号 09020
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 社会医療法人T事件
争点 個人情報の共有とその後の就労制限が不法行為に当たるかが争われた事案(原告一部勝訴)
事案概要 (1) Y経営のA病院看護師であるXが、検査の結果HIV陽性と診断されたが、①Xの同意なくA病院の医師及び職員が他の職員らに情報を共有したことが、個人情報保護法に反し、Xのプライバシーを侵害する不法行為であり、②その後にA病院の医師を含む職員が行ったXとの面談でHIV感染を理由にXの就労を制限したことが、Xの働く権利を侵害する不法行為であるとして、損害賠償等を求め提訴したもの。
(2) 福岡地裁久留米支部は、Xの請求を一部認容した。
参照法条 個人情報の保護に関する法律2条
個人情報の保護に関する法律16条
個人情報の保護に関する法律18条
個人情報の保護に関する法律23条
個人情報の保護に関する法律34条
個人情報の保護に関する法律56条
労働安全衛生法68条
民法709条
民法710条
民法715条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/自宅待機命令・出勤停止命令
労働安全衛生法/健康保持増進の措置/病者の就業禁止
裁判年月日 2014年8月8日
裁判所名 福岡地裁久留米支部
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(ワ)7号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 判例時報2239号88頁
労働判例1112号5頁
労働経済判例速報2225号3頁
審級関係 控訴審 福岡高裁/平成27年1月29日/平成26年(ネ)692号
評釈論文 折橋洋介・季報情報公開・個人情報保護56号21~24頁2015年3月
王子裕林・LIBRA15巻7号50~51頁2015年7月
判決理由 争点(1)(本件情報共有による不法行為の成否)について
法(個人情報の保護に関する法律)23条1項(第三者提供の制限)違反の有無について
一般に「第三者」とは当事者以外の者をいい、同条において「第三者」への個人データの提供は所定の要件に該当しない限り禁止され、これに違反した場合には、主務大臣は、その個人情報取扱事業者に対してその違反を是正するために必要な措置をとるべき旨を勧告し、その勧告に係る措置や必要な措置をとるべきことを命ずることができ(法34条)、これらの命令に違反した者は懲役又は罰金に処するとされている(法56条)。そうすると、上記「第三者」に当たるか否かは外形的に判断されるべきであって、ある情報を保有する個人情報取扱事業者(法2条3項)及び当該情報の主体である本人(同条6項)以外の者を意味するというべきである(なお、個人情報ガイドラインにおいても、同一事業者内で情報提供する場合は当該個人データを第三者に提供したことにはならないこととされている(証拠略))。
これを本件についてみると、本件情報共有は、Yの非常勤医師であるG医師から順次Y内部の医師、看護師及び事務長に情報提供されたものであり、同一事業者内における情報提供というべきであるから、第三者に対する情報提供には該当せず、法23条1項には反しない。
法16条1項(利用目的による制限)違反の有無について
個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用目的をできる限り特定しなければならず(法15条1項)、あらかじめ本人の同意を得ないでこの特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱ってはならない(法16条1項)。
Y個人情報保護規定において、個人情報の利用は、原則として収集目的の範囲内で、業務の遂行上必要な限りにおいて行うとされていることは上記で判示したとおりであり、これは本人が個人情報を提供する際、これを収集する相手方との間における収集目的の範囲内であれば、本人としてもこれを利用することに同意しているものと考えられることによるものと解される。したがって、上記収集目的は個人情報の本人からこれを取得する際の目的をいうものであるところ、本件情報が本人であるXから取得されたのは、Xが患者として本件病院を受診したことによるものであり、雇用管理や事業の運営を目的としていたものではないから、その利用目的は上記規定にいう患者等に対する医療・介護の提供などに限られるというべきである。公表されている利用目的であれば、その取得の経緯にかかわらず個人情報を利用することができる旨のYの主張は、個人情報の本人が予測していなかった目的でこれを利用することになりかねず、失当であることは上記で判示したことから明らかである。
本件情報共有が行われた当時において、HIV感染者に対する偏見・差別がなお存在していたことが認められ、HIV感染症に罹患しているという情報は、他人に知られたくない個人情報であるといえる。したがって、本件情報を本人の同意を得ないまま法に違反して取り扱った場合には、特段の事情のない限り、プライバシー侵害の不法行為が成立する。
争点(2)(本件面談における不法行為の成否)について
HIV感染医療従事者が患者に感染させたという報告は、当時において世界中でわずか数例であり、看護師に限れば1件である。したがって、他の患者に感染させる危険性が一定程度あったとまでは認められないし、上記2(3)ア(略)のとおり、適切な予防措置を講じることによって大多数の医療行為で感染の危険をなくすことができるという見解も示されている。
また、医療機関等の職場についても、HIVに感染した労働者であっても、原則として、その処遇において他の労働者と同様に扱われるべきであった(エイズガイドラインの改正はこのことを念のために明記したものと解される。)。そうすると、Yは、雇用者として、Xの意向を確認した上で、配置転換の要否を含めて、Xが従事すべき今後の業務を検討すべきであり、そうした措置を検討することなくXの就労を制限したことは正当な理由を欠くものである。
被用者が勤務を休むことについては、その自由な意思に基づくものでなければならず、雇用者がこれを妨げ、被用者に対して勤務を休むように指示するなどして勤務を休むことを強いることは不法行為となるものということができる。