全 情 報

ID番号 09028
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 クレイン農協ほか事件
争点 上司のノルマ設定と叱責により自殺した職員の遺族に対する上司および農協組合の損害賠償責任が問われた事案(労働者勝訴)
事案概要 (1)クレイン農業協同組合(被告Y1)のB支店に勤務していたCの両親(原告X1、X2)が、Cが自殺したことは、B支店長(被告Y2)がCに対して、営業上のノルマを挙げるよう叱責を繰り返し、さらには暴行を加えたことなどにより、Cが精神的にその職務負担に耐えきれなくなったことが原因であるなどと主張して、Y2には民法709条に基づき、Y1には715条に基づき、連帯して損害賠償請求を行った。
(2)甲府地裁はXらの請求を一部認容。
参照法条 民法709条
民法715条
民法722条2項
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務 /業務命令
裁判年月日 2015年1月13日
裁判所名 甲府地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(ワ)第487号
裁判結果 一部容認、一部棄却
出典 労働判例1129号67頁
審級関係
評釈論文
判決理由 (1) 過失について
ア(ア) ノルマの達成について
Y1やY2からすれば、Cに課したノルマの量は他の職員の3分の1〜4分の1程度と評価する程度であった。
それにもかかわらずCのノルマの達成状況は芳しくなく、Y2は、月に2、3回、ノルマの達成を促す注意や時には大きな声を出して叱責を行っていた。
これに対し、Cは、顧客の新規勧誘によってノルマをこなすことができず、ノルマを達成するため、平成21年11月の時点で、既に毎月5万円を超える保険料の負担を強いられており、平成22年度も、2か月で4%程度しかノルマが達成できていなかった。
しかも、Cがノルマを達成できないことにより、他のB支店の職員に対しても迷惑を掛けることになっていた。
これらのことからすれば、Cにとって、ノルマの達成は大きな心理的負担になっていたことが認められる。
このことは、Cの異動の希望がかなわなかった平成22年2月10日の進発式で、Y2から「今年もがんばろう。」と言われたにもかかわらず、「自分にはできません。」と発言していたことからもうかがわれる(上司に向かってこのような発言をすること自体、Cの精神の不安定さを示すものといえる。)。
職員に一定のノルマを課すことやノルマの不達成を叱責すること自体は、一定の範囲で許容されるといい得る。しかしながら、上記のような心理的負担を感じているCに対し、ノルマの不達成を叱責すること自体、大きな心理的負荷をかけたと評価できる。
(イ) 本件暴行
Cは、自ら進発式の帰りにYを自分の自動車で送ることを申し出たのに(Cは、酒が嫌いではないのに、酒を飲まず、上司を自宅に送り届けるため自動車を運転するというのは通常ならば考え難い。)、長く待たせたことを理由に、Y2から暴行を受け、上記傷害を負った。
上記のとおり、本件暴行はその回数も多く、その態様も、Y1B支店の職員から羽交い締めにされてようやくやめていることからすると、暴行の程度はひどく、執拗であったものといえる。
加えて、Y1内において、本来、業務に関した進発式において発生したことから、本件暴行を上部に報告すべきことであるのに、本件暴行の事実がY1B支店の上部組織に報告がされておらず(甲11)、Y1は何ら組織的に本件暴行に対する対応をしていない。
そうすると、このような暴力行為が、直接指導を受けることもある上司であり、かつ、B支店のトップであるY2からされたことに加えて、事後的にも、Y1内での対応がなかったことからすると、これがCに与えた心理的負荷は極めて大きかったといわなければならず、Cが正常な状態で、Y1B支店での勤務を継続することは客観的にも困難な状況にあったといえる。
(ウ) 本件暴行後の状況
Y2は、本件暴行後においても、特段Cの精神状態に配慮することなく、Cの職務が適切にされていないことを理由に、他の職員もいる前で、叱責の際にファイルで殴打し(上記1(4))、「給料を返してもらわなければならない。」との発言をする(上記1(7))などした。上記(イ)の当時のCの状況からすると、これら一つ一つの行為によるCへの心理的影響は大きかったといわざるを得ず、Cが、これ以上、Y1で勤務することに困難を感じたとしても相当のものといえる。
イ Y2は、自ら上記の行為を行っており、上記アでみたCの精神状態を認識し得た上、そのような中でCに対し、笑いながら自殺するなよという趣旨の発言などをしていること(上記1(5))からすると、Cの自殺につき予見可能性が認められ、過失があったといえる。
(2) 違法性について
上記(1)で判示したところに照らせば、Y2の各行為は、通常の業務上の指導の範囲を逸脱したものといえるから、違法性が認められる。
(3) 因果関係について
ア 上記(1)で判示したところによれば、本件暴行等がCに与えた心理的負荷の程度は、総合的に見て過重で強いものであったと解されるところ、前記1で認定したとおり、Cが無気力な発言をしていること(上記1(3)ア)、本件自殺の態様(上記1(8))などに照らせば、Cは、従前から相当程度心理的ストレスが蓄積していたところに、本件暴行を受け、それに対するY組合内部で適切な対応がされなかったこと(上記2(1)ア(イ))や、その後もY2による叱責等が続いたこと(上記1(4)〜(7))などにより、心理的ストレスが増加し、急性ストレス反応を発症したと認めるのが相当である。なお、山梨県労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会も、同様の認定をしている(甲10)。
そうすると、Cは、上記急性ストレス反応により、自殺するに至ったと認めるのが相当である。
したがって、Y2とCの死亡との間には、相当因果関係があるというべきである。
(4) まとめ
以上より、その余の主張を検討するまでもなく、Y2には民法709条に基づく不法行為責任が認められ、支店長であるY2を雇用していたY1には民法715条に基づく使用者責任が認められる。