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ID番号 09087
事件名 労働者災害補償保険不支給決定の変更決定取消請求事件
いわゆる事件名 国・函館労基署長事件
争点 労災保険法14条1項の労働不能の概念が問題となった事案(労働者勝訴)
事案概要 (1) Z株式会社(以下「Z社」という。)の従業員であった原告Xが、派遣先の上司からセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)を受けたことにより精神障害を発病して労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償の支給を請求したのに対し、XがZ社を退職した後、別紙2の「通院日」と記載されている日にBメンタルクリニックに通院し、「司会」と記載されている日に司会業務(就労先‥有限会社D)を行い、「選挙事務所への勤務」と記載されている期間に函館市議会議員C(以下「C市議」という。)の選挙事務所に勤務し、「看護学校講師」と記載されている日にE看護学校(以下「本件看護学校」という。)の講師業務を行っていたために、函館労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)から別紙1の日に係る部分について支給しない旨の処分を受けたことから、その取消しを求め被告Y(国)提訴したもの。
(2) 札幌地裁は、Xの遷延性抑うつ反応という症状が継続していることを認め、Xの請求を認容した。
参照法条 労働者災害補償保険法14条1項
体系項目 労災補償・労災保険/審査請求・行政訴訟/国等による支給処分の取消等
裁判年月日 2015年3月6日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成24年(行ウ)第35号
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例1126号46頁
賃金と社会保障1649・1650号67頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-国等による支給処分の取消等〕
 労災保険法14条1項の「労働することができない」との要件については、被災前に従事していた労働に従事できない場合を指すのか、あるいは一般的に労働不能であることを要するのかについて議論のあるところである。しかし、これを抽象的に論じてみても、本件における結論とは直結しない。
 ところで、本件においては、上記要件につき一般的に労働不能であることを要するとの立場を採る処分行政庁が、選挙事務所就労前において、Xが司会業務に従事して賃金を得ている日を除く合計181日について休業補償給付を支給しており、上記「労働することができない」との要件を充たすものと判断している。そして、本件全証拠によるも、この判断を覆すべき事情はない。
 そうすると、Xが選挙事務所就労後の期間において「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」との要件を充足するか否かについて判断するに当たっては、Xの選挙事務所就労後の症状が、選挙事務所就労前のそれと比較して改善しているか否かという観点で検討することが相当である。
 上記認定事実によれば、適応障害は、症状が安定しているように見える場合であっても、発症の原因となったストレス因に暴露されることにより症状が悪化し、また、逆にストレス因から解放されることにより症状が軽快するものであり、症状の重症度に波が見られることに特徴があるから、選挙事務所就労後の時点におけるXの症状が改善しているか否かは、同時点におけるXが受けた業務に起因するストレス因の有無に着目して検討を行う必要があるものと解される。(中略)
 適応障害による症状の持続期間については、通常6か月を超えないとされているものの、2年を超えない範囲で、遷延性抑うつ反応が持続し得るとされている。上記のとおり、Xは、Z社を退職するまでの間、セクハラや嫌がらせ及びこれに関連するストレスを受けており、これらストレス因に曝された期間は約2年7月の長期に及ぶものであることに照らすと、Xの症状は、遷延性抑うつ反応として理解することができる。そして、本件においてXが休業補償給付を申請している期間は、症状のピークであるとYも認めるZ社退職の時点(平成18年7月7日)から2年以内の範囲に含まれている。
 (5) 以上によれば、Xは、別紙1の日においても休業の必要性があったというべきであり、司会業務等に従事していた日を除き、「業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」との要件を充足すると解すべきである。