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ID番号 09093
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 山梨県民信用組合事件
争点 退職金支給基準の不利益変更への個別同意の有効性が問われた事案(労働者勝訴)
事案概要 (1) A信用組合の職員であったX(原告、控訴人、上告人)らが、同組合とY(被告、被控訴人、被上告人)との合併によりXらに係る労働契約上の地位を承継したYに対し、A信用組合の本件合併当時の職員退職給与規程における退職金の支給基準に基づき退職金の請求を求めた事案である。
(2) 甲府地裁および東京地裁は、合併後にYにより退職金規定は有効に変更されているとして、Xらの請求をいずれも棄却したが、最高裁は、Yによる退職金支給基準変更についてXらの合意を認定した原審の判断を違法とし、原審に破棄差戻した。
参照法条 労働契約法8条
労働契約法9条
労働契約法10条
労働組合法16条
体系項目 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/(2)退職金
就業規則(民事)/就業規則と労働契約
就業規則(民事)/就業規則と協約
裁判年月日 2016年2月19日
裁判所名 最高裁第二小法廷
裁判形式 判決
事件番号 平成25年(受)第2595号
裁判結果 破棄差戻し
出典 最高裁判所民事判例集70巻2号123頁
裁判所時報1646号1頁
判例時報2313号119頁
判例タイムズ1428号16頁
金融法務事情2058号72頁
金融・商事判例1505号8頁
労働判例1136号6頁
労働経済判例速報2280号3頁
労働法律旬報1862号48頁
審級関係 一審 甲府地裁/平成24年9月6日/平成22年(ワ)542号
控訴審 東京高裁/平成25年8月29日/平成24年(ネ)6685号
評釈論文
判決理由 〔就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/(2)退職金〕
〔就業規則(民事)/就業規則と労働契約〕
 労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和四四年(オ)第一〇七三号同四八年一月一九日第二小法廷判決・民集二七巻一号二七頁、最高裁昭和六三年(オ)第四号平成二年一一月二六日第二小法廷判決・民集四四巻八号一〇八五頁等参照)。
 本件基準変更に対する管理職Xらの同意の有無につき、上記(ア)のような事情に照らして、本件同意書への同人らの署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くすことなく、同人らが本件退職金一覧表の提示を受けていたことなどから直ちに、上記署名押印をもって同人らの同意があるものとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。
〔就業規則(民事)/就業規則と協約〕
 本件労働協約は、本件職員組合の組合員に係る退職金の支給につき本件基準変更を定めたものであるところ、本件労働協約書に署名押印をした執行委員長の権限に関して、本件職員組合の規約には、同組合を代表しその業務を統括する権限を有する旨が定められているにすぎず、上記規約をもって上記執行委員長に本件労働協約を締結する権限を付与するものと解することはできないというべきである。そこで、上記執行委員長が本件労働協約を締結する権限を有していたというためには、本件職員組合の機関である大会又は執行委員会により上記の権限が付与されていたことが必要であると解されるが、原審は、このような権限の付与の有無について、何ら審理判断していない。したがって、上記の点について審理を尽くすことなく、上記規約の規定のみを理由に本件労働協約が権限を有しない者により締結されたものとはいえないとして、組合員Xらにつき本件労働協約の締結による本件基準変更の効力が生じているとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。