全 情 報

ID番号 10024
事件名 業務上過失致死傷、労働基準法違反被告事件
いわゆる事件名 河村産業所事件
争点
事案概要  コンクリート打設中の作業員が、支柱がコンクリートの荷重に耐えず倒壊したため、床上に落下し、コンクリート内に埋没して死亡した事例で使用者の労基法四二条違反の責任が問われた事例。
参照法条 労働基準法10条
労働基準法42条
刑法211条
体系項目 労基法総則(刑事) / 使用者
裁判年月日 1972年2月28日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (う) 262 
裁判結果 有罪(禁錮4か月・執行猶予2年)
出典 高裁刑集25巻1号26頁/時報666号94頁/タイムズ277号270頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法総則-使用者〕
 労働基準法第一〇条は、「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」と規定しているが、同法は、労働者の労働条件の保護と向上を目的として、制定せられたものであり、同法による規制の対象も、労働契約、賃金、労働時間、休憩、休日および年次有給休暇、安全および衛生、女子および年少者、災害補償、就業規則ならびに寄宿舎等多方面にわたつているから、同法第一〇条にいう「使用者」の概念は、同法による規制の全般について、画一的にこれを定めることはできないところであつて、例えば、賃金支払いの面において、使用者である者が、必ず、安全衛生の面においても、使用者でなければならないわけのものではなく、安全衛生の面においては、同法による規制の目的にそうように、その他の規制面におけるとは、別個に、「使用者」の概念を定めるべきものと解する。そうでなければ、現今におけるごとく、複雑多様な労働関係において、労働者の労働条件の保護と向上を図ることは困難となるからである。本件について、これをみるに、本件建築工事におけるごとく、数次の請負によつて、工事が行なわれる場合においては、例えば、型わく支保工という一つの設備等について、次々と下位の請負人の労働者がこれを使用することになるのであり、元請けの労働者はもとより、これら下請けの労働者も、その安全性について、重大な利害関係を有するものであるから、右の設備等を施工する下請人において、労働基準法上の安全義務を尽くしうる能力があれば格別、そうでなければ、工事を総括する元請人において、同法上の義務を負担しなければ、極めて不合理、不都合な結果を生ずることとなり、また、下請関係の形態にも、種々の段階が存し、名目上は、同じく請負であつても、全く下請人の責任において、契約した仕事を完成し、労働者に関する労働基準法その他法律上の全義務を負担する場合もあれば(このような場合には、労働災害防止団体等に関する法律の適用があることが多いであろう)、あるいは、下請人が材料の全部または一部を自ら提供し、元請人の指揮監督に従つて、契約した仕事を完成するに過ぎず、特に、労働者の安全面における法的義務の負担能力がない場合もあり(弱小業者の場合)、さらには、下請人が単に労働者を供給するにひとしい場合も存するのであり、このような、使用する労働者の安全面における法的義務を負担する能力のない下請人に、右の法的義務を負担させ、右法的義務の負担能力を有する元請人に、その責任を免れさせることは、極めて不合理、不都合であるというほかなく、従つて、かかる場合、元請人において、雇傭関係にはない下請け、さらには孫請け等、賃金の支払い、その他の一般的な労務管理面については、関係を有しない労働者に対する関係においても、当該労働者の保護と安全を確保すべき施設の施工ならびにその利用に関し、当該労働者に対して、実質的な指揮監督の権限を有する者である以上、これを労働基準法第一〇条および第四二条にいう「使用者」に該当するものと解すべきであり(同法第八七条の規定が存することをもつて、これを反対に解すべきものではないと思料する)、そして、以上のように解するならば、被告人は、同法第一〇条にいうところの「その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為するすべての者」、すなわち、同法にいう「使用者」に該当し、同法第四二条に規定する使用者としての義務を負担するものとしなければならない。
 そうとすれば、原判決が本件建築工事において、前記の型わく支保工の組立工事を施工したのは、A等の下請業者であり、被告人は、元請人であるB産業の単なる現場監督者に過ぎず、右の型わく支保工の組立作業に従事した下請業者の労働者との間に、使用関係を生ずるいわれはないとし、労働基準法第四二条にいう「使用者」には当らないとして、被告人に対し、本件労働基準法違反の公訴事実につき、無罪を言い渡したのは、本件建築工事全般、なかんずく、右の型わく支保工の組立作業における被告人の実質的な権限と義務についての事実を誤認し、ひいては、労働基準法第四二条、第一〇条の解釈適用を誤つたものとするほかなく、なお、右の労働基準法違反の公訴事実は、原判決が有罪として認定処断した前記の業務上過失致死傷の公訴事実と併合罪の関係にあるものとして、公訴を提起せられたものであるから、原判決は、爾余の量刑不当に関する諭旨につき、判断を加えるまでもなく、全部破棄を免れない。