全 情 報

ID番号 10239
事件名 労働基準法違反事件
いわゆる事件名 松江硝子工業所事件
争点
事案概要  時間外労働、休日労働、深夜業の各違反につき経営者、共同出資者および経営者の内縁の妻が起訴された事例(内縁の妻は無罪、その他の者有罪)。
参照法条 労働基準法10条
労働基準法37条
体系項目 労基法総則(刑事) / 使用者 / 労基法の使用者
賃金(刑事) / 割増賃金の不払い
裁判年月日 1950年7月17日
裁判所名 松江地
裁判形式 判決
事件番号
裁判結果 一部無罪・一部有罪(罰金4,000円,罰金3,000円)
出典 裁判資料55号555頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法総則-使用者-労基法の使用者〕
 労働基準法第十条によれば、事業主又は事業の経営担当者のみならず、苟くも事業主のために行為をする者は、広範囲に使用者としての責任を負担しなければならない訳であつて、事業主の妻若しくは内縁の妻のように事業主と特殊な身分関係に在る者が、右責任を負担しなければならない事例の少くないであろうことは容易に想像することができる。右法条の精神は、或いは、事業主と特殊な身分関係に在る者が、或いは又、労働者のうち特殊な職務を担当する者が、事業主の地位に隠れて横暴を逞しうする等、無責任な行動に出ることがないように、不当なる権力の行使に対し労働者の地位を守らんとするに在ることは論を俟たない。併しながら、妻若しくは内縁の妻が、或る程度事業主より工員に対する指示の伝達に当ることがあるにせよ、単に事業主と特殊な身分関係に在るが故に、常に当然にこれに対し使用者としての責任を追求すると謂うことは当らない。要点は、各具体的事案において、右のような特殊な地位に在る者が、事業主のために代行するに当つて、その自由なる意思に基いて、権力の発動に作用を及ぼすことができる余地があるか否かに在る。因に、労働基準法の規定の体裁から見れば、同法の各法条に違反する犯罪は、単なる行政犯として規定されているようであるが、新憲法の理念に基いて労働基準法が制定せられてから既に満三年以上経過しその間監督機関の不断の努力によつて労働基準法の趣旨もかなり普及徹底した現在においては、労働基準法違反罪も既に所謂自然犯たるの性格を帯有するに至つたものと称することができる。併し、そのいずれに属するを問わず、苟くも犯罪の成否を考察するに当つて、労働基準法違反罪なるが故に、犯罪の構成に関する一般理論の適用が排除せられるものでないことは論を俟たない。本件において、前敍のように、被告人Y1が、或る程度事業主より女子工員に対する指示の伝達に当つたことがある事実を推認することができるとしても、その際、同被告人において、相被告人Y2の判示犯行を阻止するにつき、相当の努力を期待することができる事情の存在を肯定するに足る証拠がないのである。尚、本件被告事件のうち被告人Y1に対する部分のいずれの点においても犯罪の証明がない。
〔賃金-割増賃金の不払い〕
 被告人Y2は昭和二十四年二月より肩書住居において、A工業所と謂う商号で硝子製品製造業を経営し、その事業主として常に十名内外の工員を使用し業務の全般に亘りこれを総括しているもの、……であるが、
 第一 被告人Y2は、法令所定の条件がないのに拘らず、同所において、
 (一) 昭和二十四年二月より同年九月までの間、別表第一記載(略)のとおり、
 (イ) 男子工員B、C、D、E、F、G、H及びIの八名をして、合計二百七十四回に亘り、合計七百九十七時間半相当の時間外労働をなさしめ、
 (ロ) 右工員B、G及びHの三名をして、合計三回に亘り、合計二十四時間相当の休日労働をなさしめ、
 (ハ) 女子工員J、K、L及びMの四名をして、合計九十六回に亘り、合計百八十二時間半相当の時間外労働をなさしめ、
 (ニ) 女子工員Nをして、二回に亘り、合計十六時間相当の休日労働をなさしめ、
 (ホ) 右工員J及びLの両名をして、合計六回に亘り、合計四十二時間相当の深夜作業をなさしめ、
 (二) その頃、右(一)の(イ)乃至(ホ)記載の時間外労働、休日労働及び深夜作業につき、各工員に対する法令所定の率による割増賃金の支払を怠り、
 (中略)
 (五) 同年十一、十二両月間、
 (イ) 男子工員B、O、P、Q及びEの五名をして、合計五十八回に亘り、合計百七十六時間相当の時間外労働をなさしめ、
 (ロ) 女子工員Mをして、四回に亘り合計十時間相当の時間外労働をなさしめた外、八時間相当の休日労働をなさしめ、
 (六) その頃、右(五)の(イ)(ロ)記載の時間外労働及び休日労働につき、各工員に対する法令所定の率による割増賃金の支払を怠り、
 (中略)
 法律に照すと、……被告人Y2の判示第一の各所為のうち
 (中略)
 (二)及び(六)の各工員に対する各法定割増賃金不払の(中略)同法第百十九条第一号、第三十七条に……それぞれ該当する。(中略)因に、判示第一の(二)及び(六)の事実において摘示した本件時間外労働、休日労働、深夜作業は、労働基準法第三十三条若しくは同法第三十六条の規定による手続を経たものではないが、このような場合においても、賃金の支払については、使用者は同法三十七条所定の割増賃金を支払わなくてはならない。