全 情 報

ID番号 10600
事件名 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律違反、労働安全衛生法違反、業務上過失致死被告事件
いわゆる事件名 東海村臨界事故判決
争点
事案概要  核燃料加工事業者である被告人会社Y1、および、事業所長Y2、製造部の部長Y3、核燃料取扱主任者Y4、職場長Y5、計画グループの主任Y6、作業班の班長Y7、それぞれの過失が競合したことにより、Y1事業所の核燃料加工施設である転換試験棟において、臨界事故を発生させ、X1とX2に放射線を浴びせて急性放射線症の傷害を負わせて死亡させるなどした事案で、このような極めて重大な事故を引き起こした背景には、被告人会社Y1における長年にわたるずさんな安全管理体制があったことが認められ、被告人会社Y1の安全軽視の姿勢は厳しく責められなければならない等とし、被告人会社Y1に罰金100万円、被告人Y2に禁錮3年、罰金50万円、5年間の執行猶予、被告人Y3に禁錮3年、4年間の執行猶予、被告人Y4に禁固2年、3年間の執行猶予、被告人Y5に禁錮2年、3年間の執行猶予、被告人Y6に禁錮2年6月、4年間の執行猶予、被告人Y7の禁錮2年、3年間の執行猶予を言渡した事例。
参照法条 刑法211条
労働安全衛生法122条
労働安全衛生法120条
体系項目 労働安全衛生法 / 罰則 / 労働安全衛生法違反
労働安全衛生法 / 罰則 / 刑法の業務上過失致死傷罪
裁判年月日 2003年3月3日
裁判所名 水戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (わ) 865 
裁判結果 有罪(確定)
出典 タイムズ1136号96頁/第一法規A
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働安全衛生法-罰則-労働安全衛生法違反〕
 被告人会社においては、判示「事故に至る経緯」及び前項において述べたように、安全管理者らから作業員らに対し保安上必要な指示・監督がなされることはほとんどなく、また、臨界等に関する全体的な教育訓練はほとんど実施されていなかった上、各現場における実地教育においても系統立てた臨界教育はなされておらず、さらに、個々の作業員の能力や知識について検証する手だても講じられていなかった。本件労働安全衛生法違反の事実は、このような被告人会社における長年にわたる安全軽視の姿勢の現れといえ、その犯情は極めて悪い。
 さらに、この臨界教育軽視の風潮が、臨界に対する意識を低下させ、A事業所においては臨界は発生しないとの「神話」を作り上げ、最終的には末端の作業員から幹部に至るまで、臨界事故発生の危険性についてほとんど意識しないまま日常の職務に当たるような状態になり、本件臨界事故を招来するに至ったというのであるから、被告人会社の労働安全衛生法違反の責任も重大というほかない。
 3 まとめ
 以上のとおり、被告人会社の犯した原子炉等規制法違反及び労働安全衛生法違反の各事実は、単なる一時的なものではなく、長年にわたり被告人会社全体を支配してきた安全軽視の姿勢の現れというべきであり、核燃料加工事業者としての緊張感を欠いたその姿勢は厳しく責められなければならない。
 これらの事情にかんがみれば、被告人会社において、起訴に係る事実関係を争わず、その代表者が本件臨界事故を発生させたことについて陳謝していること、被告人会社が本件臨界事故を発生させたことにより核燃料物質の加工事業許可の取消処分を受けていること、前記のように本件臨界事故により死亡した被害者両名の遺族に対し慰謝の措置に努め、同人らとの間で示談が成立していること、風評被害等による損失についてもできるだけ補償すべく努力していること等の被告人会社に有利な事情を最大限に考慮しても、なお、被告人会社に対しては、およそ法が許すところの最高の刑罰をもって臨むほかない。〔中略〕
〔労働安全衛生法-罰則-刑法の業務上過失致死傷罪〕
 被告人Y2は、本件臨界事故当時のA事業所の最高責任者として、作業員に対する臨界教育を始めとする臨界事故の防止に向けた諸施策を講じなければならない責務を負っていたのであり、かつ、それが可能な地位と能力を有していたというべきである。〔中略〕
 被告人Y2は、前述した被告人会社の長年にわたる安全軽視の姿勢が形成される過程に深く関与してきたといえる。
 以上によれば、被告人Y2の刑事責任は極めて重い。
 しかしながら、被告人Y2の具体的な刑を量定するに当たっては、以下の事情についても検討する必要がある。〔中略〕
 以上の事情からすれば、本件臨界事故が発生した当時のA事業所長であるということで、被告人Y2に過大な責任を負わせることはできないというべきである。〔中略〕
 以上の事実経過からすれば、被告人Y2は、本件臨界事故当時、A事業所長の立場にあったものの、常陽第九次操業を行うことは既に会社の方針として決定されていたことであり、しかも被告人会社以外に常陽用の硝酸ウラニル溶液を製造できる核燃料加工事業者がいない中で、急きょその受注を中止ないし延期して作業員に対する臨界教育等を実施し、長年にわたる被告人会社における安全軽視の姿勢及びこれにより培われた作業員の安全軽視の意識を改革・改善して安全管理体制を構築することは、現実的には困難であったといわざるを得ない。確かに、作業員に対し内閣総理大臣の許可内容を遵守した加工作業を行うよう指示・監督することはさほど困難ではないものの、その許可の背景にある臨界や核的制限等について十分な教育訓練をしておかなければ、被告人Y7のように効率性を求める余り許可内容から逸脱した作業を行う作業員が出て来る可能性が十分あったのであるから、本件臨界事故の発生を防止するためには、単に許認可を遵守するよう指示・監督するのみでは足りず、臨界教育等を実施して安全管理体制を構築することが不可欠であったというべきである。
 以上の点は、被告人Y2の刑責を否定するものではないけれども、その刑を量定するに当たっては無視することのできない事情というべきである。
 さらに、前述のとおり、被告人Y2が被告人会社の安全軽視の姿勢の形成過程に深く関与していた事実が認められるものの、その関与はあくまでも被告人会社という組織の一員としてのものであって、被告人Y2の一存により判示のような許可内容から逸脱した操業が実施されたものでもない。
 そして、以上の事情のほかにも、被告人Y2は、捜査段階から一貫して本件各犯行についての事実関係をすべて認め、十分に反省している様子がうかがえること、個人的にも被害者両名の遺族に対して慰謝の措置を講じ、同遺族らにおいても被告人Y2について必ずしも厳しい処罰を望んでいるわけではないこと、本件各犯行により被告人会社を懲戒解雇されているほか、本件臨界事故が広く報道され、当時のA事業所長として社会的な非難を受けるなど、相当の社会的制裁を受けていること、被告人Y2には前科前歴がなく、今まで犯罪行為とは無縁の生活を送ってきたことなど被告人Y2に有利な事情が認められる。
 以上の諸事情を総合考慮すれば、被告人Y2の本件各犯行における責任は非常に重く、主文のとおりの禁錮刑及び罰金刑を科すべきであるが、被告人Y2に有利な前記の事情を考慮して、その禁錮刑の執行を五年間猶予するのが相当と判断した。〔中略〕
〔労働安全衛生法-罰則-労働安全衛生法違反〕
〔労働安全衛生法-罰則-刑法の業務上過失致死傷罪〕
 本件は、我が国において初めての臨界事故に関するものであるが、本件臨界事故により被害者両名が死亡するという重大な結果が生じたばかりか、本件臨界事故が地域社会のみならず日本の社会全体に与えた衝撃も極めて大きく、核燃料加工事業、更には原子力の安全性に対する国民の信頼が大きく揺らいだといっても過言ではない。このような極めて重大な事故を引き起こした背景には、被告人会社における長年にわたるずさんな安全管理体制があったことが認められ、被告人会社の安全軽視の姿勢は厳しく責められなければならない。また、各被告人もそれぞれの地位・役職に応じて本件臨界事故の発生を未然に防止すべき職務を負っていながら、臨界管理の重要性に思いを致すことなく、漫然とその職務に従事していたため本件臨界事故を惹起しており、いずれの被告人の刑責も重大であって、その安全軽視の姿勢は厳しく非難されなければならない。
 他方、前述したように、本件臨界事故は、長年にわたるずさんな安全管理体制下にあった被告人会社の企業活動において発生したものであり、当該企業の一員であった各被告人だけが本件臨界事故発生に寄与したわけではないことからすると、本件臨界事故の結果が極めて重大であるからといって、過度に重い刑をもって各被告人個々人の責任を問うことは本件臨界事故の実態を反映させることにはならないというべきである。