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ID番号 : 90003
事件名 : 賃金請求事件
いわゆる事件名 : スタジオツインク事件
争点 : 労働時間関係書類が提示されない場合に労働時間を推計することが許されるか、推計方法が合理的であるかのほか、管理監督者性が争われた事案
事案概要 : (1)テレビコマーシャル等の企画・制作会社Yの従業員としていわゆるインフォマーシャル制作業務に従事していたX1とX2は、平成18年10月から退職直前の平成19年6月までの間の時間外・深夜・休日労働の月平均計120時間の割増賃金と付加金などの支払いを求めて提訴したもの。なお、Yは、X1、X2が在職中にYの業務として打診のあった案件を他社に周旋し、当該業務にYの業務時間中に従事したとして、損害賠償請求訴訟を提起し、その一部が認容されている。
(2)東京地裁は、ⅰ)時間外労働等を行ったことの主張・立証責任は原告が負い、割増率の異なる所定外労働時間、法定外労働時間、深夜労働時間等を各労働日ごとに区別して主張する必要があるところ、労働日ごとに労働時間を特定することなく、月160時間は時間外労働を行っていたとする主張は採用できない、ⅱ)合理的な理由がないにもかかわらず、使用者が、本来、容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料を提出しない場合には、公平の観点に照らし、合理的な推計方法により労働時間を算定することが許される、ⅲ) X1は、役員として役員会に出席していたが、担当部門の業務の進捗状況を報告する程度であって、役員として実質的に会社経営に関与していたとまではいうことができず、労働時間に関する裁量を有していたともいえないし、待遇面でも十分なものはなく、管理監督者の地位にあったとはいえない、ⅳ)X2は、課長職に補されたが、ディレクター業務に忙殺されており、従業員の労務管理・人事考課について格別の権限を有していたわけではなく、タイムカードの打刻が少ないのも役付になった従業員には時間外手当等の支給がなされないとの通知がなされていたことから、打刻しなかったにすぎないと考えられ、直ちに自由な時間帯に出退勤していたことが裏付けられるものではなく、給与額も、ディレクター業務に対する貢献が評価されての金額であるという側面が強く、管理監督に対する対価としての面が希薄であり、管理監督者の地位にあったということはできない、ⅴ)その態様からしてX1には賦課金の支払いを命じるほど悪質とは言えないが、X2には賦課金を課すべきと言えるとした。
参照法条 : 民事訴訟法247条
労働基準法32条
労働基準法41条
体系項目 : 賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定方法
賃金(民事)/割増賃金/支払い義務
労働時間 (民事)/労働時間・休憩・休日の適用除外/管理監督者
裁判年月日 : 2011年10月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21年(ワ)9629号
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例1041号62頁
審級関係 :
評釈論文 : 慶谷典之・労働法令通信2266号20~21頁2011年11月28日
淺野高宏・法律時報84巻12号115~118頁2012年11月1日
判決理由 : 〔賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定方法〕
〔賃金(民事)/割増賃金/支払い義務〕
〔労働時間 (民事)/労働時間・休憩・休日の適用除外/管理監督者〕
 本件において推計計算が許されるかという点及びXらが主張する推計計算の方法が合理的であるかについて検討する。
a まず、Y社においては、従業員の労働時間を把握する資料として従業員にタイムカードを打刻させるほかに、月毎に月間作業報告書を作成させていたところ、少なくとも、本件訴訟係属前の平成21年1月ころまでは、本件請求期間中に係るXらの月間作業報告書は存在していたにもかかわらず、Y社がそれを破棄したなどとして提出しないことが推認されるのは、既に指摘したとおりである。月間作業報告書は労働時間管理に関する書類であって、Y社が主張するように会計処理が終わり次第、随時廃棄するという性質の書類ではない上、Y社は平成20年に別件訴訟を提起し、両者間に紛争が生じていたことからすれば、仮に、他の従業員の月間作業報告書を廃棄する必要があったとしても、Xらの同報告書については証拠を保全するために残しておくのが通常であって、そのような状況下で廃棄したというのは著しく不自然である。このように、Y社において、労働時間管理のための資料を合理的な理由もなく廃棄したなどとして提出しないという状況が認められる以上、公平の観点から、本件においては、推計計算の方法により労働時間を算定する余地を認めるのが相当であると解される。
Xらは、タイムカードの打刻を行わないことが多く、これにより労働時間の把握ができなかったという面がないではないが、上記のとおり、Xらは、タイムカードを打刻しないことがあった代わりに、労働時間管理の資料として月間作業報告書の作成を行っていたものであって、労働時間管理のために従業員が行うべき責務を完全に懈怠していたわけではないことや、徹夜作業を行ったためにタイムカードを打刻しなかったこともあると推認されること、管理職については時間外手当が支給されないという認識の下タイムカードを打刻しなかったという事情もあることからすれば、タイムカードの打刻がなされていないという事情のみを理由として、労働時間の推計が許されないと解するのは相当でない。
4 争点1の3(X1の管理監督者性)について
X1は、Y社の役員としての立場を担っていたのみならず、クリエイティブサービス部門のトップの地位にあり、従業員という立場に加えて取締役に選任されたとの認識の下に役員会にも出席していたものであるが、このことから、直ちにX1が管理監督者の地位にあったといえるわけではない。X1は、専ら個々のインフォマーシャル制作のプロデューサー、プランナーといった現業業務に従事し、そちらの業務で忙殺されていた上、部下は数名しかおらず、従業員の労務管理・人事考課について格別の権限を有していたわけではなかった。また、X1は、役員会に出席していたとはいっても、クリエイティブサービス部門の業務の進捗状況を報告する程度であって(〈証拠略〉参照)、取締役会の構成員として、代表取締役に対する監督権限を行使するなど、実質的な形で被告の経営に関与していた形跡はないため、X1は、Y社の役員であるという認識を持ちつつ活動していたという側面は認められるものの、役員として実質的に会社経営に関与していたとまではいうことができず、労働時間に関する裁量を有していたともいえないし、待遇面でも十分なものがあったとはいえない。したがって、X1が管理監督者の地位にあったということはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠は存しない。
5 争点2の3(X2の管理監督者性)について
(1) X2は、平成18年5月ころ、課長職に補されたものであるが、インフォマーシャル等制作におけるディレクター業務に忙殺されていたのが実情であって、従業員の労務管理・人事考課について格別の権限を有していたわけではなかった。
(2)X2はタイムカードの出退勤時刻の打刻が少ないことは否めないが、これはY社から、平成18年5月、役付になった従業員には時間外手当等の支給がなされないとの通知がなされていたことから(〈証拠略〉)、X2としてはタイムカードの打刻をしなかったにすぎないと考えられるのであって、X2のタイムカードの内容から、直ちに自由な時間帯に出退勤していたことが裏付けられるものではない。したがって、X2が労働時間についての裁量を有していたと認めることはできない。
(3)待遇の点に関して、給与額は、ディレクター業務という現業的業務に対する貢献が評価されての金額であるという側面が強く、管理監督に対する対価としての面が希薄である。
したがって、X2が管理監督者の地位にあったということはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠は存しない。
6 争点1の4(X1に関し、Yに付加金の支払を命じるべきか。)について
 (前略)Yが、X1に対し、時間外手当等の支払をしなかったことには、相応の理由があったといえる。(中略)X1については本人の了解を得た上で(単なる管理職ではなく)取締役という地位に就けようとしているものであって、これをもって残業代の支払を免れるための手段であると解するのは、論理的に飛躍があって、採用することができない(Yは、X1の退職間際ではあるが、平成19年5月に給与額を一気に7万円増額しており、X1の功労に報いようとする姿勢も見せていた面もある。)。(中略)
 また、YがX1,X2らの月間作業報告書の提出をしなかった点に問題があるのは前記のとおりであるが、X1、X2らの退職後、Yが、X1、X2らに対しB化粧のインフォマーシャル制作業務等をめぐって別件訴訟を提起するなど、X1、X2らの行為をめぐって紛争が勃発しており、第一審でX1、X2らの不法行為が認められて、Yの請求が一部認容する旨の判決が言い渡されていることに照らすと、Yが感情的な対応をすることにもまったく理由がないわけではないというべきであって、この点も考慮すれば、Yの上記の行状が付加金を命じなければならないほどに悪質であるとはいえない。
7 争点2の4(X2に関し、Yに付加金の支払を命じるべきか。)について
(1) (前略)X2は平成18年に課長職に就いたものであるが、その業務内容、権限、待遇等に照らし、管理監督者に当たらないことは前記5の説示から明らかである上、X2が、インフォマーシャル制作業務におけるディレクターとして、時に徹夜業務を含む長時間労働を行っていたにもかかわらず、Yは時間外手当等の支給をしなかったもので、このようなYの対応に合理的な理由はまったくない。したがって、Yが送付した書面が従業員を欺罔する意図に出たものであるかはともかくとしても、X2との関連では、Yに対し、付加金の支払が命じられるべきである。
(2) 労基法114条ただし書は、付加金の請求は違反のあった時から2年以内に行わなければならない旨規定するところ、この2年の期間は除斥期間と解される。X1,X2らが、Yに対し初めて付加金の請求を行ったのは、平成21年5月13日付け請求の趣旨変更の申立書においてであり、同申立書は同月14日に被告に送達された。したがって、同時点から遡って2年より前の時期に発生した平成19年3月分の時間外手当等(中略)以前のものについては除斥期間が既に経過しているから、Yに対しては、付加金として、同年4月分以降の時間外手当等の合計額17万4244円の支払を命じるのが相当である。