全 情 報

ID番号 90019
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 グレイワールドワイド事件
争点 会社のパソコンを使った私用メールや競合会社への転職あっせん行為などが解雇の合理的な理由に当たるかが争われた事案
事案概要 会社のパソコン等を利用して私用メールを送受信することが、職務専念義務に違反するか否か、取引先や友人宛てて上司を批判し、会社の対外的信用を害しかねない行為を繰り返すことは、誠実義務に反するか否かが争われた事案。  
参照法条 労働契約法第16条
体系項目 解雇/解雇権の濫用
解雇/解雇事由/会社批判
解雇/解雇事由/守秘義務違反
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/服務規律
賃金(民事)/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生時期・根拠
裁判年月日 2003年9月22日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成14年(ワ)12830号 
裁判結果 一部却下、一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例870号83頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/服務規律〕
(中略)イ 就業時間中の私用メール
(中略)(イ) 労働者は、労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っているが、労働者といえども個人として社会生活を送っている以上、就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく、就業規則等に特段の定めがない限り、職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる。
(中略)被告においては就業時間中の私用メールが明確には禁じられていなかった上、就業時間中に原告が送受信したメールは1日あたり2通程度であり、それによって原告が職務遂行に支障を来したとか被告に過度の経済的負担をかけたとは認められず、社会通念上相当な範囲内にとどまるというべきであるから、上記(ア)のような私用メールの送受信行為自体をとらえて原告が職務専念義務に違反したということはできない。
以上を前提に本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否かを検討するに、被告の主張する解雇事由のうち、就業規則上の解雇事由(就業規則35条1項5号)に該当するといえるのは、私用メールによる上司への誹謗中傷行為(上記(1)ウ)及び他の従業員の転職あっせん行為(同カ)のみであり、後者については前記のとおり背信性の程度が低いこと、原告が、本件解雇時まで約22年間にわたり被告のもとで勤務し、その間、特段の非違行為もなく、むしろ良好な勤務実績を挙げて被告に貢献してきたことを併せ考慮すると、本件解雇が客観的合理性及び社会的相当性を備えているとは評価し難い。
 したがって、本件解雇は解雇権の濫用にあたり無効である。
〔解雇/解雇事由/会社批判〕
ウ 上記イの私用メールにおける上司の誹謗中傷
 (ア) 証拠(〈証拠略〉、証人C)によれば、原告が就業時間中に被告の取引先や競合会社の従業員を含む友人らに送信した私用メールの中には、被告が行った人事についての不満や、「アホバカCEO」、「気違いに刃物(権力)」など上司に対する批判が含まれていることが認められる。
 (イ) 私用メールの送受信行為自体が直ちに職務専念義務違反にはならないとしても、その中で上記のような被告に対する対外的信用を害しかねない批判を繰り返す行為は、労働者としての使用者に対する誠実義務の観点からして不適切といわざるを得ず、就業規則35条1項5号に該当する。
〔解雇/解雇事由/守秘義務違反〕
 (ア) 証拠(〈証拠略〉、証人C、原告本人)によれば、平成13年5月30日、原告が、同月28日に実施された被告の従業員の昇格人事の一覧(個人名及びその新しい肩書が併記されたもの)を被告の元社員2名にメールで送信したこと、原告が被告から入手した同一覧の末尾には「この文書とそれが送信されたファイルは機密であり、同文書に記載されている個人及び組織の使用目的のものです。」という意味の英文が付されていたこと、同英文は被告からのメール送信に際して自動的に付される処理がなされていたことが認められる。
 (イ) 上記(ア)の事実関係からすると、被告の送信するメールに機密文書であることを示す英文が付されているからといって、その内容が常に被告にとって実質的な営業上の機密にあたるものとは断定できず、むしろ、上記(ア)の昇格人事については、原告のメール送信以前に既に実施されており、外部に対しても早晩明らかになるべき事項であると考えられるから、被告にとって実質的な営業上の機密にはあたらないというべきである(中略)
 したがって、原告の上記行為は秘密漏洩行為にはあたらない。
(中略) (イ) 労働者が上司を批判することについては、これが一切許されないというわけではなく、その動機、内容、態様等において社会通念上著しく不相当と評価される場合にのみ解雇事由となり得るものと解される。
 本件では、B自身が、原告の文書送付以前に、被告の従業員に対して上記(ア)のような発言をしていたものであり、同人が真意から忌憚のない意見具申を期待していたかどうかはともかく、これを聞いた原告が同発言中の「会社に関して日本のマネージメントに言えないようなこと」には被告または被告の経営陣に対する批判にあたる事項が含まれると考えたとしてもやむを得ないし、1回目の文書送付(平成12年10月10日付け書面)から3回目の文書送付(平成13年5月付け書面)までに約7か月も経っているのに、その間、Bや被告における原告の上司が原告に対してこの件につき何ら注意や処分を行った形跡はないこと、これらの文書の中に客観的事実と異なる部分があるとしても、原告が各文書送付当時の自己の認識に照らし明らかに虚偽の事実を記載して被告の経営陣を陥れようとしたとまでは認められないこと、また、この種の文書は作成者の主観が多分に混入しがちであるところ、読み手であるBは、被告の経営陣から直接事情を聴くなどしてその内容を検証し得る立場にあること等の諸事情を考慮すると、これらの文書送付が就業規則35条1項4号、5号に該当するということはできない。
 カ 他の従業員の転職あっせん
(中略) (イ) 労働者が、他の従業員の競合他社への転職をあっせんする行為は、使用者が必要とする従業員数を減少させて、その企業活動を妨げるとともに、競合他社の企業活動を支援するものであるから、使用者に対する背信行為と評価すべきであり、原告の上記(ア)の行為も広い意味ではそのような背信行為として就業規則35条1項5号に該当する。
 もっとも、原告は、既に被告を退職することを決めていたDからの依頼に応じて同人を競合他社に勤める知人に紹介したにとどまり、それ以上の関与はしていないことや、結果としてDは退職後に同社への就職はしなかったことを考慮すると、その背信性の程度は低いというべきである。
(中略)以上を前提に本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否かを検討するに、被告の主張する解雇事由のうち、就業規則上の解雇事由(就業規則35条1項5号)に該当するといえるのは、私用メールによる上司への誹謗中傷行為(上記(1)ウ)及び他の従業員の転職あっせん行為(同カ)のみであり、後者については前記のとおり背信性の程度が低いこと、原告が、本件解雇時まで約22年間にわたり被告のもとで勤務し、その間、特段の非違行為もなく、むしろ良好な勤務実績を挙げて被告に貢献してきたことを併せ考慮すると、本件解雇が客観的合理性及び社会的相当性を備えているとは評価し難い。
 したがって、本件解雇は解雇権の濫用にあたり無効である。
〔賃金(民事)/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生時期・根拠〕
(中略)(1) 原告の月額賃金のうち、通勤手当2万1160円(〈証拠略〉)については、就労のために要した実費を補償する趣旨で支給されるものであると解され、現実に就労しなかった解雇期間中はその支給の前提を欠くから、原告が被告に請求し得る月額賃金は同手当を除いた52万3900円である。(中略)
(3) 将来請求
 原告は、口頭弁論終結後に支払期日が到来する賃金についても請求しているが、本件のように労働契約上の権利を有する地位の確認と未払賃金を併せて請求している場合には、本判決確定後に支払期日が到来する賃金については予め請求する必要性があるとはいえず、同部分に係る訴えは却下することとする。
(4) したがって、被告は、原告に対し、〈1〉本件解雇後である平成13年10月から本訴提起日であることが記録上明らかである平成14年6月14日までの未払賃金合計628万6800円(523,900×8+1,257,360+838,240=6,286,800)及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである同年7月2日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による金員、〈2〉同年6月25日から本判決確定に至るまで毎月25日限り各52万3900円、毎年6月10日限り83万8240円、毎年12月10日限り125万7360円及び各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による金員の各支払義務がある。