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ID番号 00055
事件名 採用義務履行請求控訴事件
いわゆる事件名 慶応義塾事件
争点
事案概要  被告大学の経営する看護婦養成学校の生徒らが、卒業後、大学附属病院の看護婦への不採用を通知されたので、当病院の看護婦としての労働契約上の権利を有することの確認、賃金の支払を、予備的に看護婦としての採用を請求した事例。(一審 請求棄却、当審 控訴棄却)
参照法条 労働基準法3条
民法623条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 雇い入れと均等待遇
労働契約(民事) / 成立
裁判年月日 1975年12月22日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ネ) 1584 
裁判結果 棄却 新請求棄却(上告)
出典 労働民例集26巻6号1116頁/時報815号87頁/東高民時報26巻12号269頁
審級関係 一審/00052/東京地/昭46. 5.31/昭和43年(ワ)11752号
評釈論文 下井隆史・季刊労働法101号88頁/萩沢清彦・判例評論214号32頁
判決理由 〔労基法の基本原則―均等待遇―雇い入れと均等待遇〕
 憲法のこれらの規定は、その歴史的系譜からみても、国又は公共団体の統治行動に対し、個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とする規定であることは明らかであって、労働基準法第三条は、これらの規定の精神を、私人相互間の関係である労使の関係にも押し及ぼし、具体化した規定と解されるのであるが、同条の「労働条件」なる言葉の通常の用語例から考えても、この規定は、労働者の雇入による労使関係の発生を前提とするものであることがうかがわれる。そうして、立法府がこのように労使関係の発生した以後について、これらの憲法の規定の精神を具体化することとしたのは、労使関係の発生する前の段階においては、憲法が一方において企業等に就職を希望し採用を求める側の者の思想、信条、団体加入等の自由を保障すると同時に、他方においてこれを採用しようとする企業等の側にも、同様の自由を保障し、かつ、私有財産制を基礎とする企業活動の自由を保障しているところから、企業等が人員の採否を決するについては、極めて広い裁量の自由が認めらるべきことを考慮して、労使関係発生前の段階については、その発生後についてと同様にこれを規制することは妥当でないとの立法政策的考量に基づくものと考えられるのであって、かような立法政策的考量は、それ相応の合理的理由があるものといわねばならない。従って、労働基準法第三条は、労使関係発生前の段階については、その適用を予想していない規定と解するのが相当である。
〔労働契約―成立〕
 本件学院は、A病院に限らず、いずれの病院、医療施設等においても、看護婦として執務するのに適するような一般看護婦を養成するという目的、法的性格をもつ学校であり、かつ、この目的にそう実態をもつものである。従って、入学の際に被控訴人と入学を許可された者との間に結ばれる契約は、本件学院において右の目的のために教育を受けることについての権利義務の総合的表現としての本件学院の学生としての地位、身分を取得する契約以外にありえない。そうして、この地位、身分は、A病院就職を希望する限り、書類銓衡すらも経ないで、被控訴人の求めにより身元保証書等を提出することにより当然採用されたこととなるような若しくは、被控訴人において当然採用すべき義務を負うことになるような特権的地位(控訴人らの表現によれば、卒業前身元保証書等を提出する時期までに、合理的理由をもって、いずれかの当事者がA病院就労を拒否しない限り、当然、被控訴人との間で始期付、解約権留保付労働契約ないしは一種の無名契約が成立することとなるような法的地位、若しくは、被控訴人においてこのような契約を結ぶべき義務を負うこととなるような法的地位)を内包するものではない。従って、このように内包された地位が身元保証書提出の時点で現実化し、具体化したものとして、控訴人らが被控訴人に対し現にA病院看護婦としての労働契約上の権利を有するということはできず、また控訴人らが被控訴人に対し、かような労働契約を結ぶべきことを要求し得る権利を有するということもできない。
 (中 略)
 私人間の行為であっても、裁判所が当該行為をもって、憲法の精神に基づく公の秩序に反するものとして無効とし、若しくは憲法の精神にそむくと認められる行動をとる者に対し憲法の精神にそうような行為をなすべきことを命ずるなど、憲法の精神にそう取扱い、判断をしなければならない場合があり得ることは、これを認めねばならない。
 しかしながら、右述のような理由により労使関係が具体的に発生する前の段階においては、人員の採否を決しようとする企業等の側に、極めて広い裁量判断の自由が認めらるべきものであるから、企業等が人員の採否を決するについては、それが企業等の経営上必要とされる限り、原則として、広くあらゆる要素を裁量判断の基礎とすることが許され、かつ、これらの諸要素のうちいずれを重視するかについても、原則として各企業等の自由に任されているものと解さざるをえず、しかも、この自由のうちには、採否決定の理由を明示、公開しないことの自由をも含むものと認めねばならない。たとえば、企業等が或る学校の卒業生の採否を決するにあたっては、その者の学業成績、健康状態等はもとより、その者の一定の思想信条に基づく政治的その他の諸活動歴、政治的活動を目的とする団体への所属の有無及び右団体員であることに基づく活動、これらの活動歴に基づく将来の活動の予備、並びにこれらの点の総合的評価としての人物、人柄が当該企業の業務内容、経営方針、伝統的社風等に照らして当該企業の運営上適当であるかどうかということ等、ひろく企業の運営上必要と考えられるあらゆる事項を採否決定の判断の基礎とすることが許されるのであって、しかも、学業成績等と前記の意味での人物、人柄についての評価といずれを重視すべきかということも、原則として、企業等の各自の自由な判断に任されているものと認めざるをえない。
 従って、労使関係が具体的に発生する前の段階において、企業等が或る人物を採用しないと決定したことが前記憲法の諸規定の精神に反するものとして、裁判所が公権的判断においてそれに応ずる判断を示すためには、思想、信条等が企業等において人員の採否を決するについて裁量判断の基礎とすることが許される前記のような広汎な諸要素のうちの一つの、若しくは間接の(思想、信条等が外形に現われた諸活動の原因となっているという意味において)原因となっているということだけでは足りず、それが採用を拒否したことの直接、決定的な理由となっている場合であって、当該行為の態様、程度等が社会的に許容される限度を超えるものと認められる場合でなければならないものと解するのが相当である。しかも、採否決定の理由を明らかにしない自由が認めらるべきことをも考えあわせれば、右の点の証明に事実上困難が伴うこととなるのは、やむをえないところである。