全 情 報

ID番号 00169
事件名 雇用関係確認、賃金支払請求控訴、附帯控訴事件
いわゆる事件名 大日本印刷事件
争点
事案概要  採用内定を解約権留保付き停止条件付き労働契約の成立と認め、性格がグルーミーであることを理由とする内定取消は無効として、慰謝料一〇〇万円の支払いを命じた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法623条,710条
体系項目 労働契約(民事) / 採用内定 / 法的性質
労働契約(民事) / 採用内定 / 取消し
裁判年月日 1976年10月4日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (ネ) 458 
昭和48年 (ネ) 460 
裁判結果 棄却 附帯控訴一部認容 一部棄却(上告)
出典 労働民例集27巻5号531頁/時報831号15頁/タイムズ340号132頁
審級関係 上告審/00173/最高二小/昭54. 7.20/昭和52年(オ)94号
評釈論文 下井隆史・労働法の判例〔ジュリスト増刊〕31頁/浅井清信・竜谷法学9巻3・4合併号449頁/渡辺章・判例タイムズ346号115頁/毛塚勝利・労働判例265号19頁/柳沢旭・季刊労働法103号90頁
判決理由  〔労働契約―採用内定―法的性質〕
 以上に摘示・認定した事実に、終身雇用制度の下におけるわが国の労働契約とくに大学新卒業者と大企業とのそれにみられる公知の強い附合(附従)契約性を合わせ考えれば、前記経過の下に前記形態で採用内定が行われた本件においては、控訴人会社からの募集(申込の誘引)に対し、被控訴人が応募したのが労働契約の申込みであり、これに対する控訴人会社よりの採用内定の通知は右申込みに対する承諾であって、これにより(もっとも、右承諾は、通知書に同封して来た誓約書を指定期日までに控訴人会社に送ることを停止条件としていたものとみるのが相当であるが、被控訴人は右誓約書を指定どおりに送付したので、これにより)控訴人と被控訴人との間に、前記誓約書における五項目の採用内定取消理由に基く解約権を控訴人会社が就労開始時まで留保し、就労の始期を被控訴人の昭和四四年大学卒業直後とする労働契約が成立したと解するのが相当である。
 もっとも、採用内定の段階においては、【就労開始後に関する契約内容の詳細】、労働条件等については、不確定の要素の多いことは否定しえないけれども、そもそも労働契約そのものがいわゆる附合契約たる性質を有するものであり、労働者は使用者の定めた契約内容、労働条件に従って労務を提供することを約する性格のものであるから、採用内定の段階で、以上のことが若干不明確であるからといって、右のような契約の成立を否定する論拠とはなし難い。
 ところで、前記三において認定した事実によれば、控訴人会社においては、採用内定をしても後の調査により不適格と判断された場合には自由に内定の取消ができると理解していたことがうかがわれないではないが、かりにそのような理解のもとに本件採用内定の通知をしたとしても、それは、控訴人会社の内心の意思ないしは希望にすぎず、前認定の状況・経過のもとで前認定の態様でなされた採用内定により当事者間に前示のとおりの労働契約の合意が成立したことを認定する妨げとなるものではない。けだし右のような労働契約は、あくまでも当事者の意思の客観的合理的な解釈として認められたものであるからである。従って、たとえば、会社において控訴人主張のような労働契約の予約であって会社側としては違反しても損害賠償責任を負うことがあるにすぎない旨を明示した採用内定の通知をした等の場合には、当事者間に労働契約の予約が成立するにすぎないこともありうる。もっともこのような場合には、応募者の側でもその不安定な地位を嫌って他の会社に走り、当該会社では優良な従業員の採用ができない、という危険を負担することになろう。
 〔労働契約―採用内定―取消し〕
 控訴人会社が昭和四四年二月一二日被控訴人に対してした前記採用内定取消の通知は、右解約権に基く解約申し入れとみなければならない。そして、右解約権は、前記乙第二号証の第二項(1)ないし(5)の事由がある場合にのみ行使できることは前認定の事実から明らかであるところ、右(5)としては「その他の事由によって入社後の勤務に不適当と認められたとき」とあり、その解釈次第では如何なるときでも自由に解約ができるとされる虞があるようにも思われるが、前認定の解約権留保付労働契約たる本件採用内定がなされた経過・状況から推認される右契約の性質・目的からみれば、右(5)により解約ができるのは、(1)ないし(4)より類推される後発的事実を理由とする等の合理的な場合に限られるといわなければならない。
 ところで、控訴人の主張する採用内定取消(解約)の理由は前記事実欄第二の二の(一)記載のとおりであり、原審証人A及び当審証人Bの各証言中には右主張事実に沿う部分があるが、かりに右証言部分が採用できるものとしても、右事実のうち採用内定以後に判明したとされるものはいずれも具体性に欠け解約の事由として合理性を有するとはいえず、結局、解約の事由は、「グルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかった」というに帰し、このようなことが前記解約権付労働契約の性質からみて、前記(5)その他の解約の事由にあたるといえないことはいうまでもなく、他にも右解約の事由にあたる事実を認めるに足る証拠はない。したがって、控訴人のした前記解約は無効といわざるをえない。
 被控訴人主張の慰藉料について考えるに、以上認定のとおり、控訴人会社が、正当な理由もないのに、被控訴人に対する採用内定が取り消されたとして、被控訴人に従業員たる地位を認めないため、被控訴人が、大学を卒業しながら他に就職することもできず、本件訴訟を提起・維持しなければならなかったことについて、相当な精神的苦痛を重ねて来ていることは推察に難くなく、その苦痛は、本訴において被控訴人の主張が認容され、就職時以降の賃金相当額の支払いを受けたとしても完全に治癒されるものではないと考えられるところ、本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、右苦痛を治癒すべき慰藉料の額は金一〇〇万円とするのを相当とする。
 (中 略)
 本件訴訟の性質・訴額その他本件に関する一切の事情及び弁論の全趣旨を合わせ考えれば、被控訴人が本件訴訟の遂行を弁護士である被控訴代理人らに委任したことはやむをえないところであり、その弁護士に対する報酬等は金五〇万円を下らず、右金額は、控訴人が不当に本件採用内定取消をしたことに基因し、さらに、控訴人が被控訴人の請求に対し故意又は過失により不当に抗争したこと(被控訴人の主張はこの趣旨を含むと解される。)と相当因果関係のある損害と認められるから、被控訴人の弁護士費用の請求は、その理由がある。