全 情 報

ID番号 00204
事件名 地位保全等仮処分申請事件
いわゆる事件名 ブラザー工業事件
争点
事案概要  見習社員として雇用され、翌年三月実施の試用社員登用試験に合格し試用社員に登用された従業員が、その後実施された三回の社員登用試験にいずれも不合格となり、就業規則の定めにより解雇されたのに対し、右解雇は無効であるとして地位保全等求めた仮処分申請事件。(一部認容)
参照法条 労働基準法21条
民法1条3項,90条
体系項目 労働契約(民事) / 試用期間 / 法的性質
労働契約(民事) / 試用期間 / 試用期間の長さ・延長
解雇(民事) / 解雇事由 / 勤務成績不良・勤務態度
裁判年月日 1984年3月23日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ヨ) 1092 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1121号125頁/タイムズ538号180頁/労経速報1198号12頁/労働判例439号64頁
審級関係
評釈論文 加藤智章・労働判例446号4頁/山口浩一郎・労働経済判例速報1220号20頁/毛塚勝利・昭和59年度重要判例解説〔ジュリスト838号〕219頁
判決理由  〔労働契約―試用期間―法的性質〕
 まず臨時工的性格の有無の点から検討するに、前認定の会社における従業員制度の沿革によれば、見習社員は、昭和三〇年頃から同四二年一一月まで会社に存在した雇用期間を二か月とする「臨時工C」に由来するものであるが、前認定の現行の中途採用者登用制度の内容及び中途採用者の雇用の実態、時に、有期雇用契約である見習社員契約は、見習社員から退職の申出がない限り、見習社員が試用社員に登用されるか、又は試用社員登用試験に三回不合格となって会社から雇止めをされるまで期間の満了毎に事実上自動的に更新され、これまで会社が景気変動等による労働力の過剰状態の発生を理由として見習社員を雇止めにした例はないこと、従って、見習社員の採用自体は業務の繁閑に応じてなされるが、見習社員としての通算の雇用期間(最短の者で六か月、最長の者で一年三か月)と景気の変動等による業務の繁閑との間には全く関係がないこと、新聞掲載の従業員募集広告、見習社員就業規則及び会社が見習社員に交付している「入社の案内」には見習社員の性格が臨時工である旨の記載やそれを窺わせるような記載はなく、面接日及び入社日における会社の説明でもそのような趣旨の説明はなされていないこと、却って、「入社の案内」には見習社員は将来本採用になることを予定して雇入れられるものである趣旨の記載があること、会社における中途採用者はすべてまず見習社員として採用され、その後一定期間内に試用社員登用試験を経て試用社員に、次いで社員登用試験を経て社員に順次登用されるが、自己都合退職者以外の者の試用社員及び社員への登用率はいずれも極めて高いこと、現業従業員の場合、求人難により新卒定期採用者を計画どおり雇入れることが困難なことから、中途採用者数の方が新卒定期採用者数よりはるかに多いこと等の諸点を総合考慮すると、見習社員は経済情勢の変化に応じて人員調整を図るための臨時工たる性格を有しないものと認めるのが相当である。
 〔労働契約―試用期間―法的性質〕
 ところで、試用契約は、比較的長期の労働契約締結(本採用)の前提として使用者が労働者の労働能力や勤務態度等について価値判断をするために行なわれる一種の労働契約であると解すべきところ、前認定の中途採用者の雇用の実態及び中途採用者登用制度の内容によれば、見習社員契約は右の試用契約に該当することが明らかというべきである。そこで、更に進んで、見習社員としての試用期間中における価値判断の対象と試用社員としての試用期間中における価値判断の対象との間に差異があるか否かの点について検討するに
 (中 略)
 少なくとも女子の現業従業員の場合、見習社員としての試用期間中における価値判断の対象と試用社員としての試用期間中における価値判断の対象との間に実質的な差異はなく、見習社員は、試用社員と同様に、会社がその職業能力、業務適性、勤務態度等について検討し、会社の正規従業員としての適格性の有無を判断するために試用される期間中の従業員であると認めるのが相当である。
 〔労働契約―試用期間―試用期間の長さ延長〕
 会社の就業規則三〇条に、試用期間)として「中途採用者は原則として六か月の試用期間を経て雇入れる。ただし、新卒業者についてはこの限りではない。」と定められていることは当事者間に争いがないところ、(中 略)。
 前認定の試用社員から社員への登用制度の内容によれば、試用社員が試用社員となって六か月後に行なわれる第一回目の社員登用試験に不合格になったときは、試用期間が三か月延長され、第二回目の社員登用試験にも不合格となったときは更に試用期間が三か月延長されるため、最長の者の場合は試用期間が一年に及ぶのであるが、前認定の試用社員から社員への登用実績によれば、大多数の者が第一回目の試験で社員に登用されていることからみて、試用期間の延長は、延長期間中に当該不合格者の勤務・勤怠状況が改善されることを期待し、そうなれば社員に登用しようとの配慮のもとになされる例外的な措置と認められるから、試用社員登用時に試用社員と会社との間で締結される右雇用契約に定められた試用期間に関する労働条件は、就業規則三〇条の規定に反しないものというべきである。
 〔労働契約―試用期間―試用期間の長さ・延長〕
 右のとおり、試用期間中の労働者は不安定な地位に置かれるものであるから、労働者の労働能力や勤務態度等についての価値判断を行なうのに必要な合理的範囲を越えた長期の試用期間の定めは公序良俗に反し、その限りにおいて無効であると解するのが相当である。
 よって、本件についてこれをみるに、前認定のとおり少なくとも女子の現業従業員の場合は、見習社員としての試用期間(最短の者で六か月ないし九か月、最長の者で一年ないし一年三か月)中に「会社従業員としての会社における業務に対する適性」を会社が判断することは充分可能であり、実際にも会社は右期間中に右適性をも判断しているのであるから、会社が見習社員から試用社員に登用した者について更に六か月ないし一年の試用期間を設け、筆記試験がないほかは試用社員登用の際の選考基準とほぼ同様の基準によって社員登用のための選考を行なわなければならない合理的な必要性はないものというべきである。従って、少なくとも女子の現業従業員の場合、見習社員が最終的に社員に登用されるために経なければならない見習社員及び試用社員としての試用期間のうち、試用社員としての試用期間は、その全体が右の合理的範囲を越えているものと解するのが相当である。
 (中 略)
 以上の次第であって、申請人は昭和四九年三月二八日試用社員に登用された際に会社の正規従業員(社員)たる地位を取得し、本件解雇当時も右地位にあったものと認めるのが相当である。
 〔解雇―解雇事由―勤務成績不良・勤務態度〕
 以上要するに、会社は、申請人の見習社員としての試用期間中の勤務状況からみて、試用社員登用後の申請人の作業の量及び質が標準的な作業者よりかなり劣るであろうことを充分予想し得たにも拘わらず、敢えて申請人を試用社員に登用したものであり、かつ、申請人の試用社員登用後の作業の量及び質と見習社員期間中のそれとの間には、さしたる差はなかったのであるから、申請人の試用社員登用後の作業の量及び質が標準的な作業者よりかなり劣っていたからといって、それは会社において事前に予想していたことか、予想していなかったとすれば見通しを誤まったものといわざるを得ないから、申請人の作業の量及び質の低劣さから生ずる不利益は会社において自ら負担すべきものというべきである。一方、申請人にしてみれば、雇用期間の定めのある見習社員からその定めのない試用社員に登用されたことにより、雇用関係継続に対する期待感を増したであろうことは容易に推測し得るところ、右期待感は合理的理由があるものであって、それ自体保護に値するものというべきである。従って、会社が申請人の試用社員登用後の作業の量及び質の低劣さを理由に解雇することは許されないといわざるを得ない。
 申請人の試用社員登用後の作業成績の低さは、会社が申請人に与える作業の選択を誤まったことにも原因があったものといわざるを得ないから、この点からしても会社が申請人を作業成績不良の理由で解雇することは許されないというべきである。
 最後に、申請人の試用社員登用後の勤怠状況についてみるに、前認定のとおり昭和四九年三月二八日から同五〇年二月二〇日までの間における合計四六日間の欠勤及び合計四回の遅刻・早退・中途外出は、その殆どが病気等のやむを得ない事情によるものであり、無届欠勤は一回もなかったこと及び会社では社員であれば無届欠勤でない限り如何に長期間病気欠勤をしてもそれを理由に解雇することはしていないことを併せ考慮すると、会社が申請人の右勤怠状況を理由に通常解雇をし得ないことは明らかというべきである。