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ID番号 00910
事件名 雇用契約関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 ソニー事件
争点
事案概要  女子試用工員の本採用拒否に関する職安への申告等を理由として、就業規則に基づき懲戒解雇された組合の支部執行委員長が、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金等の支払を請求した事例。(請求一部認容、一部棄却)
参照法条 民法536条2項
労働基準法89条1項9号,115条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 無効な解雇と賃金請求権
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 賃金請求権と時効
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
雑則(民事) / 時効
裁判年月日 1975年5月28日
裁判所名 仙台地
裁判形式 判決
事件番号 昭和39年 (ワ) 710 
裁判結果 一部認容 一部棄却(控訴)
出典 時報795号97頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔賃金―賃金請求権の発生―無効な解雇と賃金請求権〕
 《証拠略》によれば被告会社仙台工場就業規則第二五条には、「次の各号の一の事由により従業員がやむを得ず欠勤、遅刻、早退又は外出する場合に、所定の手続により、会社の承認を得たときは会社はこれを出勤したものとみなす、但しこの際の賃金計算は給与規則に定める。」とし、第(2)号に、「選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するとき。」と規定し、同規則第三六条は、「下記に該当する場合は、不就労手当を支給する。」とし、第(5)号に、「第二五条第(1)ないし(6)号に該当する場合および同条第(9)号に該当する場合で、会社が必要と認める時。」と規定しており、一般に従業員は、市会議員としての職務を行うため会社を欠勤したときでも出勤扱いを受けあるいは給与を支給され得ることが認められ、原告が議員として受ける歳費は、解雇がなくても当然取得し得る収入であって、被告に対する労務の提供を免れたことにより得た利益とは為し難く、民法第五三六条第二項但書は適用にならないものと言わなければならない。被告の右主張は理由がない。
 〔賃金―賃金請求権の発生―無効な解雇と賃金請求権〕
 これらの協定によって定められた昇給、一時金のうち、少なくとも一律に一定額及び一定率によって支給される分並に家族手当の増額分は、使用者の個別的な意思表示がなくとも右協定によって当然増額せられる性質のものと解されるが、その余の分は使用者の個別的な意思表示をまって始めて従業員に増額分の請求が発生する性質のものと解されるから、使用者の意思表示がない以上、右の分については請求権が発生しないものといわなければならない。
 〔賃金―賃金支払の原則―賃金請求権と時効〕
 〔雑則―時効〕
 被告の時効の抗弁について検討するに、労働基準法第一一五条によれば賃金等の請求権は二年間これを行わないときは時効によって消滅するものであるところ、まず昭和三八年八月以降の基本賃金の支払を求める部分は、本件訴の提起された昭和三九年一二月四日に請求の為されたものであることが記録上明らかである。被告は、本件訴状においては具体的に請求原因が明示されておらず、これによっては時効中断の効力は生じないと主張するが、本件訴状によれば、原告は、解雇後昭和三九年一一月までの基本賃金合計額が金五一万六、七八六円となること、同年一二月以降の基本賃金は毎月二万一、二〇〇円となることを主張しており、右主張によって訴訟物は特定されていることが認められるから被告の右主張は採用しない。そうすると、昭和三九年一二月四日より二年前すなわち昭和三七年一二月四日以降に履行期の到来した基本賃金については本件訴の提起によって時効の進行は中断されたものというべきであるが、これより前にすでに履行期にある基本賃金は時効により消滅したものと言わなければならない。
 なお原告は、雇用契約上の地位確認の訴によって、雇用契約の存在を前提とする基本賃金、家族手当、一時金等の債権の消滅時効は中断されると主張するが、地位確認の訴と賃金請求の訴とは訴訟物は別個であるし、当事者の意思解釈としても通常地位確認の訴に賃金請求の意思表示が含まれるとは為し難いから原告の右主張は採用しない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 思うに営利を目的とする会社が事業の運営ないし会社の存立を図るために、企業秩序、職場秩序を維持することはもとより、会社の名誉、信用、その他相当の社会的評価を維持する必要のあることは当然であるから、これに対する違反者に対し、会社が制裁として何らかの不利益を課することはこれを是認しなければならないが、懲戒解雇が従業員に対して不利益を与える最大の懲戒処分であり、それが従業員を企業から排除する処分であることに鑑みれば、従業員を懲戒解雇するについては、従業員に企業から排除されても止むを得ないと認められるような非違行為がある場合でなければならないことは当然といわなければならない。
 このような観点から前記懲戒規定を適用して懲戒解雇をなし得る場合を考えれば、第一九号の「会社の体面を汚した者」とは会社の名誉、信用その他会社の社会的評価を著しく毀損し、その評価に相当重大な悪影響を与えた者を指し、第二一号の「著しく会社の業務に支障を与えた者」とは、会社の業務の運営に相当重大な影響を与えた者を指し、また第二三号の「その他各号に準ずる程度の不都合な行為があったもの」とは、第一号から第二二号までの各号には該当しないが、これと同程度の、つまり従業員が企業から排除されても止むを得ないと認められる程度の経営秩序、職場秩序違反等の非違行為をなしたものをいうものと解すべきである。
 しかして従業員の行為が右事由に該当するか否かを判断するに当っては、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類、規模、会社の経済界に占める地位及び従業員の会社における地位、職種等諸般の事情を綜合的に勘案してこれを評価判断すべきものというべきである。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―会社中傷・名誉毀損〕
 以上認定した事実を総合すれば、原告の仙台職安における発言中には、一部真実にそぐわない点もあったが、その言動は、A労組本部の指令に基づき、B、C両名に対する会社の退職勧告を撤回させるため、右退職勘告の不当性を同職安に申告し、その善処方を要望すると共に同職安の労働組合にもその不当性を訴えて支援を要請するにあったもので、会社の求人業務を妨害したりその他不当の目的でなされたものであることはもとより、原告の右言動によって会社の求人業務が妨害された事実も認められないし、また以上認定の事実に被告会社が電気機械の製造販売を業とする大手の会社であること等を勘案すれば原告のなした本件言動の程度では、被告会社の企業としての社会的信用等に全く影響がなかったとはいえないにしても、これによって被告会社の名誉、信用その他の社会的評価が著しく毀損され低下したものとは認められず、他に原告の本件言動が被告会社の従業員として企業から排除されても止むを得ない程度の経営秩序、職場秩序違反等の非違行為に該るものとも認められないから、原告に就業規則第五五条第一九号、第二一号、第二三号に該当する懲戒解雇事由があるとする被告の主張は理由がなく、結局本件懲戒解雇は懲戒解雇に該当する事由がないのになされたもので無効なものといわなければならない。