全 情 報

ID番号 01183
事件名 労働時間起算点確認請求事件
いわゆる事件名 石川島播磨重工事件
争点
事案概要  労働時間の起算点の確認を午前八時までのタイムカードの打刻(入門)による方法から午前八時に一斉開始される体操への参加による確認方法に変更した会社に対して、午前八時をもって労働時間の起算点とすることの労働契約上の地位の確認、または午前八時以前に入門する労働契約上の義務のないことの確認が求められた事例。(請求棄却)
参照法条 労働基準法32条,89条1項1号
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間の概念 / タイムカードと始終業時刻
裁判年月日 1977年8月10日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ワ) 1230 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働民例集28巻4号366頁/時報883号84頁
審級関係 控訴審/01195/東京高/昭59.10.31/昭和52年(ネ)2052号
評釈論文 近藤昭雄・労働判例290号14頁
判決理由  新勤務制度以前、賃金計算上の遅刻の認定をどの時点、場所においてするかについての就業規則その他付属規程の明文はなく、従ってもともと会社は前認定の就業規則上の始業に遅刻した従業員に対してそれに相応する賃金カットをなしうる筋合いであったが、タイムカード場設置場所を通用門ないし地下ロッカールーム入口付近に置いたうえ、賃金計算上の遅刻認定を専らタイムカード打刻に依存し、このため就業規則上の始業に遅刻した場合でも八時までにタイムカードに打刻していれば賃金計算上遅刻として取扱わないとの取扱いをし、そして会社はタイムカード打刻を更衣等の後にすべきものと考えていたにせよ、事実上八時までに打刻すればそれが更衣前打刻であっても賃金計算上遅刻扱いされなかったのであり、また打刻後更衣の指示も少くとも隔週週休二日制実施までは従業員に対し徹底されたと認めえないこと前示のとおりである。してみると、このような会社の賃金計算上の遅刻認定に関する猶予措置は、新勤務制度実施前の段階において労働条件に関する慣行として定着し、これにより従業員は一定の利益を継続的に享受してきたものと認めなければならない。
 (中 略)
そこで新勤務制度が、これを従業員にとって不利益に変更するものであるかどうか、その程度いかんを考えることになるが、まず、従業員の出退勤管理をどのような方法でするかは経営管理権の範囲に属することであり、タイムカード制により出退勤を管理されるということ自体は労働条件の内容になるものではないから、問題は制度変更によって原告らが賃金計算上受ける猶予時間において実質上いかなる不利益を受けるかである。そして、新勤務制度においても、「体操後の作業指示(の終了)に間に合った者は遅刻扱いとしない」こととされたのであるから、新勤務制度前の原告らに認められた猶予時間と右新勤務制度下の右猶予措置におけるそれとを比較すべきところ、新勤務制度とともにロッカー場所が新ロッカーハウスに移転し、このこと自体には原告らも異存はなかったのであるから、従来の「地下ロッカールーム入口での打刻」は「新ロッカーハウスのロッカールームに入ること」に置きかえて比較すればよい。そうすると、既にみたとおり、新ロッカーハウスのロッカー場所に入ってから更衣等及び歩行を経て所定体操場所に至る原告らの所要時間は九分前後であり、タイムカード制の下では体操場所を起点とすると原告らには約九分の猶予時間があったことになり、これに対し新勤務制度下において許される猶予時間は約七、八分であるから、新勤務制度は、ほぼ二分間の限度で、賃金計算上の遅刻の認定起点を早やめ、これを不利益に変更するものということができる。
 (中 略)
 この結果原告らが受ける不利益は僅か二分間の程度にすぎないうえ、(中 略)。
八時七、八分ころまでに所定体操場所に到着することは原告らにとって極めて容易であり、そのことによって受ける実質的不利益はほとんどとるに足らないものといってよい。さらには、新勤務制度以前においても体操後に作業指示がなされていたところ、作業指示に間に合わないことが会社の作業遂行上実質的に支障を生じさせることは当然の道理であるから、就業規則上の就業時間の起算点を前記のようにみる限り、作業指示の終了までに間に合うことを賃金計算上の遅刻認定の猶予時間の限度とすることは、それ自体合理的な取扱いとみることができる。
 このようにみてくると、新勤務制度によって、賃金計算上の遅刻の認定に関し、八時にタイムカードに打刻することにより認定するとの取扱いを、体操後の作業指示(の終了)に間に合ったかどうかを所属上長が確認するという方法に変更することには、十分な客観的合理性を肯定しうるものというべきであるから、原告らの同意がなくても、原告らはこれに拘束されるものといわなければならない。
 原告ら東二工場の従業員にとって、出勤してから所定の実作業に就くまでの間に、入門からロッカー場所までの歩行、更衣等、ロッカー場所から作業ないしその準備のために指定された場所までの歩行、体操ないし作業指示及び器材受渡し等の作業準備行為を要するわけであるが、就業規則上定められた就業時間の起算点をどこに定めるかは原則として法的自由の領域に属し、このことは右更衣等が作業のために欠くべからざる行為であるかどうかにかかわらないことであるところ、被告の就業規則三二条一項には、従業員は「始業時刻と同時に業務を開始」すべき旨の定めがあり、この規定を文字通り解すれば、右更衣等や歩行の所要時間が就業規則上の就業時間に含まれるものとは解しにくいのである。
 しかるところ東二工場における取扱いの推移をみても、地下ロッカールーム移転以前古くからタイムカード制が実施され、タイムカードに八時までに打刻すれば賃金計算上遅刻扱いされなかったのにかかわらず、地下ロッカールーム移転以前及び右移転時における労使交渉において、会社側は従業員は八時に器材等受渡場所に到着していることが就業規則上義務づけられていると主張し、これに対し組合側も、会社側の主張を全面的に肯んじたわけではないが、八時にタイムカードに打刻すれば従業員としての義務を果しているというわけではなく、八時から始業できるように準備時間を置いて打刻すべき義務があることを認めていたのであり、右移転に当り結局タイムカード場を地下ロッカールーム入口付近に置いたのも、右のような従業員の義務はタイムカード場の大幅な移動という方法で規制すべきことではなく、従業員と管理者との責任において遵守すべきもの、との前提でとられた措置である。その後昭和四二年ころから各職場で八時から体操が行なわれるようになって、会社側の主張する器材等受渡し場所への到着は体操参加に代置されることになったのであるが、地下ロッカールーム移転から昭和四六年の隔週週休二日制実施までの約一〇年の経過において、八時器材等受渡し場所到着ないし体操参加及び更衣後打刻の指示が会社側によってどの程度徹底されたかあるいはされなかったかは明らかでなく、ある程度この点について一部従業員に規範意識の低下がみられたであろうことは肯定しうるにしても、なお大多数の従業員が概ね七時五〇分ころまでには入門して体操に参加してきたのであり、そのような経過を経て、昭和四六年隔週週休二日制実施に当り、従業員の大多数を組合員とするA労連と会社との事実上の合意に基づいて、労連の自主的運動を基調とするにせよ、朝の係りは八時までに作業衣に着替えて所定場所で体操をすることとの指導が労連のキャンペーンと職制による現場指導という形で従業員に対してなされ、全造船分会組合員を除き大多数の従業員によってこれが励行されるようになり、新勤務制度実施の直前の段階に至ったのである。
 かかる経過に照らすと、昭和四六年隔週週休二日制実施直前の段階においても、原告らの主張するように、八時に入門することないしタイムカードに打刻することをもって、就業規則上の就業時間の起算点とし、それ以上の義務はないということが、従業員の規範意識に裏打ちされた慣行として成熟し、よって労働契約の内容となっていたものと認めることはとうていできないものというべきであり、かえって、右経過と前記就業規則の文言に照らせば、会社側は八時までに器材受渡し場所に到着しあるいは体操に参加すべきものとするのに対し、従業員の側にはできるだけそのように努めるべきであるという不明確な形での規範意識があって、これがある程度の低下現象をみながらも存続してきたところ、昭和四六年の隔週週休二日制実施に伴い、八時体操参加をもって就業時間の起点とするという労使の規範意職が確立され(従業員側についていえば大多数の従業員の規範意識として明確化され)、慣行化したものとみることができる
 (中 略)
 八時にタイムカードに打刻すれば賃金計算上遅刻扱いとしないという取扱いは、五分前遅刻制の廃された昭和三六年から数えても一〇年余の長きに亘って実施されてきたのであるが、従業員が就業規則上定められた始業時刻に遅刻した場合には、もともと遅刻時間に相当する賃金の請求権は発生しない筋合いであるから、使用者がそれをどの程度緩和し、どの限度で賃金カットすることとするかは、従業員の既得の権利を侵害しない限度で自由に定めうるところである。即ち就業規則上の遅刻と賃金計算上取りあげる遅刻とを別個に定めることは使用者の任意であるから、会社が賃金計算上の遅刻認定につき右のような措置をとりそれが慣行化していたからといって、これにより当然に従業員の労働契約上なすべき義務自体が変容を来たすことにはならないというべきである。
 原告らの被告に対する労働契約上の義務として、労働時間の起算点に関し、八時までに所定の門を入門するという義務があるのにすぎず、それ以上の義務は存在しないとする原告らの請求は、以上の理由によりすでに理由がないといわざるをえない。