全 情 報

ID番号 01495
事件名 賃金支払仮処分異議申立事件
いわゆる事件名 山手モータース事件
争点
事案概要  タクシー料金値上げ認可に伴い賃金規定の改訂のために行った組合との交渉が不調に終り、一方的に就業規則を変更したタクシー会社に対して組合員らの旧規定に基づく賃金支払仮処分申請を認容した仮処分決定に対する異議事件。(仮処分決定認可)
参照法条 労働基準法89条,93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 1972年12月5日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (モ) 1132 
裁判結果 認可
出典 タイムズ289号254頁
審級関係
評釈論文 林和彦・労働判例167号20頁
判決理由  〔就業規則―就業規則の法的性質〕
 〔就業規則―就業規則の一方的不利益変更―賃金・賞与〕
 就業規則は労働基準法第八九条所定の事項等に関して経営者である使用者が多数の従業員の労働条件等を統一的画一的に処理するために一方的に作成し、作成時における当該事業場に使用される全従業員に適用されるものである。
 このように使用者によって一方的に作成される就業規則に定められた労働条件等がいかなる根拠によって、その労使を拘束するかについては、周知のように見解の分かれるところである。
 労働契約は労働者がその労務の自由な使用を使用者に委ねることを一つの内容とする契約であるから、当然に使用者の労働者に対する指揮命令の機能を伴うものであって、使用者は職場の秩序維持、労務供給の手順等について一定の基準を設定し、これらを就業規則に労働者の行為準則として規定する。そうして、これらの事項が労働者を拘束するのは、前記労働契約の内容である使用者の指揮命令権にその根拠があると考えられる。
 したがって、就業規則のうち、これらの事項については使用者が諸般の事情に適合しなくなつたときは、それが合理的なものである限り、従業員等の同意なくして一方的に改変しうるものであり、ひとたびこれが改変されると規範的なものとして従業員を拘束するのである。
 しかしながら、賃金の決定、計算等の賃金支払いに関する事項が就業規則中に定められた場合、それが、労使を拘束する根拠は、当該事項が労使の個別的な労働契約の内容となっていることに求めるのが相当である。
 なぜかならば、賃金の支払に関する事項は、労働契約締結の最も重要な要素をなすものであって、就業規則の中にとり込まれているかどうかにかかわりはないからである。
 そうすると、右のような労働契約の要素をなす基本的な労働条件が、ひとたび合意によって労働協約の内容となった場合には、これを一方の当事者において相手方の同意なくして変更しえないのは契約法理上当然であるから使用者が一方的に制定する就業規則でもって、その内容を労働者の不利益に改訂しても、それだけで規範的効力を有するものと解せられない。
 (中 略)
 (証拠略)を総合すると、新・旧両規定を対比すれば固定給である乗務日給等については新規定の方が債権者らに有利に改訂されているけれども、タクシー乗務員の最も重要視する能率給については、一カ月間の総水揚金額が同一の場合は明らかに新規定は債権者らに不利益に変更されており、また乗務完了手当、無事故手当等について乗務日数による支給制限がきびしくなったため、年次有給休暇等の正当な事由による欠勤の場合賃金ダウンをきたすようになること、さらに一カ月間の総水揚金額に対する賃金支給額のしめる割合が低下することが一応認められ右認定に反する証拠はない。
 そうして、右事実と、債権者らの昭和四七年八月分の賃金に関して新規定に基づいて算定すると旧規定による場合よりも減少すること(この事実は当事者間に争いがない)を合せ考えると、新規定は全体として債権者らに不利益な変更というべきである。
 (中 略)
 債権者会社のように水揚量を基礎とした能率給を一つの柱とする賃金体系を採用している場合には、タクシー料金が値上げになったときには事情によって、それに見合うように能率給を調整する必要がある場合があることはいなめず、(証拠略)(あっせん案)には、タクシー料金値上げによる賃金改訂を前提とする記載があること、また前顕旧規定(略)の第一五条には、「下記の各号の一に該当する場合は当賃金規定を適用しない」として、その第一項に「経済事情の変化」をあげていることが認められる。
 しかしながら、このことから、ただちに、タクシー料金が値上げされた場合には債権者らとの個別的な労務契約の内容となっている賃金支払いに関する事項については、従来の契約内容は破棄され債権者らの同意なくして一方的に使用者である債務者会社がこれを定めうる旨の合意が成立しているとまではとおてい認めることができない。
 そうだとすれば、債務者会社の新規定は債権者らに効力を及ぼさないものであるから、債権者らは依然として旧規定に基づいて算定された別表二B欄記載の賃金を請求する権利があるというべきである。