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ID番号 01814
事件名 仮の地位を定める仮処分申請控訴事件
いわゆる事件名 弁天交通事件
争点
事案概要  タクシー運転手の経験者を採用しない方針をとっているセミハイヤー的営業を目的とする会社が、その経験を偽った運転手を経歴詐称として懲戒解雇したことに関し、これを有効とした事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
裁判年月日 1976年12月23日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 昭和49年 (ネ) 274 
裁判結果
出典 労働判例269号59頁
審級関係 一審/名古屋地/昭49. 5.22/不明
評釈論文
判決理由  労働契約は、当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約し、相手方がこれにその報酬を与えることを約する双務有償契約であり、企業者は原則として労働者を雇入れるかどうかの自由を有するから、その労働者を採用すべきか否かを決定するにあたって、当該労働者がその企業に適するかどうかを検討するためにその前歴について申告を求めることは、もとより違法ではないし、又労働者には労働力の評価基準となる事項について使用者に正当な認識を与えるために真実を告知する義務があるものと解する。
 (中 略)
 以上認定の事実によれば、被控訴会社としては、控訴人と労働契約を締結して、相互に信頼関係に入るために、右方針に副った者であるかどうかを確認するために、当人の履歴書の提出を求め、さらに口頭で控訴人に対してタクシー乗務員の経験の有無を問いただしたものと認められるから、同人に対して、その経歴、特にタクシー乗務員の経験の有無を正確に申告することを期待するのは当然であるし、又旅客運送企業者たる被控訴会社に応募する者として右使用者に正当な認識を与えるために、タクシー乗務員の経歴があればそれを労働力評価の重要な基準となる事項として正しく告知すべき筋合のものである。従って控訴人としては、前歴であるA会社に勤務していた事実は、これを告知する義務があるものといわなければならない。
 (中 略)
 採否の決定の判断に重大な影響を及ぼす経歴に関するものであり、かつ当該企業の種類、性格に照らして右経歴詐称が労使の信頼関係、企業秩序等に重大な影響を与えるものであれば、たとえ、具体的な企業秩序違反の結果が発生しなくても、それに準ずるものとして、懲戒解雇の事由になりうるものであり、右採否の決定の判断に重大な影響を及ぼすかどうかは、当該詐称にかかる経歴が企業の種類、性格に照らして、該企業が事前に発覚すれば、その者を雇用しなかったであろうと考えられる場合であり、かつ客観的にもそのように認めるのが相当であるかどうかによって決せられるべきである。
 (中 略)
 少くとも控訴人が新栄自動車に勤務していたことを前記履歴書に記載していたならば、被控訴会社において控訴人がタクシー乗務員の経験があったものであることが判り、又さらにA会社を懲戒解雇された前記事由についても知りえたものであって、控訴人にかかる経歴があれば、被控訴会社としては、同会社の業種や前認定の諸事情に徴して控訴人を雇用しなかったことは明白であり、またかかる前歴のあるものを企業防衛上、同企業から排除しようとすることは客観的にみても相当性があるものとして許容されるべきものである。
 (中 略)
 控訴人がA会社に勤めていたことを秘匿し、同会社を懲戒解雇された事実を隠蔽したことは重大な経歴詐称に当るとともに、このことは単に契約締結時における信義則違反にとどまらず、入社後においても当該企業内における労使間の信頼関係を損い、経営秩序を乱す危険が極めて強いものというべきであるから、就業規則三三条一号により懲戒解雇理由を形成するものといわなければならない。
 (中 略)
 控訴人の本件経歴詐称は、前記認定のように被控訴会社における労使間の信頼関係を根本的に破壊する性質のものであり、経営秩序を乱す危険が極めて強度のものというべきであって、入社後一年余を経過したといっても、右勤務状態に照らして、いまだもって高度の信頼関係が形成されるに至ったものと認定することはできず、右経歴詐称の事実が発覚した以上、今後新たに高度の信頼関係を形成することを期待するのは、甚だしく困難なことであるから、右経歴詐称をもって前記懲戒解雇事由に該当するものとしてなした本件解雇は不当に重すぎるものとはいえず相当なものというべきであって、解雇権の濫用とまではいうことはできない。