全 情 報

ID番号 01893
事件名 地位保全等仮処分申請事件
いわゆる事件名 北群馬信用金庫事件
争点
事案概要  貸付金回収不能事故をひきおこしたこと等を理由に懲戒解雇された原告が、右懲戒解雇は右事故が生じた後に改訂された新就業規則に基づいて行われたもので無効である等と主張して地位保全と賃金支払の仮処分を申請した事例。(一部認容)
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の根拠
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
裁判年月日 1982年12月16日
裁判所名 前橋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和53年 (ヨ) 156 
裁判結果 一部認容
出典 労働判例407号61頁/労経速報1159号9頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の根拠〕
 申請人のAに対する行為は、本件解雇当時被申請人に確知されておらず従って本件解雇理由となされなかったことは当事者間に争がないところ、懲戒解雇は一定の企業秩序違反事由があった場合に懲戒権の発動としてなされるものであり、その意思表示が有効になされるためには、懲戒権発生の理由となる事実が客観的に存在するだけでは足りず、使用者において、これを解雇の意思表示当時に認識し、これに基づき懲戒権を行使するという意思が存在することを要するというべきであるから、特段の事情のない限り、懲戒解雇当時使用者に判明していなかった事実を解雇を争う訴訟において処分事由として追加主張することは許されないというべきであって、Aに関する限り被申請人の主張はそれ自体失当というべく、前認定の事実を本件解雇理由として斟酌するのは相当でないというべきである。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 そこで、更に申請人に対する本件解雇処分が解雇権の濫用になるといえるかにつき検討すると、Bの件により被申請人が被った損害は元金だけでおよそ一六七〇万円になり、従前被申請人において発生した貸付金回収不能事故の最高額を大幅に上回っており、しかも直接懲戒事由に該当しないとはいえ、申請人が責任者として担当したC、D、Eの点も情状としてはこれを考慮せざるをえず、これらを総合すると、結果的に被申請人に生ぜしめた回収不能額は七〇〇〇万円を超過するのであって、損害の面からみると申請人の責任は決して軽いものとはいい難いところである。
 しかしながら、これを動機の面からみると、前記各貸付に際し、申請人に何等かの悪意の伴ったものは一件も存しないのであり、すべて被申請人の取引拡大を願ってなされたものばかりであるのみならず、前記二2(一)(1)認定のとおりこれらの事故は、新たに開設を予定された被申請人前橋支店の預金者、取引先の開拓に申請人が精力的に取組んでいる際に生じたものであって、既存の安定した顧客との取引とは異なりそれだけ危険性が高く、困難が伴ったであろうことは容易に推測のつくところであるから、損害の大きさのみを過大評価するのは申請人に酷というべきである。むしろ新支店の開設にあたりなされた申請人の業績も卒直に評価されてしかるべきであると思料される。
 次に、処分の相当性を判断するに当っては、他の者に対する処分との均衡も配慮する必要があるところ、(証拠略)によれば、前記Cほか三件の回収不能事故の行為責任又は監督責任として被申請人の前橋支店職員二名が減給五パーセント三カ月に、理事二名及び理事長が減給五パーセント六カ月にそれぞれ処せられていることが認められるが、申請人が支店長として右全件につき直接の責任者であったことを考慮に入れても、これらがいずれにしても過失責任である上被申請人常勤役員会の稟議を経た取引であることに鑑みれば申請人に対する処分のみが重きに失するものといわざるをえない。即ち、申請人の被申請人に対する功績その他本件疎明資料から窺われる諸般の事情を総合勘案すると、本件解雇は懲戒処分としての衡量を失したもので解雇権の濫用に当るというべきである。