全 情 報

ID番号 03330
事件名 従業員地位保全等仮処分申請事件
いわゆる事件名 丸十東鋼運輸倉庫事件
争点
事案概要  職場安全会議での上司に対する暴言、同会議への欠席、始末書の提出拒否、懲罰委員会への出頭拒否等を理由として諭旨解雇された労働者がその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 始末書不提出
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 職場安全会議
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
裁判年月日 1978年1月11日
裁判所名 大阪地堺支
裁判形式 決定
事件番号 昭和52年 (ヨ) 217 
裁判結果 認容
出典 労働判例304号61頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-職場安全会議〕
 被申請人会社における職場安全会議は、会社が業務遂行上の安全対策の一環として当該職場全従業員の出席を求めて開催するもので、会社の設定した施策の伝達及び従業員の安全教育のためにするものであることに鑑みると、これを会社業務行為とみることができると同時に、従業員の職場安全会議への出席時間は労働時間として観念されるべきであり、従ってまた会社の業務の性質上会議を就業時間外に開催せざるを得ないときには、会社は本来従業員に対して時間外賃金を支給すべき義務を負っているといわなければならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 被申請人会社では職場安全会議が時間外に行われ、大阪営業所においては午後六時頃から開催されることが慣行となっており、かつその出席時間に対して固有の時間外手当は支給されていないこと、これに対し従前組合又は申請人を含む従業員から別段異議が唱えられたことはないことが疎明されるが、労働協約あるいは就業規則上の終業時刻が午後五時になっている以上、労働者に不利益な右の慣行を理由に時間外手当を支給しないで会議への出席を業務命令によって強制することはできないというべきである。疎明によれば、被申請人と申請人の属する組合との間に結ばれた労働協約には、労働基準法三六条に基づく時間外労働に関する協定条項が含まれているが、被申請人が右協定に基づき申請人らその従業員に対し業務命令として右就業時間外の職場安全会議への出席を要求できるのは、同法三七条の定める時間外賃金を支給するときに限られ、そうでない限り、職場安全会議の性質が業務行為であっても労働者に出席を強制することはできず、本来これへの出席は任意的なものと解するほかはない。この点に関して、疎明資料(Aの陳述録取書)の中には、会社が申請人らに支給している「運行手当」は、職場安全会議への出席時間に対する手当等を含む趣旨で支給されている旨の供述記載があるが、にわかに措信しがたく、他に右供述を裏づける資料もない。
 以上の考察によれば、従来の被申請人会社及び大阪営業所長の職場安全会議に関する実施方法ないし労働者に対する処遇は、労働基準法の規定ないしその理念に違背するということになり、申請人がAら会社管理職のやり方とこれを受け入れている従業員仲間に対する不満をぶちまけたとしてもそのこと自体無理からぬところで非難することはできず、ただ上司に対するその言葉使いに配慮を欠きあるいはその言動にゆきすぎが認められるというにとどまり、また帰宅してしまって職場安全会議に出席しなかったことをもって業務命令違反ということもできない。当日の申請人の行為は、いまだ解雇をもって臨んだ本件懲戒処分を是認するに足る事由とはなりえないといわなければならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
 前顕労働協約によると、会社は組合員たる従業員を懲戒処分としての譴責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇の各処分に付したときに従業員から始末書を徴する旨を規定しているところ、企業において一般に行われている始末書提出というのは、被処分者に、自らその非違行為を確認し使用者に対して謝罪の意思を表明すると共に将来非違行為を繰り返さないことを誓約する旨を書面に認めさせて提出させるものであって、これが懲戒処分として行われるときは、被懲戒者はその提出義務を負うという法的効果を生ずると解される。
 ところでA所長が申請人に対して始末書の提出を要求したのは、右のような懲戒処分の付随処分としてではないから、単に大阪営業所長としての管理権ないし監督権に基づくものとみるべきところ、一般に業務管理者がその監督下にある不始末をした従業員に対し始末書の提出を求めること自体は、事実行為としてこれをなしうる。換言すれば違法とまでは言えないと解される。しかし、この場合、任意にこれに応じない従業員に対しては、もはや業務命令というかたちで提出を強要することや、不提出を理由に更に不利益な取り扱いはできないといわなければならない。けだし、始末書の提出はさきにみたとおり、労働者の良心、思想、信条等と微妙にかかわる内的意思の表白を求めるものであるから、不都合な行為とされる行為自体が所定の手続を経ることによって一定の明確な基準に照して非違行為とされ、かつその提出について就業規則又は労働協約等に根拠規定がある場合に限って法的効果を伴う提出義務を課することができると解するのが相当だからである。
 本件についてこれをみるに、A所長が申請人に対して求めた始末書提出は、「申請人が業務命令に反して職場安全会議を欠席し、かつ職場秩序を乱したこと」についてであるが、これはさきに検討したとおり、始末書提出の理由に乏しい上、松沢の提出要求は単なる事実行為であって、業務命令として法的効果を伴うものとはなりえないから、申請人がその提出要求に応じなかったことをもって業務命令違背ということはできず、また懲戒事由とすることもできない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 本来懲罰委員会は会社の懲戒権の行使が適正公平に行われることを目的とし、その限りで調査権が認められているが、懲戒処分対象者が委員会の事情聴取に素直に応じないために、十分にその調査審理を尽せず、そのために被処分者に不利益な結論が導かれることがあるとしてもやむを得ないところで、事柄の性質上委員会で処分対象者に対し陳述を強制する権限はないといわなければならない。
 飜って考えるに、まず第一に、申請人に対して懲罰委員会への出頭を指示した主体は、同委員会又は委員と解するほかないところ、懲罰委員会は労働協約に根拠を置く会社の諮問機関として会社とは一応独立した機関であるから、懲罰委員会への不出頭又は同委員会における陳述拒否等の調査に対する非協力をもって直ちに会社又は上長の命に対する反抗ということはできないはずであり、第二に申請人も右労働協約を遵守すべき義務を負い、従って懲罰委員会が十全に機能するよう協力すべき義務を負っているということは一応言えるとしても、証人的立場で喚問を受ける場合と懲戒対象者として喚問を受ける場合とでは、その対応の仕方が全く異ってくることも事柄の性質上当然のことである。会社が解雇通告書でいうところは、これらの区別を認識しない議論といわなければならない。
 かようにして、会社のいうところは単なる事情としてならともかく、懲戒処分事由とはならないと言うべきであろう。