全 情 報

ID番号 03566
事件名 賃金支払請求事件
いわゆる事件名 朝日タクシー事件
争点
事案概要  賃金協定失効後も、その内容は労働契約の内容になっているので、事情変更の原則の適用のある場合を除き、使用者が一方的に賃金を減額することは許されず、本件破産和議の申立等は右の原則の適用をする場合に該当しないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働組合法16条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働契約と労働協約
裁判年月日 1973年4月8日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ワ) 588 
裁判結果 認容
出典 タイムズ298号335頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働契約と労働協約〕
 労使間の労働協約が期間満了等により消滅した場合において新協約成立までの措置につき別段の合意が存しないときは、協約の効力はその規範的部分たると債務的部分たるとを問わず終局的に消滅し協約自体のいわゆる余後効のごときものはありえない、というべきであるが、協約の成立により一旦個別的労働協約の内容として強行法的に変更され承認された状態ないし関係は協約失効後における労働契約の解釈に当つてもできるだけ尊重さるべきが継続的労使関係の本旨に副う所以であつて、後記事情の変更のごとき特段の事由がある場合を除き、個別的労働協約は協約満了時における労働協約の内容と同一内容を持続するものであり、使用者において一方的に労働契約の内容を改訂変更することは許されない、と解するのが相当である。
 しかして協約失効後の個別的労働契約は更に新たな労働協約の締結によつて変更されうべきことはもとよりであるが之に止まらず組合の団結権を侵害しない目的、性質、程度において個々的に契約内容を変更すべき旨の個別的な合意の成立により変更しうべきものであるが、右の外更に労使間の諸般の事情が極端に変化し、従前の契約内容を持続することが信義則に反するに至つたと認められる場合において、当該事情の変更が変更を主張するものゝ責に帰すべからざる事由に基き且つ従前の契約成立当時予見しえざりし性質程度のものであるときは、事情変更の法理により契約内容を一方的に変更ないし解除することが許されると解すべきである。
 そこで之を本件についてみるに、〈証拠〉を総合すれば、原告ら所属の組合と被告会社は従前一年毎に賃金その他の労働条件について協約を締結してきたが、その協約中賃金についての協定は組合の労働功勢が強かつたこともあつて北九州市内同種労働者の賃金水準と比較して可成りの高水準のものであつたこと、昭和四六年四月二五日賃金協定が失効した前後頃から会社の経理内容が極端に悪化し、同年六月には破産並に和議の各申立がなされるに至り、現在当裁判所において和議事件係属中であること、賃金協定失効後被告が原告らに支給した賃金は従前の歩合給率の実質的引下げを骨子とする新賃金水準案に基くものであつたが、右新賃金水準案は原告ら組合の了承しない一方的なものであつたもののなお北九州ハイヤータクシー経営者協議会所属会社の平均賃金水準と同一のものであるのみならず原告らの組合所属以外の相当数の従業員は右新賃金水準案を異議なく了承したことが認められ、右認定の事実に徴すれば協定失効後被告が原告らに対し右新賃金水準案に基いて賃金を支給したことにつき一応の合理性を首肯しえないでもないが、右認定のごとき労使間の事情の変更が被告の責に帰すべからざるものであることについては大いに疑を挿む余地があるのみならず失効した賃金協定の成立時及び失効当時と比較してなお労働契約の変更を許すに価する程度の事情の変更があるとは認め難いのであり、他に右認定を覆して事情変更の被告の主張を肯認するに足るべき証拠はない。