全 情 報

ID番号 03605
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 三菱重工業事件
争点
事案概要  東京都内における反戦集会に参加し公務執行妨害罪、兇器準備集合罪等の罪で逮捕され、起訴あるいは起訴猶予になった者に対して「刑罰法規に触れる違法な行為をしたとき」に、該当するとしてなされた懲戒解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務外非行
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
裁判年月日 1972年1月31日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (ヨ) 9 
裁判結果 認容
出典 労働民例集23巻1号1頁
審級関係 控訴審/01867/福岡高/昭55. 4.15/昭和47年(ネ)141号
評釈論文 菅野和夫・ジュリスト525号109頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務外非行〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 ところで懲戒解雇事由を定めた本号にいう「無断欠勤」とは左記2の理由から「無届欠勤」のみを意味すると解するのが相当であり、右認定事実によれば、申請人らは事故欠勤手続を定めた被申請人会社長崎造船所従業員就業規則第二一条第三項(疏甲第二二号証但し同項本文の「認可」の点については争いがある)に従い、一〇月二〇日から同月二二日までの欠勤については事前に届出て各所属上長の認可(または許可)を得、同月二三日以降の欠勤については同日すみやかに各所属上長に届出ており、申請人らについて本号に該当する事実は存しない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の限界〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務外非行〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 事の実質からみても、労働者に対して重大な影響をもたらす懲戒事由の解釈適用については、単にこれを定めた就業規則等の関係条項の文理解釈にとどまるのではなく、使用者の制裁権の根拠ならびにその限界、労働契約によつて成立する労働関係の特質および懲戒事由についての従来の運用の実態などから慎重かつ合理的になされるべきである。そこでこれを本号の解釈についてみるに、まず近代的労働関係の基本的特質は平等な人格者相互の自由な契約によつて労務の提供と賃金の支払が交換関係に立つているということであつて、このような関係において欠勤は労務の不提供を意味し、これに対する直接の効果は賃金の不支給等債務不履行上の効果であつて欠勤が直ちに懲戒の対象となることはない(むしろ平等当事者間の自由な契約という面のみを強調するなら私的制裁を禁じた近代法の原理から使用者の制裁権一般が否定されることになる)。ところが他面労働関係において使用者は労働契約の履行過程である就業に関し労働者を指揮命令することによつて労働者を有効適切に職場に配置して生産活動の維持向上をはかり、労働者の安全円滑な就業を確保することができるのであつて、使用者と労働者との間にこのような意味で指揮命令と服従の関係があることが雇傭契約である労働契約の特色であり、同じ労務供給契約の中の請負契約、委任契約と異るところである。従つて使用者は右のような趣旨で指揮命令権を有し、これに反する者に対してはそれに相当する制裁を加えることができるのであつて、本来は債務不履行の効果しかともなわない欠勤も、生産秩序・職場秩序を乱すような場合は制裁の対象となり得るといえる。この典型的な例が無届欠勤であり、使用者は、このような事前または事後、遅滞のない届出がなされずに欠勤がなされると、欠勤した者についての補充その他の労働力の配置変更等の処置が速やかにとれず、日常の生産活動に支障をきたす場合もあることは十分考えられる。従つて、就業規則においてこれら無届欠勤を懲戒事由と定め、それが連続して長期にわたりもはや正常な労働関係を継続し難い程度になつた場合を最も重い制裁すなわち懲戒解雇の事由とするのは、右の趣旨から十分肯定されるのである。ところが、被申請人の主張する不許可欠勤、すなわち欠勤につき所定の届出はしたが欠勤理由につき正当な理由なしとして許可されない欠勤については、これによつて生産活動への支障がないとはいえないが、一応届出がなされているのであるから無届欠勤の場合と異り、使用者は欠勤者についての補充変更を行うことによつて生産活動への支障をある程度防ぐことができるとともに、本来使用者が損害を蒙るのは欠勤自体であつて、欠勤の事由に正当な理由があるか否かによつてその程度に決定的な(懲戒解雇に値するような)差異は存しないというべきである。従つて、欠勤理由につき許可があつたか否かによつて懲戒事由の有無を決定するなら、使用者の前記指揮命令権および制裁権の合理的な範囲を逸脱する可能性があり、さらには許可・不許可につき合理的基準がなければその運用において濫用の危険性がある。
 それゆえ、就業規則に事故欠勤には所属上長の許可が必要である旨の定めがあるからといつて、それだけの理由では、会社が不許可とした事故欠勤が当然に就業規則の懲戒規定にいう「無断欠勤」にあたると解することは困難というほかなく、且つまた会社が就業規則によらずに一方的にそのような解釈運用規程をつくつたからといつてそれが有権的解釈として従業員を拘束する効力をもつものではないというべきである。
 このように解しても、従業員が信義に反する恣意的な欠勤を反覆又は継続し、会社の生産活動ないし企業秩序を害するときには、会社は従業員就業規則(疏乙第一号証の一)第六四条第二号「出勤常ならず又は業務に著しく不熱心なとき」に該当するものとして懲戒解雇をもつて臨むことができるのであつて、被申請人会社の懲戒権の範囲を不当に制限することにはならない。