全 情 報

ID番号 03635
事件名 出勤停止処分無効確認請求事件
いわゆる事件名 石川島播磨重工会社事件
争点
事案概要  関連会社への無期限出向(出張)を命ぜられた工員が、右出張を命ぜられた経緯等につき会社を非難する文書を同僚に郵送したことが職制に対する中傷誹謗を行なったものとして出勤停止三日間の懲戒処分に付せられたことにつきその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
配転・出向・転籍・派遣 / 出向と配転の区別
裁判年月日 1972年7月15日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (ワ) 8462 
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 タイムズ279号183頁
審級関係
評釈論文 山口浩一郎ほか・労働判例156号31頁
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向と配転の区別〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
 一般的には、出張とは労働者が雇用契約締結当事者である使用者の業務を遂行するために、その指揮命令のもとに通常の勤務場所以外の場所で労務を給付する場合をいう。被告会社の就業規則第三八条に規定する出張も、これと異別なものと解すべき根拠はない。一方いわゆる出向とは、労働者が使用者との雇用契約を継続しながら、本来使用者の指揮命令下にない第三者、通常関連会社等に派遣され、その指揮、監督を受けながらその業務を遂行することをいう。〈証拠〉によれば、被告においてA会社への出張といわれているところのものは、被告の従業員たる身分は失わず、A会社の労務指揮、監督のもとにおいて平均六か月位の間A会社の業務に従事するものであることが認められる。前認定によれば、原告のA会社横浜工場への出張は、正にこの場合に該当するものと認められるから、それは被告会社内において通常出張と呼称されていたとしても、本質的には出向であり、しかもその期間も定められていなかつたのであるから、結局実質的には無期限出向と何ら変りないものといわなければならない。出張命令は、一般的に労務指揮権の範囲内に属することであるから、就業規則に根拠を求めるまでもなく有効に発することができるが、出向をこれと同一に論ずることはできない。労働者は、別段の特約がない限り、当該使用者の指揮、監督のもとにおいてその使用者のためにのみ労務提供の義務を負担するにとどまり、使用者の一方的命令によつて第三者のもとで労務を給付しなければならない義務を負うものではない。すなわち、使用者は、労働者の承諾なしに労働者の労働力を第三者の指揮命令下におくことは許されないのである(民法第六二五条第一項参照)。出向の期間についても、同様である。したがつて、被告は原告をA会社に「出張」させるには、「出張」およびその期間について、原告の同意を得なければならないものであつた。しかるに、B課長は、原告が「出張」期間の明示を求めたのに対して、これを明示しないで、しやにむに「相談ではなく命令だ」等と言つて「出張」に服させようとしているのである。しかも、B課長は「出張」の根拠とはならない就業規則第三八条を引用して、「出張命令」を正当化しようとしているのである。これによれば、原告の要求こそ理に叶つているのであつて、逆にB課長の命令なるものこそ、理不尽なものといわなければならないのである。それなのに原告は、この強行策に屈して「出張」に赴いているのである。ここに労務指揮権を不当に行使する職制の力と無法とは知りながらこれに屈服する力なき労働者の悲哀が対照的に浮き彫りにされたのである。原告は、この力ある職制を「権力がなければ生きて行けない職制」と、力なき労働者を「職制の感情一つで虫けらのように首も切られれば、足げにもされるんだ。」と表現しているのである。そうするとこの記載は、措辞やや穏当を欠く点があるとしても、遠く真実を隔たるものとは解せられないのである。むしろ非力な労働者の怒りと悲しみを如実に表現するものとして、無理からぬ文章と思われるのである。したがつて、これをもつて事実に反する虚偽の事項を申し述べたものであるとか、職制に対する中傷、誹謗であるとか、被告に対する非協力的言動の画策ということはできない。
 のみならず、右記載のうち虫けら云々の部分は、その前後を見れば、「私はこの時、「私たち労働者は、常に会社権力に生命をあやつられている機械のようなものであり、職制の感情一つで虫けらのように首も切られれば、足げにもされるんだ。」という強いショックを受けました。」と記載されてあるのである。これは、その文面によつて明らかなように原告が伊勢本課長から出張命令を伝えられた際に受けた印象ないし感想を表明したものである。人がいかなる感想を抱こうとも、それは自然発生的なものであつて、何人からもせいちゆうを受ける筋合いのものではないから、これを就業規則をもつて律することは、天然の理に背くものといわなければならない。
 以上のとおりであつて、第二段の記載は就業規則第七五条第九、第一四、第一五号に該当するものとは認められない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
 本件懲戒処分の理由とするところは、いずれも就業規則所定の懲戒事由に該当しないから、本件懲戒処分は無効である。