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ID番号 03712
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 野沢喜六商店・袖山建設事件
争点
事案概要  屋根の葺替え工事中に生じた下請会社の従業員の転落死亡事故について、元請会社が右従業員との間において労基法上の使用者といいうるためには、元請と下請の間に使用従属関係が存していることが必要であるとされた事例。
参照法条 労働基準法10条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 使用者 / 使用者の概念
裁判年月日 1971年12月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (ワ) 9081 
裁判結果 一部認容・棄却(控訴)
出典 時報659号89頁
審級関係
評釈論文 桑原昌宏・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕144頁
判決理由 〔労基法の基本原則-使用者-使用者の概念〕
 ロ 本件事故発生の当時A、B及びCが本件工事に従事していたことは被告Y1会社の認めるところである。しかし、右三名が同被告に雇傭されていたとの原告らの主張については、証明が充分でなく、却って《証拠略》によれば、被告Y1会社は、少くとも契約の形式の上では本件工事の施工をAに下請させ、BとCはAに使用されて本件工事に従事していたものであることが認められる。しかしながら右の事実関係から、被告Y1会社が本件工事の事業主でないとは即断できない。けだし事業主は労働基準法上、使用者として同法所定の諸々の義務を負うものゝところ、労働者保護の同法立法の本旨に鑑みれば、右認定のような下請関係にある場合であっても実質的に見て元請負人と下請負人との間に使用従属関係が存在すると認められるときは、元請負人を当該工事の事業主と認めるを相当とするからである。この見地に立って本件を考察するに《証拠略》によれば、被告Y1会社はスレートその他の各種建材を販売するほか右各種建材を使用して施工する工事の請負をも業とするものであること、しかしその請負った工事を施工するに必要な労働者を雇傭してはおらず、Aのようになんにんかの労働者を配下にもってある程度まとまった労働力を他に供給する能力をもっているいわゆる親方に下請の形式で右工事を施工させてこれを完成することにしていたこと、被告Y1会社がこのような形で下請をさせている親方は一二、三人おり、Aはその一人であるが、Aは資力を有せず、専ら被告Y1会社からのみ工事の施工を下請けし、施工に要する資材はもちろん所要の道具や保護帽(野沢商店のマーク入りのもの)の類まですべて同被告から無償で提供を受け、同被告の自動車で工事現場まで送ってもらったこともしばしばあり、施工については同被告の従業員であって請負工事関係の責任者であるDからいろいろ指図を受けていたこと、被告Y1会社とAとの下請契約における請負代金については、一平方メートル若しくは一メートル当りいくらという単価を基準として約定する方法(以下これを出来高方式と呼称することにする。この方式は下請工事が比較的大きい場合に採られた。)と、Aが下請にかゝる当該工事施工のために働かせた配下の労働者即ちBやCに支払うべき賃金の合計額と同一の金額として約定する方法(この方法は下請工事が比較的小さい場合に採られ、この方法による場合の方が出来高方式による場合よりも多かった。この方法による場合の下請代金は常備金と呼ばれていた。以下この方法による場合を常備金方式と呼称することにする。なお、この方法によるときはAの収支は相等しく同人が下請によって挙げる利益は皆無となることが注目される)とがあり、このようにして決められる下請代金は下請にかゝる工事が完成したか否かには必ずしもかゝわりなしに、毎月末に、当月になされた仕事量若しくはBやCが働らいた日数に見合う分だけが計上され、この合計金額に交通費名目の一定金員(これもAからBやCに交通費として支給されたものと同一金額)が付加されたものが同被告からAに支払われていたこと、しかし、右に述べた下請代金決定方法もこの下請工事についてはこの方法というように確定的には決められないこともあり、昭和四五年二月二三日から同年三月一五日までかゝった本件工事の下請については同年二月末日までは出来高方式が採られ、同年三月一日以降は常備金方式が採られたものであること、以上のような事実が認められる。《証拠判断略》以上認定の事実によれば、Aが自ら事業計画を樹て、経営の危険を負担する独立の事業主であったと認めるのは困難であり、他方Aが被告Y1会社から支払を受けていた下請代金なるものはその金額決定方法ないし支払方法に徴すればAが完成した仕事に対する報酬というよりは、むしろ同人及びその配下の労働者の労働に対する対償としての性質を極めて濃厚に帯びており、従って本件工事における被告Y1会社とAとの関係が前判示のように下請関係であったとしてもそれは単に契約の形式でそうであったというに過ぎず、実質的には被告Y1会社はA及びその配下のBやCを同被告の被用者同然に使用し、Aらは同被告に従属してその企業組織中の労務部門の一翼を担当していた関係すなわち使用従属の関係に在ったものと認めざるを得ない。右認定に反するような証拠はない。そうだとすると、被告Y1会社は本件工事についての事業主であったことになり、A、B及びCは同被告に使用される労働者であったということになる。そして以上認定したところによれば、被告Y1会社が本件工事について労働基準法上の使用者に該当することは明らかである。
 ハ 被告Y2会社が本件工事の元請負人であることは前示のとおりである。この事実によれば、同被告は災害補償については、本件工事における使用者とみなされる(労働基準法第八七条一項、労働基準法施行規則第四八条の二、労働基準法第八条三号)。しかし右事実のみから、当然に同被告が本件工事の事業主であったと考えることはできない。また、元請負人である被告Y2会社が下請負人である被告Y1会社に対し工事上の指図をし若しくはその監督のもとに工事を施工させ、その間に使用者と被用者との関係又はこれと同視し得る関係すなわち使用従属の関係があったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって《証拠略》を総合すると被告ら間には右のような使用従属の関係は存しなかったものと認められる。従って被告Y2会社は、災害補償の点についてを除けば、本件工事について労働基準法上の使用者と認めることはできない。