全 情 報

ID番号 04234
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 栗本鉄工所事件
争点
事案概要  プレス、バルブ等の製造を業とする会社の大阪住吉工場で検査課、産業機械係副主任の地位にあった者に対する東京支社での東京駐在員としての勤務を命ずる転勤命令の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働組合法16条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
裁判年月日 1969年3月10日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 昭和43年 (ヨ) 4726 
裁判結果 却下
出典 労働民例集20巻2号251頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
 労働協約第二二条に「人事は会社がこれを行い、公平且つ民主的に行うことを期する」と、同第二五条に「会社は組合員の人事異動について、本人の能力、適性、意思および生活条件を公平に考慮して行う」との定めがあることは当事者間に争がないところ、右条項は会社が人事権を専有していることを明示すると共に、会社がこれを行使するに当つては、本人の個人的な事情をも無視することなく、充分配慮すべく、濫用してはならない旨を表明したものと解せられ、従つて、転勤に当つて本人の個人的な事情をどの程度考慮すべきかは結局会社の経営上の必要の度合いとの相関関係においてそれが人事権の濫用にならないかを社会通念に従つて判断することに帰着する。
 (中略)
 一方、本件疎明資料によると、申請人は前記の如く大学卒業後、東京都、福岡、名古屋、仙台、札幌各市に、支社、支店を有する大企業である被申請会社に雇傭せられ、ゆくゆくは同社の幹部として活躍すべく嘱望せられていたもので、申請人自身も当然他地へ転勤することのあることを予定して入社したものであること、申請人は、これまでにも、被申請会社から名古屋支店への転勤、あるいは海外出張の内示を受けたが、その都度、妻の健康等を理由に拒否してきたのであるが、特に昭和四三年三月、被申請会社からブラジル国A会社納入の肥料機械据付工事指導のため海外出張を内示せられた際、妻の出産等を理由にこれを拒否し、会社の諒承をえられたのであるが、その際被申請会社住吉工場長から、申請人は大学卒の優秀な技術者であり、一生検査で勤務させるつもりはない。何時かはより高度な技術業務についてもらうため、転勤を命じたり、海外出張を命じたりするから、その時のために家庭事情を整えて会社の命令に即応できるようにしてもらいたい旨申渡され、申請人も努力をすることを約したこと、しかるに、申請人は前記の如く自宅付近での保育所問題が公になるや、同年五月頃から、昭和四四年度に大阪市が住吉保育所に代る保育所を開設するまでの暫定的なものではあつたが、大阪市の補助のもとに、自宅を改造して、妻名義で託児所を開設したことが一応認められる。もとより、申請人の妻名義で開設せられた託児所が、大阪市の補助のもとになされた、いわば、公共的な性格を多分に有するものであることは否定しえないが、公共的事業といつても、他に雇傭せられているものにとつては、無条件、無制限に許されるものではなく、その企業に支障を来さない限度において許されるにすぎないもので、そこには社会通念上一定の限度があるものと解すべきである。しかるところ、申請人は、前記の如く会社から何時でも転勤できるよう家庭環境の整備について特に注意を受け、申請人自身もこのことを諒承していたのであるから、申請人としては転勤ないし海外出張に支障を来すような行為は極力これを避けるべく努力するのが、事理の当然というべきである。しかるに、申請人は右忠告後、間もなくして、敢て家族との別居を招来するような託児所の開設を行つたのであり(申請人のみが特に右託児所の開設を引受けねばならないような事情があつたことの疎明はない)、もしその間に転勤命令があれば、申請人としてはこれを理由に転勤命令を拒否しようと考えていたものと解さざるをえない。もし申請人が漫然と昭和四四年度に市立保育所が開設せられる頃までは転勤がないものと推測していたものとすれば、前記経緯に照すと、一方的な独りよがりというべきであろう。これらの経緯に徴すると、かくの如き結果を招来するような行為を敢て行つた申請人において、これにより生じるであろう支障ないし困難を会社に転嫁することは相当でなく、自らがこれを解決するのが相当であり、昭和四四年度に市立保育所が開設せられるまで会社が申請人の転勤を命じえないものと主張することは信義則上許されないものというべきであろう。そして、申請人の妻が託児所を廃止しても、これにより託児関係が断絶するものと断定するのは早計であり、大阪市を始め、託児関係者においてもその善後処置をとるべき当然の筋合であり、申請人の妻がどこまでも託児所の開設を固執しなければならない理由を発見しえない。以上の事実を合せ考えると、申請人は本件転勤命令を忍受すべきが相当であると考えられ、右転勤命令が人事権の濫用になるほど、本人の個人的な事情を無視した措置であるとは認められないし、また労働協約第二五条に違反した無効のものということもできない。