全 情 報

ID番号 04342
事件名 雇用関係存続確認等請求事件
いわゆる事件名 横浜ゴム事件
争点
事案概要  夜間、他人の住居に侵入してつかまり、住居侵入罪で罰金二五〇〇〇円に処せられた工員に対する懲戒解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務外非行
裁判年月日 1967年7月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和41年 (ワ) 1897 
裁判結果 一部認容
出典 労働民例集18巻4号782頁/時報501号102頁
審級関係 上告審/01753/最高三小/昭45. 7.28/昭和44年(オ)204号
評釈論文 花見忠・労働経済判例速報644号25頁/菅野和夫・ジュリスト415号126頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の限界〕
 使用者が従業員に対し解雇その他の懲戒処分を課することは、これによつて企業の規律を維持する必要があるため、使用者に残された就業に関する指揮命令権を根拠として是認されるものと解される一方、労働者の企業との関係は、ただ労働契約に基き労働力を提供する地位にあるだけであるから、使用者の懲戒権は本来、就労に関する規律と関係のない従業員の私生活上の言動にまで及び得るものではない。もつとも従業員は労働契約関係に随伴する信義則の要請により、私生活上においても企業の信用を損い、利益を害する言動を慎しむべき忠実義務があるものと解されるから従業員の職務外の私的な言動といえども、それが企業の運営に悪影響を及ぼし、その利益を害し、または害する虞がある場合には、その限りにおいて、懲戒権が及び得るであろう。しかし、その場合にも、右言動が本来、企業の規律から自由な私的生活の領域で生じたものである以上、これに対する懲戒権には自ら限度があるべきである。それ故就業規則における懲戒条項の趣旨については、さような見地に立つて合理的に解釈すべきである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務外非行〕
 1 原告に対する懲戒解雇の理由とされた原告の住居侵入の犯行が賞罰規則一六条八号の「不正不義の行為」に該当することは多言を要しないところである。
 原告は酒に酔うと無意識に近所をふらつく性癖があり、当夜も相当、酒に酔つていたため無意識のうちに他人の居宅に入つたものである旨陳弁するが、これを認むべき証拠はない。仮に原告が酒に酔うと無意識に近所を徘徊する性癖を有したとしても、証人Aの証言によると、原告は当夜、被害者方居宅の風呂場の扉を排したうえ、屋外に履物を脱ぎ揃え、同所から屋内に忍び入つたが、家人の誰何を受けたため、直ちに屋外に立ち出で、履物も捨てて一散に逃走したものであることが認められるから、さような犯行情況に照すと、原告が酔余、無意識のうちに居宅侵入を犯したものとは認め難い。もつとも、原告が右居宅に侵入するにつき、いかなる目的を有したものか、これを確定する資料はないが、原告の犯行は、その時刻が午後一一時二〇分頃であることに徴しても、原告主張のように極めて軽微な犯行ということはできず、むしろ破廉恥な行為に属するものというべきである。
 また、平塚製造所が存在するとともに右犯行の場所ともなつた平塚市のような地方都市においては、かような犯行があれば、口伝てにより、相当数の市民の注目を惹くであろうことを推察するに難くなく、現に証人A及びBの各証言によれば、原告は逃走後、間もなく私人に捕まり、警察に引渡されたものであるところ、その数日を出ないうちに、原告の犯行及び逮捕の事実が噂さとなつて広まり、右製造所近辺の住民及び同製造所の従業員中、相当数の者が少くとも右事実を同製造所の一従業員の私行として耳にし、なかには社外の知人から公然と右事実を告げられたため、羞恥不快の感を味わつた右製造所の従業員もあつたことが認められる。
 2 しかしながら、成立に争のない乙第一号証、証人Cの証言によれば、被告は当時、総数約八八〇〇名の従業員を擁し平塚製造所には、そのうち約三二〇〇名を配置していたことが認められるから、前記認定のように同製造所においてゴム製造の蒸熱作業を担当する一工員にすぎない原告につき、前記のような事実が存したからとて、それだけで、被告自体または、その従業員一般に対する地域住民の信用ないし評価が低下し、あるいは被告の従業員の作業意欲が減退する等、企業にとり好ましくない影響が生じたものと推認するのは困難である。その他、原告の犯行の結果、被告において企業採算上問題とすべき有形、無形の損害が生じたことは証拠上認められない。
 してみると、原告の犯行をもつて賞罰規則一六条八号の「会社の体面を著しく汚した」ものと評価するのは規定の趣旨に照して妥当でない。
 もつとも、成立に争のない乙第四ないし第七号証、証人Cの証言によれば、被告は昭和三九年下期以降、経営状態を著しく悪化させ、これがため昭和四〇年初頃から、その経営の成行につき一般から懸念され、世上、平塚製造所閉鎖の風説も飛び、一方、同製造所内で従業員相互間に暴力沙汰が相次いだので、企業運営上、地域住民の企業に対する信頼を保持するためにも、職場規律を確保し、かつ従業員の作業意欲を高揚することを緊要事とし、同製造所その他の各事業場において従業員に対し職場諸規則の厳守、信賞必罰の趣旨を強調していたことが認められるが、被告が、かような経営状態にあつたからとて、賞罰規則一六条八号の解釈適用につき、本質的な変更を加うべき事情があるものとは考えることができない。
 要するに、原告を、その私生活においてなした犯行の故に、企業外に排除しなければ、被告の就業に関する規律が維持されないものではなく、したがつて、社会通念上、原告との雇傭の継続を被告に期持し難い事態が生じたものとはいうを得ないから、原告に対してなされた懲戒解雇の意思表示は就業規則の適用を誤り、結局、懲戒権を発動すべからざる場合に発動したものであつて、その余の争点につき判断するまでもなく、無効といわなければならない。