全 情 報

ID番号 04516
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 横須賀駐留軍事件
争点
事案概要  駐留軍兵器部で爆薬取扱工として勤務していた者が保安上の理由に基づき解雇されその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法20条
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 保安解雇
裁判年月日 1953年4月10日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和27年 (ヨ) 4060 
裁判結果 却下
出典 労働民例集4巻2号175頁/時報1号13頁/タイムズ29号35頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-保安解雇〕
 疏明によれば、申請人らの雇用関係は行政協定第十二条第二、第四号の規定並びに米国政府と、日本政府機関たる調達庁との間に締結された「日本人及びその他の日本在住者の役務に関する基本契約」に基くいわゆる間接雇用である。即ち国は駐留軍に対しその要求する労務を提供する義務を負い、その義務の履行として労務者を雇用するのであるが、その事務を行う政府機関は特別調達庁であつて、地方では渉外労務管理事務所が実際にこれに当り駐留軍が労務を必要とするときは、各基地部隊の労務士官から労務提供要求が渉外労務管理事務所に為され、労務管理事務所は、直ちに職業安定所に右要求に応ずる求人の申込をし、安定所から紹介された労務者を技能などの点について考査した結果適当と認めた者を軍にあつせんし、軍が所轄警察署などを通じて身元を調査した結果雇入を承認した場合に始めて国が雇入れ、労働者はその基地内に立入ることが許されるのであつて、国が法律上雇主であるけれども、その雇用は駐留軍に労務を提供するためであつて事実上自らその労務者を使用するものではなく、使用主は駐留軍であり、労務者は専ら駐留軍の指揮、監督、管理を受けて駐留軍労務に服し、それによつて国に対する被雇用者としての法律上の義務を果すものである。駐留軍は労務者に対し直接には国内私法上の雇用契約関係をもたず、その指揮、監督、管理権も国内私法上の労働契約に基く権利ではなく、基本契約第七条の規定に基き労務の使用主として国に対する関係で確保しているものであり、労務者は労務が駐留軍労務であり、駐留軍の指揮監督管理に服する前提の下に国との間に雇用契約を結んでいるのである。従つて解雇についても使用主である駐留軍の申出により国が雇用主として解雇権を行使するものであることが認められる。ところが行政協定はその第十二条第五項で「……別に相互に合意される場合を除く外、賃金及び諸手当に関する条件のような雇用及び労働の条件、労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」と定め、労務者の解雇について「別に相互に合意された場合」は現在までにまだ存在しないのであるから、駐留軍は駐留軍労務者の保護のために条件並びに労働関係に関する労務者の権利については国内法令の定めるところによるべき義務を負い、従つて駐留軍労務者の解雇についても国内法によるものと解せられる。
 〔中略〕
 思うに本件解雇は、前記行政協定第十二条第五項により、日本の法令で定めるところによらねばならないものと解せられるが、日本の法令によるも、解雇には正当な理由を要するものと解すべき法令上の根拠に乏しく、解雇権の濫用が許されないものと解するのが相当である、しかも解雇権の濫用となるかどうかの基準は労働契約の性質によつて異り、これを一率に論ずることができない。高度の信頼関係を必要とする雇用関係にあつては、高度の信頼関係の存続することを必要とし、その信頼関係の存続が疑われるような事由がある場合には、必ずしもその事実の存在が客観的に証明されなくとも、解雇することも亦やむを得ない場合もある。申請人X1は米軍基地における消防隊の雇用者であり、申請人X2は基地の弾薬庫の雇用者で、いずれも切迫せる情勢下における米軍の基地の重要な任務に当つているものであつて、米軍としては、これに対して高度の信頼関係を要求することは、無理からぬことである。軍が「保安上の理由」と称してその理由を明示しなかつたとしても、軍隊において「機密保持」の要請の存在することも否定できないのであつて、わが国が日米安全保障条約や行政協定に基き、米国軍隊がわが国で軍事基地を有することを認めている以上「機密保持」の権利は、軍事活動に必然に伴うものとして、わが国法上もこれを尊重しなければならないとし、またこのことを当然の前提として雇用関係を結んだ労務者は、その結果を忍受することもやむを得ないことである。たゞ米軍が「保安上の理由」に藉口して、不当に労働者の解雇を要求したと認めるべき特別の事情のある場合には格別であるが、本件の解雇に当つては、保安上の理由に藉口して不当な解雇をしたと認めるべき証拠がないばかりでなく、講和後も横須賀基地において解雇せられた例は相当あるが、保安を理由として解雇せられた例は殆んどなかつたこと、駐留軍は労働委員会の勧告により解雇の要求を撤回した例のあることも疏明せられておるに拘らず、本件については解雇事由の明示や、再調査の要求に対しても、終始これに応ぜず、解雇の方針を固持して譲らなかつたことは前に述べたとおりであるから、これらの点から考えて、たゞ「保安上の理由」に藉口して解雇を要求したものとは認め難い。なお米軍の基地管理権は行政協定によつて認められた強力な権能であり、米軍が労務者の基地立入をあくまで拒否する以上、国としては、米軍に対し労務者の基地への受入れを強制する方法もないのであるから、このような雇用形式をとつている限り、国としては米軍に労務を供給する目的で雇入れた労務者の雇用関係の存続の理由を失うことになる。
 労務者管理事務所において前に述べたように軍に対し解雇理由の明示を再三求めても軍においてこれを拒否して、依然解雇の要求を撤回しない以上、国が労務者を解雇することは国と米軍または労務者との間に特段の取きめのない限り、やむを得ないことであつて、これを解雇権の濫用であるとはいえないことになる。