全 情 報

ID番号 04768
事件名 従業員地位確認請求本訴/仮払金返還請求反訴事件
いわゆる事件名 川崎重工業事件
争点
事案概要  船舶・航空機等の製造・販売を業とする会社の神戸にある船舶事業本部に所属し電算機の端末機のオペレーターとして勤務していた者に対する岐阜にある航空機事業部への配転を拒否して通常解雇された者がその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
解雇(民事) / 解雇事由 / 業務命令違反
裁判年月日 1989年6月1日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和58年 (ワ) 850 
昭和58年 (ワ) 1404 
裁判結果 本訴棄却,反訴一部認容
出典 タイムズ712号117頁/労働判例543号54頁/労経速報1360号5頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 労働者の職務内容(職種)及び勤務場所は労働契約の内容をなすものであるから、当該労働契約で合意した範囲を超えてこれを一方的に変更することはできないが、労働契約における合意の範囲内と認められる限り、個別的、具体的な同意がなくても配転を命じうるというべきである。
 〔中略〕
 以上認定したような会社における従業員の採用方法、原告の職種、会社の配転の実情及び就業規則の内容等に前記争いのない会社の規模等を併せ考えると、原告は労働契約において、勤務場所の指定変更について会社に委ねる旨の合意をしたものというべく、被告は原告の個別的な同意がなくても勤務場所の変更を命じることができるものというべきである。
 このことは、住居の移動を伴う遠隔地配転の場合であっても異らない。もっとも、このような遠隔地配転は、労働者の生活に少なからぬ影響を及ぼすものであるから無制約なものではなく、それが通常受忍すべき範囲を著しく超えるときは信義則違反ないしは人事権の濫用として配転命令が無効となるものと解されるが、この点については後に判断する。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 前記のように、被告は原告に対し個別的同意がなくても配転を命じることができるのであるが、本件配転のように住居の移動を伴う配転は労働者の生活関係に少なからぬ影響を及ぼすから、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情のある場合には、人事権の濫用として配転命令が無効となる(最判昭和六一年七月一四日、判例時報一一九八号参照)。
 〔中略〕
 以上の事実によれば、仮に原告が母親を扶養することになるとしても、それは将来のことであって、本件配転の障害になるとは考え難い。そして、結婚後の共働きの点についても、これを可能にするため、被告は婚約者の就職の斡旋や社宅の提供など特別の配慮をしているので、これによって原告の本件配転による生活上の不利益は、相当部分が解消されたものということができる。もっとも、原告の婚約者が右の就職斡旋に応じなければ、原告としては新婚当初から別居を余儀なくされることになるが、この程度の生活上の不利益は、前記認定のような原告の職種や採用された経緯に照らして予測されないものではないうえ、原告と婚約者の選択の結果であるから、原告において甘受すべきものというべきである。したがって、本件配転による原告の不利益は、受忍限度を著しく超えるものとはいえない。
〔解雇-解雇事由-業務命令違反〕
 原告に対する被告の説得は本件配転内示から本件解雇に至るまで続けられたが、この間原告は、本件配転命令が発令された後である六月末ころ、組合を介して被告に対し、神戸周辺の工場なら配転に応じる旨の申出をしたものの、本件配転については終始拒否し続けた。すなわち、原告は、内示後間もなく組合に苦情処理申立をして本件配転の内示を撤回させるよう要請し、昭和五三年五月三〇日の岐阜工場見学説明会には、休暇をとって参加しなかった。そして、同年六月六日には、「A電算企画課長が同課の女子従業員を使って原告の婚約者を説得させようと画策した。」、「同課長が原告に対し、原告の婚約者も喜んで岐阜に行くと言っている旨の虚偽の事実を述べて説得しようとした。」として、同課長に要求書(乙第一五号証)を示して謝罪を要求し、組合に対しても、右要求書の内容を機関紙に掲載するとともに調査をするよう求めた。そこで被告は原告及び組合に事情を説明したが、原告は納得せず、同月九日A課長に対し、他の従業員の面前で「課長は嘘をついた。」、「課長は卑怯だ。」などと発言し、さらに別室において、あらかじめ用意してあった誓約書(乙第一六号証)に、カッターナイフで自分の左手の指を切って血判したうえ、同課長にも同様に血判をするよう迫るなどした。そして本件配転命令が出された後も神戸工場に出社し続け、同月一九日電算企画課全員に対し、「電算企画課の皆さんへ」と題する文書(乙第一七号証の一)と組合神戸支部委員長宛の「岐阜工場への転勤取り止め、支援お願書」(乙第一七号証の二)を配布し、組合の本部及び神戸支部に対しても支援を要請した。なお、原告が問題にした前記二点のうち、前者は、原告と同じ職場に勤務していた女子従業員が、原告が配転を断り続けることにより会社を辞めなければならなくなることを心配し、原告の婚約者と話をして打開の途をさぐろうとしたもので、被告の指示によるものではなく、後者は、B勤労課長が所要で原告の婚約者の勤務先を訪ねた際、婚約者の職場で同女がこの秋に岐阜に行くらしいという噂が出ている旨聞き、これを伝え聞いたA課長が原告を説得する際にその旨伝えたものであった。このような原告の強硬な態度から、被告はもはやこれ以上説得を続けても原告の翻意を期待することはできず、また、このまま放置すれば本件配転に続く配転計画の遂行に重大な支障を来たすおそれがあるので、原告を解雇することもやむを得ないと判断し、就業規則の適用については、若い原告の再就職に支障とならないよう配慮し、同規則二四条四号を適用して通常解雇とすることに決定し、同年八月四日発令予定とした。ところが、同日原告から、夏季休暇に帰省して母や兄と相談したいので同月一七日まで待ってほしい旨の申出があったので、被告はこれを受入れ、発令を見合わせて原告の回答を待つことにした。しかし、被告が同月一七日原告の意思を確めたところ、原告は重ねて配転命令に応じない旨表明したので、即時、原告に対し本件解雇の通告をした。
 右のように、被告が三か月にわたって、社宅の提供や婚約者の就職斡旋などの便宜供与をして辛抱強く説得に努めた経過に加え、本件配転が、造船不況によって生じた大量の余剰人員の解消と、五大プロジェクトの発足に伴って生じた人員増強とに対処するために計画実行された大量配転の一環をなすものであって、前記の理由によって原告が配転命令を拒否することは、他の従業員に対し与える影響が大きく、ひいては右計画の円滑な遂行の妨げとなるものであることにかんがみると、本件解雇はやむをえないものであり、解雇権の濫用にはあたらないというべきである。